24章 55日目 シュヴァン城 王子の寝室 2
「ありがとう。お前のお蔭で勝てたよ」
そっと抱いて、ベッドに座らせた。そうしてからも、手は離さないでずっと抱いたままでいた。ずっと小さな頃から、おれの手の中に収まるだいじな友の体を。この前の時より、肩が薄くなっていた。
こんなに苦労を掛けて。
おれは胸が詰まった。
「勲章やろうな。いちばんの手柄だもんな。第1等の紫紺リボンで聖藍菊十字勲章だ。でっかいのを吊って堂々と歩けよ?
おまえんちは初代以来貰ってなかったろ? すごいじゃないか。中興の祖になるぞ。
この際陞爵して侯爵になるか? おれの領地のその辺にあるやつ、みんな吸収してでかくしよう」
おれは矢継ぎ早に褒美を椀飯振る舞いした。
「殿下、わたくしは褒美が欲しくて今までお仕えしてきたのではございません」
やっと顔を上げたノーレは、泣き笑いになっていた。
「解ってる、大事なノーレ」
言わないでくれよ。
だって、一番やりたいものはやれないんだよ。勲章でも、領地でも、やらせてくれよ。「殿下」
「うん」
抱き寄せて、ノーレの顔をおれの胸にくっつけた。
「殿下、それでは、未来のウルシュベルク辺境伯をこの身にお与え下さい」
低い声で、ノーレは言った。顔はおれの胸に当てたまま。
「ああ、おまえを時期当主にするよう勅令を出す」
リヒャルトには絶対呑んで貰う。いいだろこのくらい。
「いいえ。その次でございます。わたくしの次代の当主には、是非、殿下の血を引く当主をお迎えさせてくださいませ」
「ちょ、ノーレ、それって……」
「お願いでございます」
ノーレは顔を上げた。目には涙が光っていた。
反乱は鎮圧。王権は安定。不治の病に取り付かれた兄王が亡くなれば、次の王はおれだ。妃はエリーザベト様、でなければ、別のリースの公女。
ノーレと結婚してやることはできないのだ。
「それはならぬ」
改まって、王子ジークフリートとして却下した。おれだって、それができるならしたいけど。
「お願いでございます。お妃にしてくださいとは申しませんから」
「それならなおさらだ。おまえにはしかるべき家から婿を取らせる。真面目で、健康な男の子を産ませてくれる男を」
「殿下」
「ありがとうな、ノーレ。でも、ごめん」
結婚できない娘に手を付けることはできぬ。おれはあにきとは違うところを見せなくてはならぬ。そうでなくては、家臣共に見放される。
賢いノーレは聞き分けてくれた。黙って涙をふいて微笑んだ。
「では、マグダ様のお心遣いゆえ、今夜だけ」
「ああ。今夜だけな」
そして、二人してベッドに入って、いろいろと昔語りをした。少しずつ、ノーレの表情もほぐれて、しまいにはちいさな笑い声も上げるようになった。おれはほっとして、手を繋いで懐かしい思い出で胸をいっぱいにして眠った。それだけでよかった。
ごめんな、マグダ、ありがとう。
ノーレが欲しい。
心の底からおれはそう思った。母上が危なくなったとき以来、心から神様に祈った。
ノーレ以外の女はいらない。
ノーレを正々堂々と妃にしてくださいと。