22章 55日目 シュヴァン城 王子の私室
決戦を明日に控えて、おれは月を見ていた。夜風が染みる季節になっていた。いやほんときつい。オストブルクで初雪が降ったら、山越えのフリューリンク街道は雪に閉ざされて行き来がなくなる。すぐさま守備兵だけ置いて、ヴェレ伯が駆けつけてくれるとクリスティーナがこっそり教えてくれた。早く降れ、早く冬よ来い、このところ毎晩おれは月に祈っている。
「公子様はご退出なさいました?」
レオノーレだ。
「ああ」
「それでは殿下、ご下知を。明日まで延ばしてはなりませぬ。今宵は満月。月の昇ったばかりでしたらまだ兵は動かせましょう」
「おい、フランツに相談はいいのか? あいつを抜かすと嫌み言うぞきっと」
「大枠はお話ししてございます。情報を基に考え直しましたらば、今宵が最善……いわば、女のカンにございます」
「あ、そう、そういうものか?
だが、命令を下すにはどうする? 夜襲といってもここから駐屯地には距離がある、早馬を出しても見とがめられるぞ」
「あたくしが」
背後から、マグダが顔をだした。滑り込んで、ぴったりと扉を閉めた。神出鬼没。
「あたくしのお友だちに行ってもらいましょう」
「友達って、信用できるのか?」
「殿下」
レオノーレは遮って、肯いて見せた。
「殿下の諜姫としてのあなた様を信頼いたします。お役目を果たしてくださいませ」
「もちろん。命に替えてお役目果たさせていただきます」
女同士でなんか通じ合っちゃってるよ。2人はおれを置き去りに話を進めていた。
「それではこれを、東の駐屯地の連隊長に。父にはうちのものを遣わします」
「承知つかまつりました。
では、殿下、ご機嫌よろしゅう」
マグダは微笑んで退出していった。
「寵姫って、おい……」
2人に戻って、おれはレオノーレに向き直った。おれはマグダに手を付けてないっての!
「先だってはフランツ様に遮られましたが。
今こそ申しましょう。殿下の私的なご友人という名目で、お城の出入りには寵姫の方は融通が利くのです。尊い方が普段足を踏み入れてはならないようなところにお連れしたり、お目通りかなわぬ身分低いものも、……学者ですとか、軍の下士官ですとか、まだアカデミーに入ることを許されていない芸術家ですとかを、殿下にご紹介することができたり。それは尊きお方に広い世界をお見せするためだったのですが……ドロテーア殿はそのあたりを思い違いしておられて」
ああ、いかがわしいところにあにきを連れて行ったりしちゃったわけだ。ほんと、諸悪の根源。それなのに、なんにも罰せられないで、自分が不治の病に罹ったと知ってさっさと毒をあおいで自害してしまった。さすがにみんな密かに快哉を叫んだ。シュヴァルツリーリエ伯に良識がなかったら、真っ先に墓を暴きに行っただろう。そこんとこは、あの伯爵のまともさを尊敬する。いや、九分九厘おれは向こうを支持したいよ。今でも。
「もしかして、寵姫ってけっこーだいじな役目だったりした?」
おれは居心地悪く尋ねた。
「左様にございます」
まじめにレオノーレは答えた。
そこは言っといてもらわないと。ドロテーアがあにきを悪いあそびに引き込んだおかげで、おれは寵姫というものに先入観があったかも知れない。
「お支度下さい」
レオノーレはおれを急がせた。
すみません本業多忙でストック切れてました。