25章 56日目 フリッツァー・パラスト 祝勝会会場
翌朝すぐさま、王宮から褒美の酒が届けられた。報告にはあとで行くつもりだったのに。誰が知らせたのだろう。おれはふといぶかしんだ。
「寝たきりのくせに早耳だな」
「そのようなこと、仰せられますな。殿下を労われてのことでございます」
フランツは寝て起きて割り切ったのか晴れ晴れとした顔をしていた。ごめんな、出し抜いて。
予定されていた戦勝の宴に、それは出されることになった。夜まで待てない。朝、日が相当高く昇るまでみんなゆっくりして、それから昼に掛けて宴は行われることになった。
では失礼して、とマグダが封を切った。昨夜の夜襲にはマグダも役だってくれた。寵姫というものがそういう役目なら、これからちゃんと側近として大切にしていこうとおれは思った。
「おや?」
一口含んで見せた顔が陰った。下を向いて、汚物用の壺を探す。レオノーレが気を利かせて差し出した。もう、阿吽の呼吸になっちゃって。マグダは利き酒した葡萄酒を吐き出した。いつもは飲んじゃうのに。
「ネルバッハ公夫人?」
「水を」
うがいの後は、グラスを光にかざして、マグダは真剣な顔でその色を検めはじめた。今一度、鼻先へ持っていって、香りを嗅ぐ。
「コルクがいかれていたようでございますわ。残念ですけれど、飲用には適しません。お気持ちだけ頂いて、別のものを用意させましょう」
きびきびとした動作で、瓶に再び栓をしてしまった。従者になにか指示してすぐに持たせて追い出した。
「そんな、王陛下のお心づくしのお酒に」
さぞや名酒でございましたでしょうにとウルシュベルク辺境伯が泣きそうな顔をした。親父さん、実は飲んべである。
「あたくしが申すのでございますよ? 南部酒造組合の公認の利き酒師の称号は、買って手に入るものではございません。亡き夫の厚意で南はマープルスまで3年も利き酒の勉強をしに参ったあたくしの舌をご信頼いただけませんの?」
「い、いえ」
すぐさま辺境伯は引いた。マグダの利き酒の舌のたしかさは年寄り連中には知れ渡っていた。
ほんとにちゃんと仕込んでもらったんだなあ。前ネルバッハ公の先を見据えた英知と妻の才能を見いだして伸ばしてやった男前さにおれは感嘆していた。
「どのようなよき蔵元が樽詰めいたしましたとしても、また、行き届いた家令が管理いたしましても、これは瓶詰めの時のコルクの当たり外れによるもの、避けようのないことにございます。此度の王陛下の思し召しに翳りのあろうことはございません。
陛下は此度の勝利を心よりお祝いなされて、王弟殿下をなにより心強く頼もしく思っておられます! 王家に幸あれ! いよよ慶事の続かんことを!
さ! 替わりの酒が参りました。直ちにお味見いたします。
はい! こちらは結構。68年産リースはボロンディーの赤。南の島のスパイスのような馥郁とした香の立ち上る大変よいお味の名酒にございますよ、どうぞ、皆様お楽しみを!」
よどみなく言葉を続けながら、少し緊張しているのか、マグダは青ざめて見えた。
「乾杯のご発声は殿下に」
フランツが声を掛けた。
「あ、うん。皆、昨夜はよくやってくれた。これからもよろしく頼む。乾杯!」
「乾杯!」
簡単すぎる挨拶だったが、晴れ晴れとクラウスが唱和してくれた。フェーゲル将軍代行に近衛や国軍の隊長達、ほんとうに世話を掛けた辺境伯軍の隊長達。各貴族の屋敷の守備隊から差し回しの隊長、あとから駆けつけてくれたヴェレ伯の麾下の隊長たちまでがおれの前に集まっていた。それ以下の兵共は、身分に応じて首都の練兵場や、広場に分散して慰労の宴になった。
まだ日は高かったが、少しの食事も出て和やかな宴となった。囲みが解かれたので、この先の食料の心配もなくなったらしい。朝からノーレは兵どもに指図して、反乱軍が捨て去った荷駄から国庫に入るはずだった小麦を回収したらしい。ほんとしっかりしてる。そうそう、ドッペルブルク候夫人へのお誕生日の贈り物もね。もう食べちゃってあったらどうしようかと思ったけど、ほんとにシュヴァルツリーリエ伯は心正しい騎士で、ちゃんと封をしてよけてあったそうだ。
厨房のもの達も心おきなく腕をふるったようで、おれは久し振りに楽しんで食事を取った。ノーレも、おれの横で、笑いながらこれは栗を詰めた鶏の焼きもの、これは魚の香草焼き、といちいち説明しながら取り分けてくれた。最大の功労者、ウルシュベルク辺境伯令嬢レオノーレを労うために、皆気遣っておれたちを会場の中心ながら2人きりにしてくれた。それでも、2人して目が探していた。
途中から席を外したマグダは、とうとう戻ってこなかった。
雲行きが怪しい。