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百年謳われる愚行の王  作者: 早乙女 まいね
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23章 55日目 アドラー橋前広場 3

 レオノーレはしかし容赦なかった。

「おい!?」

「退路を絶て! 目標アドラー橋中央部! よく狙え!」

「おい待て、そこ走ってるだろノーレ待ってやれよノーレ、当たったらやばいって、

 待てーッ! 逃げろ、おい逃げろ、逃げろって、橋じゃない方にだよ!」

 おれは身を乗り出して叫んでいた。

「放てェーッ!」

 おれに構わずレオノーレは重ねた。国軍精鋭部隊は、射撃の腕も確かだった。アドラー橋は、敗走する反乱軍兵士ごと吹っ飛んだ。ぼろぼろになった黒百合の旗がリューゲ川に落ちていった。人も。

「……おい」

 おれは強ばった頬をやっと動かしてそれだけ言った。

「殿下、これは戦にございますよ」

 辺境伯の一人娘は、たしかに戦上手だった。真っ直ぐに前を見据えて、声も震わせずに言い切った。

「うん……。よくやってくれた。おまえはほんとうにできた側近だ」

 おれはがんばって言葉を絞り出した。

「火を掛けたか?」

 瓦礫の下から、煙が立ち上った。

「いえ、それにしては小そうございますが」

 レオノーレは遠眼鏡を目に当てていた。それってレンズとレンズ喧嘩しないの?

「出ました」

 レオノーレは短く答えた。敵側を明るくし、攻撃をしやすくするために、丸く束ねられた薪が、火を灯されていくつも投げ転がされた。

 銀の盾に黒百合の紋所。古びてはいるが磨き込んだ甲冑に身を固め、堂々とした初老の騎士が、馬に乗って現われた。燃えさかる薪の炎がそれを照らし出す。

 シュヴァルツリーリエ伯ベルンハルト・フォン・プリーステンだ。

「撃つなーッ!」


 おれは人任せにできずに走り出た。分かっていたのだろう、レオノーレの手の者が付いてきて、一応の盾になってくれた。

 おれはたまらずに、ずっとずっと考えてきたことを語りかけた。いや、ただ吼えた。相手に聞く耳があることを期待した。

「シュヴァルツリーリエ伯! もうはや反乱軍は形をなしておらぬ! もう諦めて兵を引いてくれ! 

 我が兄の愚行は騎士として詫びる! まことにご息女には申し訳ないことをした! い……そう、遺憾の意を表するぞ。兄にもなんとか謝らせるゆえ、囲みを解いてくれ!」

 橋の向こうに馬を立てて、シュヴァルツリーリエ伯ベルンハルトは、まさしく騎士だった。

「殿下、天晴れにございます。

 アレクサンデル王陛下には恨みもございますが、一度主君に刃を向けましたからには、破れれば死あるのみ。

 盟を結びましたる諸侯は哀れな父に同情してのもの、もとより王弟殿下に含むところはございません。盟を記したる紙は焼いて参りましたゆえ、敢えてお調べなさいませんよう。罪は我身にのみ負わせ給いますよう厚顔ながらお願いいたします!

 では、おさらば!」

 つときびすを返すとそのまま馬を馳せてアドラー橋へ走り寄り、まっすぐ駆け抜けた。跳んで届く距離ではない。まっすぐに、まっすぐ中程から折れて崩れたアドラー橋から落ちて、まっすぐリューゲ川に突っ込んでいった。一声、娘の名前を叫んで。

「コンスタンツェーッ!」

 そして、そのまま浮かんでこなかった。

 反乱軍はそれで散り散りになって、川の向こうも、こちらも、算を乱して駆け出した。「追うな、逃がしてやれ」

 今度は、兵共は従ってくれた。

 黄の旗がまたも進み出た。

「おのおの方は、殿下の有り難き思し召しに従いて命を繋ぐべし。それがしはここにてしんがりを勤め申さん。ゆるゆると退かれよ。

 音に来こえしヴィジー、オミナーモト家の男が一度王家に弓を引いたからにはおめと生きておろうとは思わぬのだ!

 さあこの世に生を受けて70年、いささか長生きをしすぎの感もあるが、この白髪首を刈るのはいづれの家中の益荒男ぞ!? 尋常に勝負、勝負!」

 老いてなお盛んな隠居が、身の丈ほどもある大槍をかいこんで呼ばわる。対する国王軍は白々と黙り込んで動かない。勝ち戦なのだ、誰も無茶をしたくない。


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