23章 55日目 アドラー橋前広場 2
ただ丸暗記に覚えさせられたと思っていた家紋と家名の一覧が、今はそれぞれの顔がすぐ浮かび上がって親しみが胸にこみ上げる。みんな、みんな来てくれた、乗ってくれた。ただそれだけで、胸が熱くなる。
夜の奇襲という作戦なので、兵どもには私語を禁じている。しかし、昂奮した馬のいななきが微かに漏れ、控えても控えても響いてくる甲冑の擦れる音、まだまだ集まってくる諸侯の兵の靴音で、緊張がいやでも高まってくる。
無言のうちにまた引き出された。ランゴバルド式新型大砲。使者のひそやかな口上によると、ツィゼーン公からの差し入れ。みんなここで使わないと損だとでも思っているような。
うちの国が持ってる大砲は100門に満たないはずだ。それが、半分ほども集められて、もう、10門はアドラー橋脇の砦に目標を定めている。川のこちら側に、曾じいさんが王になる前からあった砦。戦乱の時代から、オストブルク防衛の拠点だった。
「密偵から情報が入りました。シュヴァルツリーリエ伯は今夜アドラー橋の砦におりますッ。差しでお話をなさるなら今夜しかございません!」
「ありがとよ、でも、どうする、伝令出すか?」
「とりあえずは燻り出します。
打ち方用意ーッ! 目標アドラー砦物見台!
放てェーッ!」
このめがねっこは砲術が得意だ。別人のような声を出して指揮杖を振り下ろして砲撃を指揮した。
轟音が轟いて、石造りの砦は上の物見台が吹っ飛んだ。流石は新型だ。歓声が上がった。岩がリューゲ川に崩れ落ちて、水音がした。
「おい! 橋を落とすなよッ!?」
「お平らに、まずは砦でございます」
「川せき止められたりしないだろうな?」
リューゲ川の水運は流域諸国の共有のものだ。内戦で勝手に川をせき止めたら上流の国に怒られるだろう。ただでさえ今はアドラー橋で水運が止められてるから苦情が入ってる。市内で色々どんぱちやってるオストブルクを避けて、商人共は近隣諸国回りの陸路をいろいろ検討中だということだった。ほんとばかあにきのせいでスイマセン。おれもスッキリ鎮圧できなくてゴメンナサイ。
「ある程度は計算しましたが。あとでさらえさせます」
こういうときのレオノーレは目のいろが違う。
「頼むぞ」
おれは任せるより他はない。
「第2射! 次は下半分を。
打ち方用意! 目標アドラー砦土台部! あとかたなく吹っ飛ばせ!
放てェーッ!」
連射できるように、大砲はいくつかに分かれて配置してあったらしい。すぐさま指揮に従って第2射が放たれた。アドラー砦はあとかたなく吹っ飛んだ。火薬の匂いで鼻がむずむずする。手をもって行くより先にレオノーレはハンカチを差し出した。
あーあ。これ傷を付けないで取り返すのに一ヶ月掛けてたのに。
脇の建物から散り散りに出てきた兵共が橋を渡って対岸へ逃げてゆく。対岸はハウル侯の領地だったかな。ええと、反乱軍がわ穏健派。伯の奥方の実家で。
「追うな、逃がしてやれ」
フランツとも話していた。内戦だ。捕虜はとらない。同じ国の民ではないか。捕えてなんとする、そういう話だ。
「殿下はお甘い」
フランツは笑っていた。それでも、許してくれた。
「第3射!」
レオノーレはしかし容赦なかった。