23章 55日目 アドラー橋前広場 9
「やったな、小僧……。
敗れたからにはくれてやろう。それがヴィジーだ。アイーシャが無事で、夫も子も得て心静かなる日々を過ごせたという夢を見せてくれた貴様の物語に乗ってやる。
尊いお方も付き人衆も、おのおの方、見物料代わりに証人となられい!
ヴィジーは断絶せしに非ず!
三代シーエが娘アイーシャの縁により女系のこのクラウス・フォン・ウツィアーに相続させるをお許し願いたし!
郎党は命を大事に退き次代クラウスを盛り立ててヴィジーを再興すべし!
されば、戦場の掟により我に死を!」
「承知」
クラウスがとどめをさしてやった。
「勝手なことを申しますね、ヴィジーほどの伯爵家の相続を当人同士で決めていいと思っているのですか」
フランツが鼻を鳴らした。
「いいじゃないか、ヴィジーを断絶させずに済んだし、クラウスも嫁取りにふさわしい領地を持てたし」
「わらわはクラウスがどこの誰でも構わぬが、お祖母様との約定が果たせたのならよかった。父君兄君にはヴィジーの血が出なんだのに黒い目の子を産んで、母君もあらぬ疑いを掛けられたと聞くし」
クリスもにこにこしていた。
双方それで戦意を削がれ、アドラー橋前はいよいよ静まりかえった。少しして、馬が進み出て、恥を知る領主が、旗を置いていった。ええと、この紋はハウル侯爵。
「領地で謹慎いたします……慎んで処分はお受けいたします」
拘束しようとする兵を、おれは止めさせた。
「行けよ。くにに戻って、ゆっくり飯食って休んでくれ。話はそれからだ」
家令に届けさせたものもあった。華麗を極めた諸侯の旗が、おれの手元に泥まみれになって集まった。マグダがそれをじっと見ていた。シュヴァルツリーリエ伯が反乱軍の誓紙を焼いても、同盟者はもれなく把握できそうだった。
気がつくと、そこここから歌声が上がっていた。
フリッツについていこう きっとなんとかなるさ
フリッツと一緒にいよう 笑った方が人生勝ちだ
おれに従った軍からも、肩を落として去る反乱軍からも、歌声は上がっていた。軍楽隊の伴奏も追いつき、それは次第に大きな声になっていった。曾じいさんの名は、繰り返す内におれの名になっていった。おれはそれを、しみじみと聞いた。
ジークについていこう……
「皆、大儀であった。夜に済まんな。宿舎に帰ってゆっくり休んでくれ。あとで褒美を遣わす。ありがとう」
鬨の声は形だけ上がって、最低の守りだけを残して皆、粛々と撤退していった。
「なあ、これ軍事的勝利か?」
おれはレオノーレに聞いてみた。
レオノーレを遮って、フランツが空々しい声を張りあげた。
「左様にございますとも。我が君。まったくめざましい勲にてこれにて反乱は鎮圧。王権は盤石にございます」
ならいいんだけど。明日はおれがフランツに怒られてやろうと思った。
アドラー橋の戦い、ここに終了。