1章 シュヴァン城 <回想> 6
狩りの回想篇 その3
「公子様」
当人よりクラウスが先に目を留めて声を掛けた。クリスティーナはかまわずに次の獲物に向かっていってしまっている。
「……クリスティーナ殿は仕事が荒い」
クリスティーナが取りこぼした分はブチブチ言いながらフランツが仕留めてくれた。めんどくさそうだが太刀筋は間違いがない。
「公子様、返り血が」
従者がかいがいしく世話を焼いていて、狩り場でもフランツはキメていた。
クラウスの視野が広いのはその独特の目のせいらしい。
細く目尻が切れ上がっていて東の民族の血を感じさせるかたちをしている。
鼻、とくに付け根のあたりが低いお蔭でとくに顔を動かさなくても両耳の際あたりまで見えているようだ。あとは、そこはもう家族に顔を動かさないままの目の運びを教えて貰うとかで、話を聞いてやってみて、レオノーレはなんとなく感覚は解るくらい、クリスティーナは鼻の付け根に皺が寄るまでやったがとうとう会得できなかった。フランツは聞いているだけでやってみもしなかった。重装のかぶとを被っては視野が遮られるので、合戦の時にはそう役に立たないと謙遜していたが、こういうときには助かると実地で思い知らされた。
「ただいまはクラウス殿が一頭勝っております……殿下後ろッ」
レオノーレはキッチリ記録をつけながら、ついでに襲ってくる不埒ものを始末してくれた。剣はかたちだけ帯びていたが、それを使うことはない。髪に挿した飾り櫛に鋼鉄の針が仕込まれていて、間違いのない手つきで刺客の眉間を突いて死に至らしめていた。さすが、辺境伯が敢えておれに差し向けただけのことはある。
「……公子様ご油断なさいますな」
フランツにはいつも従者が目配りしていた。やつも跡取りだから。声を掛けたころにはもう仕事を終えていて、ほんとできのいい従者だった。
「ああ、済まない」
もう死体に成りはてた刺客を見下ろして、フランツは悪びれず笑っていた。大物だから。
すっかり周囲は血の匂いが立ちこめていた。殺しちゃダメでしょ、誰が黒幕か吐かせないとって、あ、そうかあにきか。ちょっとへこむね。
切り替えが早いのがおれの取り柄だ。