26章 56日目 フリッツァー・パラスト 王の寝室 1
おれは、その日のうちに結果を報告に宮殿の兄のところへ伺候した。出がけにセンデ大公家のものが二言三言重大な報告をしてくれたが、おれはそれを飲み下して予定を守った。今は大きく物事が動く大事なときだ。いろいろ、大変。
名前はまんま、フリッツァー・パラスト(フリッツの宮殿)、小さいが賑わっていた王宮は、今は森閑としていた。避難してきていた奥方達も、あにきを畏れ憚って、囲みが解かれたと聞いてすぐ自邸へ戻ったらしい。
王は謁見の間にはもう出ては来られず、おれは寝室へ通された。
弦の音はとげとげしくて気に障る、ラッパは華々しすぎて耳障りと、楽人共はつぎつぎ死を賜って、あるいは逃げ出して、もうこの世に未練もないのでと、病室には年行ったフルート吹きひとりがメヌエットを奏で続けていた。
「兄上! ここに報告いたします。昨夜我ら国軍を中心に辺境伯軍ら諸侯の兵を加えた国王軍にてアドラー橋砦を攻撃、シュヴァルツリーリエ伯は自害、反乱軍は壊滅しました。ひとまずは此度の首都の封鎖は解かれましてございます。どうぞお心安らかになられますよう」
空々しい言葉を、おれは怒りを押し隠して繋いで見せた。問いただしたいこともあったのだが、このひと月余りでおれはずいぶん我慢強くなっていた。
「うむ」
あにきの返答はつれなかった。発語もできないとは聞いていなかった。おれはすこしむっとした。誰のせいでこんなことになったと思っているんだ!
「しかし、問題は根本的な解決をみていない! あなたの乱行が宮廷を乱し、人を傷つけ、ひいては今日のこの日の内乱の原因にもなっている! 王として恥ずかしいと思わないのか!? 責任をとろうとは思わないのか!?」
言ってるうちにおれは激して、身を起こすと寝台に駆け寄って、肩を揺すぶって弾劾してやった。王への儀礼など知るか。戦勝報告の王弟との謁見だというのに、控える従者さえもはやいないのだ。
「責任か……どうやって?」
体中にできものができて、白い布で巻かれた姿で寝台に横たわったあにきは、薄く笑った。
金髪碧眼、容姿端麗。夢物語がここにあると詩に謳われた王子のなれの果てがこれだった。
「シュヴァルツリーリエのおっさんは討ち取ったんだろ? 叛徒どもも散り散りだ。甘い事言うなよ、王家に逆らったものには容赦するな。領地も召し上げよ。王が国を治めるのは主がお定めになったことだ。王の長子たるおれが王になるのが主の御心にかなうこと。そうだな?
退位はせぬ。主がお与えになった権力だ、自ら手放しなどするものか。最後まで、おれが王だ。おれに従え」
「……左様にございます。ございますがッ」
「おまえも、王族ではあるがおれの弟であるからにはおれの臣だ。
ああ、叛徒共を退治てくれて大儀であった。どうした、応えぬか」
「あ、有り難き幸せにございます」
おれは反射で答えた。幸せなわけがあるか。
はッ。
荒い息の下で吐き捨てて、さらにあにきは続けた。
「あほうが。
おれはおまえが大嫌いだったよ。頭はよくないし、不細工だ。人並みなのはかろうじて剣だけ。詩も詠めないし歌舞、音曲の心得もない。フランツの方がよっぽど王子様らしいよ。おまえはだのになんにも気にしないで、あほうのようにフランツと友達づきあいしていたな。
狂王アレクサンデル3世の出番。