26章 56日目 フリッツァー・パラスト 王の寝室 3
おれは脇に控えた侍医に宣言して、あにきの羽根枕を取り上げて、その顔に押し当てていた。
「はは、ジーク、あにごろし、の、たいざいを、みずからおうか……」
「兄上こそ! あの狩りの時といい今日といい、おれを何度も殺そうとしたくせに……
あの酒、マグダは味見の一口で命を落としたと使いが知らせてくれたぞ! マグダが止めてくれなかったらおれやあの場の一同が飲んで命を落としていただろう……どこまで卑怯なのだ、あなたはッ」
「さけなど……しらぬ……おまえ、いがいに、きらわれものだな……はは」
「おのれ、しらをきるかッ」
押し当てた羽根枕の下で、まだ狂王アレクサンデル三世は笑っていた。横からとめようとする侍医を渾身の力で押しのけ、おれは枕を当てるだけでは済まぬと察し、どこから出したのか自分でも判らぬ恐ろしい力で首に直接手を当てて締め上げた。包帯の下でできものの潰れるいやな感覚を感じた。指にねばつく液体を感じた。
ごきりと骨の折れた音がした。
「殿下、殿下、恐ろしいことを」
涙で顔を汚しながら、侍医はついには跪いて、頭を抱えていた。おれがようやっと王の首から手を離して身を起こすと、おそるおそる立ち上がって、脈を確かめた。
「崩御なさいましてございます」
一礼して、深く頭を垂れた。
「侍医長ロッティンゲン、証言いたしましょう。ジークフリート殿下は正々堂々アレクサンデル三世陛下の非を鳴らされ、法定相続人の責任で処刑なさいました。ご卑怯なふるまいのなかったこと、いづこにても証言いたす覚悟がございます。
…………ご立派でございました。
死因を整える必要がございましたらお早めにお申し付け下さい。
ただいまは教会に連絡しまして旅立ちの秘蹟をかたちだけ執り行いませんと」
「解った。任せる」
おれはふらふらと兄の病室を出た。
フルートの曲は、いつしか、ミサの、魂を慰める曲になっていた。
女官共が、おれの手を押し頂いて清めてくれた。顔にもハンカチを押し当ててくれた。泣いてなど、いなかったのに。
「……ありがとうございます、陛下」
感染せぬよう顔をヴェイルで覆い手袋をした中年の女官共は、皆、泣いていた。もう、言葉を改めていた。
「……狂おしき日々を終わらせてくださった陛下に忠誠をお誓いします」
「今まであの兄に仕えてくれてありがとう。礼を言う。さぞや心すり減らされ、負担であったことであろう。今夜からはゆっくり休んでくれ
地下牢の者共にも知らせてやってくれ。すぐに大赦の触れを出す」
「……もったいないお言葉でございます」
すすり泣きに送られて、おれは忌まわしい王宮を出た。いや、次に来るときは、ここがおれの住まいとなるのだ。忌まわしいと思ってはいけない。