27章 56日目 シュヴァン城 王子の私室
もう秋と言うより冬の初めだった。なんでこんなに今年は冬が早いんだろう。馬車に1人乗ってシュヴァン城に帰るあいだ、おれは寒くてしょうがなかった。
「陛下、お帰りなさいませ」
出迎えたのはこのひとだった。
「マグダ……? 助かったのか? それでは、あの使いは? 死んだと、毒にやられたと……」
おれじしんが毒にやられたかのように言葉が出てこない。
「陛下、知らせが行き違ったのでございますか? わたくしはこの通りぴんぴんしておりますのよ? あの葡萄酒の毒の分析に時間が掛かっただけで」
諜姫にして公認利き酒師のマグダレーネは微笑んで胸を張っていた。
「ああ……やはり毒だったのか。身体は大事ないか? ありがとう。さすがだな」
「うふ。利き酒師ですもの、濁りだけで違和感は感じておりましてよ。……少しも飲んでおりませんわ、お気になさらず」
まだ顔は青白かった。おれは、そっとその頬に触れて、感謝を込めて口づけた。その知識と情報網で、おれを守ってくれたひとに。
「間違ったことはなさっておりませんよ。かえって、人に任せなかったのはご立派でございましてよ」
もう知っていた。
「うん」
「よろしければ、どうぞあたくしをお召し下さい。陛下をお慰めするのがあたくしの役目。……秘密は守りますわ、一生」
「すまない。
でも、肌を許したおなごでないと信用ならないっていう感覚は好きじゃないぜ。
そうでなくても、あなたは信頼できる側近と此度のことで判った。
末永く、よろしく頼む……」
おれは、そこまでが限界だった。マグダの唇は柔らかかった。髪は良い香りがして、胸はふくよかだった。
マグダレーネ・フォン・クライスレリネンはその夜、まさしく新王ジークフリートの寵姫となった。