26章 56日目 フリッツァー・パラスト 王の寝室 2
フランツ、あいつは恐ろしい奴だよ。おれとそっくり同じ顔をして、おまえよりよっぽどおれの弟だった。がきのころからなまいきで、いつも薄笑いしてこっちを見てた。世継ぎの王子のくせに、そんなこともできないんですかって顔をして。
それなのに、おれは王にならなくちゃいけない。誰よりも王にふさわしい男の前で、顔だけのごくごく平凡な男が王をやらなくちゃいけない、父上様がいてくださればまだそれなりの格好もついただろうに、あんなに早く召されてしまって!
なにが微笑みの貴公子だ、双龍君だ。いつもへらへらしやがって。気楽だよな。いつでも王位を狙えるところにいて、昔の寓話のコウモリみたいだ、あるときは王族としてひとをおびやかして、あるときは家臣ですからと控えたフリをしておれの側から逃げて。気にくわねえ。
だからあの男の婚約者を奪ってやったのよ。取り巻きどもでよってたかってなぶりものにしてやった。穴という穴を犯し尽くして、泣いて泣いて逃げ帰ったあとも、おまえも同じ病に感染した、恥の病に感染した娘を妃に迎える男はいないと脅してやった。2日と空けずに文をやって、王妃同様、半腐りの肉の塊を産むんだと書いてやってな。あの娘、心を病んで身を投げて死におった!
ざまを見ろ! 乙女の中の乙女と呼ばれた婚約者に死なれて! フランツ、お前にばかりいい目は見せないぞ! ああ、愉快、愉快!
次はお前だ、ジーク。
おれがあの話も通じない気位の高い女の機嫌をとって暮らさなくちゃいけないってのに、おまえは気楽に好きな女と辺境暮らしだと? 冗談じゃない。ぶっ壊してやる。この国も、気にくわねえ家臣共も、エリーザベトも、おまえが受けとるもの全部ぶっこわしてやるから、受けとれ。受けとってせいぜい苦労しろ、はははははは!
おれが王だ、おれこそが……」
「殿下、陛下はお労しくももう毒がお脳に回っておいでなのでございます! 毒が言わせておるのでございます、本心からのお言葉ではございませぬ!」
ただ1人控えていた侍医が駆け寄って言葉を遮った。が、遅かった。おれの耳から入った目に見えぬ毒は、おれの心を冒しきっていた。、
「兄上、あなたというひとはーーーーーーーッ!」
目の前が赤くなった。
何をしたのかおれは覚えている。
「証人になれよそなた。
おれ、フリードリヒ・ジークフリート・ヨーゼフ・レオンハルト・フォン・グーツヴェルは法定相続人の資格をもって今上フリードリヒ・アレクサンデル・ペーテル・フィリバルト・フォン・グーツヴェル=グンペイジを王の器にあらずとして実力をもって廃位する。
主の御前でその曲がった根性にふさわしき裁きを受けよ!」
おれは脇に控えた侍医に宣言して、あにきの羽根枕を取り上げて、その顔に押し当てていた。