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百年謳われる愚行の王  作者: 早乙女 まいね
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24章 55日目 シュヴァン城 王子の寝室 1


「でーんか、あたくしのお友達をどうぞ今宵はお召しになって」

 その夜、マグダはおれの寝所にまで友人を連れ込んだ。

「おい、疲れてるんだ」

 もう月も落ちた頃だ。ベッドに寝転がって天井を見ていたおれは、顔を向けて言葉を失った。

「ええ、お疲れでしょうとも。でも、今宵はこちらの方を労って差し上げて」

 小さくなって恥じらう娘の肩を押してずんずん進んでくる。ほとんど黒い栗色の髪、ちいさい白い顔、小柄なのにちゃんと出るところは出ている体つき。

「ノーレ?」

「ええ! 殿下の1の忠臣に隔てを置いてはいけませんわ。どうぞ、今宵はあたくしもご遠慮しますから、心おきなくお話をなさって。

 お話以外のことも、なさっても構いません事よ、うふ」

「マグダ様!」

 ノーレが悲鳴を上げた。が、意外に身の軽い未亡人はもうドアを閉めて行ってしまった。

「あ、ああ……今宵はよくやってくれた。助かった」

 そうだ、労わねばならないのだ。おれは必要と思われる言葉を必死に頭の中から探し出して口にした。それなのに、レオノーレは目を落としてそれをまともに受けなかった。

「……殿下はわたくしのことを情のこわい女と思し召しでございましょう」

 ベッドの脇にも来ず、部屋に二歩ほど入った所で立ちつくしたまま、レオノーレは固い声で言った。そんな、いやちょっと引いたけどさ、すげえと思ったけどさ、ああ、うん、正直引いた。でもそれはよく考えたら参謀なんだから。おれの補佐役なんだから。そんで、辺境伯の娘として教育されてたんだから。夕食をおれと一緒に食べてから屋敷に戻った後、おれがヨハンやエーリヒと無駄話してたような時間もきっとあの親父さんからいろいろ仕込まれてたんだから。

 クリスが言ってた。わらわたちはふつうのおなごの嗜みとするような習い事は修めておらぬのじゃと。クリスのことだからそれはそれで誇らしげにも聞こえた。ヴェレ伯の山荘に閉じこめられていたときも、お裁縫の時間が自分とノーレにだけあるのは不公平だとクリスは言い立てて、どうせやることもないのだしとおれ達までお裁縫の練習をすることになった。そこはまた、ノーレとフランツとで言葉巧みに、陣中で服が破れてはみっともないことになる、王家にお仕えする騎士の嗜みとしても最低限の繕い程度はできないと困ると言いくるめてクリスにやる気を出させた。フランツもさすがに初めてだったようだが、コツを覚えると巧みに運針もこなした。クラウスは意外に達者だった。ぶっとい指で細かい縫い目をまっすぐまっすぐ縫い上げた。ノーレは最低限のことは身についていたようだが、服の裁ち縫いや刺繍などもっと上級のことはできないと白状した。しょうがないだろとその時みんなで慰めたんだった。

 ノーレの役目はそんなものではない。おれの側にいて、味見をして、これは傷んでいるのではないかと判断を下し、じっさい、差し戻した品も年に一度二度はあったりもする。判断が甘くて2人とも寝込んだりすることもあった。そんなときには親父殿が飛んできて、なんのためにお側に控えておるのだと枕元でノーレを叱りつけていた。フランツのように詳しい細かい調理法とか、食材の蘊蓄なんかはノーレは知らなくて、なんの肉はどのくらい火を通せば食べて良いとか、この草は食べられるとかの知識は豊富だった。これも、もしものときにおれを飢えさせないためだろう。

 ノーレはおれに仕えるために、おなごとしての嗜みを身につける暇がなかったのだ。それが、この危機において求められたようにちゃんとおれの参謀として仕事をやったのだ、恐ろしいとか、ついていけないとか思ってはならない。

「ノーレ、こっちへ来いよ」

 おれは、小さくなっているおれの幼なじみの参謀を手招いた。


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