23章 55日目 アドラー橋前広場 4
「そちらは王弟殿下におわすか? 従うはヴェレの姫騎士に辺境伯の四つ目娘、ネルバッハの若後家か! さても白粉臭い本陣にござるな! 誰もこの爺の首を取れそうもないわけよ!」
ヴィジーの隠居はさらに挑発した。
おれは思わず拡声器を取上げた。古き良き戦は要は口げんかだ。どちらに理があるかをまくし立てて、集まったものにもっともと思わせた方が心情的に有利となる。義はこちらにありと思った方が兵もよく働く。声を轟かせ、聴衆を引きつけるために王族は詩の暗唱を叩き込まれる。おれは声量が今ひとつ足りないというので、上に行くにつれてすぼまった形の……ええと、円、円錐、そう、円錐型の革張りの拡声器というのを作ってもらっていた。すぼまった方を口に当てて声を出すと、声が増幅されて遠くでも聞き取れるようになるのだ。
「死に損ないがおれのだいじな側近をおとしめるようなことを言うなァーッ!
おれは兄とは違う! 戯れるために陣におなごを置いておるのではないッ!
余人を持って換えがたい能力があるゆえ頼んでおれの側にいて貰っておるのだ!
それは我が父アレクサンデル2世王陛下の慧眼に依るし、大切な側近の才能を見抜いて育ててくれた辺境伯、ヴェレ伯、ネルバッハ公の度量にも依っておる。そのすぐれた先人達のなしたる業をおとしめるか、この耄碌爺!」
フランツに任せてはいけない。大丈夫だ、ゆっくり、考えながら。凝った上品な言い回しをする必要はない、クラウスのように、日頃思っていることを、簡単な言葉ででも、間違えないよう、はっきり言えば通じる、心を動かすことはできる筈だ。
「それで双龍君をもお側に置かれるか! 大度大度!
寝首をかかれぬようご用心召され!」
隠居は大笑した。双龍君というのはややまずい呼び名だ。父方にセンデ大公と母方に先の王妹、両方のグーツヴェル王家の血を持つフランツのことを、一部ではそう呼ぶのだ。母方はリースの王家の血をつぐ代々の王子達より、グーツヴェル王家の純粋の血を持つと、リースとの関係が近すぎることをを嫌がる諸侯の間ではフランツは期待されているらしい。個人の紋章は父方母方を並べてその血統を示すから、見返り龍が背中合わせになっているフランツのことを、そういう一派のものは双龍君と呼んで期待しているらしい。
そんな変な妄想を持つ人間はいるとしても、おれたちは仲が良いんだし。
「変なこというよな?」
フランツを見返って笑うと、フランツは黒く笑っていた。フランツが飛んできたのは、ほんのついさっきだった。明日に備えての寝入りばなを叩き起こされたのだろう、顔には似つかわしくない疲労が浮かんでいた。せっかく考えた戦略をひっくり返されたのだ、明日にもレオノーレに嫌みをぶつけるに違いないと思った。
「ご隠居はこの場に果てるお積りのようですね」
え、ともう一度見ようとすると、フランツは身を翻してクラウスに声を掛けていた。
「クラウス殿、お手柄の機会が参りましたよ」
此度の内戦で是非とも戦功をあげておかなくてはいけない騎士がそこに控えていた。
やっとクラウスの見せ場です。