23章 55日目 アドラー橋前広場 8
「ご隠居様!」
駆け寄ろうとする郎党は、クリスが連射で縫い止めた。クリスの著しく長い弓から放たれた矢は、黒死衆の足元に過たず突き立っていた。さらには先頭の旗本の掲げていた禍つ眼の旗を、吊っている紐をひょうと射抜いて落とし、黒死衆どもの頭に被せて身動き取れなくした。
「この距離を当てるとは……」
「その長弓、もしや?」
感嘆の声が敵からも味方からも上がる。
「おう、我が夫に続きてわらわも我が一族の恥を雪がせて貰わん!
我が父、我が兄は過ぎしルーベルよりの撤兵の折、おなごと戯れて帰国を遅らせしに非ず!
古来我ら大陸のものを煩わせしルーベルの長弓を、ヴェレにても採りいれんとて、ルーベルのおなごをたらし込みてその製法、射法を習い覚えたりけるがゆえなり!
兄たちは既に弓引くを覚えたるがために長弓は新たに習い覚えるあたわざりけるを、幼弱たりしがゆえにわらわのみ習い覚え得たり!
見よや!
モナークス=ヴェレは外つ国に参っても只は戻らぬ!」
続けざまに矢を放って、クリスは高らかに笑った。
突き立った矢でモヨシーとクラウスの周りに柵ができてしまっていた。この距離でそれはすごい。そういえばクリスは普段使いの弓の他に、特別長い弓も従者に持たせてきてた。今見ると、確かに軍の規格の物より抜きんでて長い。
ルーベルの長弓とは、戦乱の時代には有名だった武器だ。大陸本土からたいして離れていない北西の島があの時代に独立を保てたのは、したたかな外交と常識外の射程距離を稼げる長弓のおかげとおれ達は習った。外交でやられた分、長弓の技術は盗んできたわけね、ほんと、ヴェレの連中の戦に関する執念はたいしたものだ。
いやでも、ヴェレ伯はあの戦の後2,3人、いや、4,5人……10人ぐらい連れ帰ってたよね? ルーベルの、火みたいに赤い髪の女。ほんとに全部長弓の技術持ってたの? ルーベルじゃああのあと金髪の子供がいっぱい生まれたって……あ、野暮はやめます。