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百年謳われる愚行の王  作者: 早乙女 まいね
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28章 57日目 フリッ ツァー・パラスト 後宮 2


 こちらへ参ってじっさいにお目に掛かった陛下ご自身は、肖像画が理想化しすぎということはいっこうになく、かえって近勝りするご様子で、わたくしは胸がいっぱいになってしまいましたのよ。お言葉を選んで語りかけてくださるお姿も、胸がいっぱいのわたくしにはそれで十分で、かえって、よどみなくお話し下さるより、こちらの頭が追いつかないことがなくてよかったのですわ。

 ただ胸がいっぱいで受け答えもぎこちなくなってしまったわたくしのことを、澄ましているとお思いになってしまったのはとても残念なことでした。あとで思い返して、もっと年上らしくしっかりと、受け止めて包み込むようにして差し上げられればと、今もじれったく悔しくなってしまいます。ええ、今でも。

 繊細なお方ですのよ。共寝の翌朝、花をお遣わしになるにもなにか一声添えようとして、とっさには浮かばずについ口ごもってしまわれる、そこに気後れなさって、そして、誇り高いお方だからそれを大きな傷にお思いになって、そしてそれを心の中にしまいきれずに荒々しい身振りやことばになってしまわれて、それをまた恥にお思いになって心が乱れる。そういうお方と見ました。

 繊細で、頭脳明晰で。ご自分が、自分で理想となさる姿に及ばぬ事を理解されて、それを我慢ならないものとお思いになる誇り高さをお持ちでした。それがまたご負担で、いつも傷付いておられました。

 それを癒やして差し上げることができなかったのはわたくしが至らなかったから。連れ参った者の弁えぬ振る舞いを、わたくしを大切に思う心からと思うにつけ厳しくたしなめることも出来ず、無益にこの宮殿のひとたちとも溝を作ってしまって。陛下がよくないお友だちとよくない遊びごとに耽ってしまったのも、わたくしが至らなかったため。そのために、お体を損なうことにもなって、陛下とお国の名誉を損なうような、こんな……。


 ほんとうに、至らぬ妻で申し訳ない……。


 召し使う者に調べさせましたが、桃花斑には必ず効く薬、必ず平癒にいたる養生の法がまだ見つからぬそうです。このままあの麗しいお姿が崩れ、おつむが乱れてゆかれるさまを余人に見せるのもお労しいこと。あの方の時を止めて差し上げるのも、あの方にとってはよかったのかも知れません。と、道理はそうでも、いと高き身の上ですから、手を下すものがとがめを受けるのも哀れ。あなたさまに勇気をふるっていただけたのも幸いであったかも知れません。

 あのお方の苦しみを絶っていただいて、礼を申します。ありがとうございました】

 最後には、向き直って、目を見て礼を言われてしまった。ゆっくりと、腰を折って。最高の礼を取ってくれた。

 夫を奪った下手人であるおれに、礼を言ってくださった。

 少しの心の乱れも見せぬ、美しい仕草だった。

 それゆえにおれは打ちのめされた。

 なじられる方がマシだった。いっそのことそのお手でもって打って欲しかった。

 おれは一言もなく退出した。いたたまれなかった。


 おれはシュヴァン城に帰り着いたが、執務室に出ることができなかった。居室に侍従を呼んで、書簡でもって人づてに自分のしでかしたことをフランツとレオノーレに伝えさせ、以後の対応を任せた。あとは、王宮の礼拝堂に向かい、ゲッツィンガー大司教を呼んでもらって懺悔を聞いて貰った。たいした心の慰めにはならぬのは覚悟していたが、とりあえずやってしまったことに対して形式は整ったようだった。

「人の子よ、迷える子羊よ、あなたに申しましょう。

 アレクサンデル王陛下には何度もお諫め申し、人としての道を説いてお聞かせしました。しかし、残念ながらお聞き入れになりませんでした。愚僧の導き方が足りなかったと申しましょう。残念なことです。

 しかし、それ故、主が王から去られたのです。主があなたに恐ろしいことをおさせしたのです。心を悩ませてはいけません。

 あなたがなおも心を悩ませるなら、これから己を虚しうしてお仕えなさい。俗世を捨て、神にお仕えするのも良いですが、王の子として生まれたあなたに科せられたつとめを果たすのです。それが血を分けた兄を手に掛けたあなたの償いです」

 秀才だけに満点の説教だった。心には迫ってこなかったが。

 最近は教会もしたたかだから、やってしまったことを咎めて事を構えるより勝ち馬に乗るつもりなのだろう。とりあえず、戴冠式に祝福はもらえそうだった。

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