21章 50日目 シュヴァン城 王子の執務室 2
「水銀公め、様子見をしておるのか」
水がねのようにとらえどころのない大公として、センデ大公は恐れられていた。
「先だってのご発言もございますし。
殿下、お側のものをよく吟味なさいますよう申し上げました。恐れるべきは公子様でございます。あのお方は……」
「は、はは。そのくらいにしておけ。次にはあなたを讒言で処罰しなくてはならなくなる」
おれは笑って遮って見せた。
「いいえ、殿下はネルバッハ公夫人を処罰できません。どうかお聞きを」
レオノーレが早口に弁護した。
「なんでだ?」
「宮内省の推薦の『諜姫』は発言内容を以て処罰を受けることはないのでございます。それ故の『物語役』にございます。王族をお支えするために、知り得た情報をお伝えするのがその役目」
なんか今ニュアンス違ってなかった?
「『ちょうき』って、寝所に侍るおなごじゃないのか?」
「有り体に言えばそうですけど、殿下、よくお聞き遊ばせ!」
レオノーレは苛立っているようだった。らしくないぜ。
「殿下、失礼を。我が主の声をお聞きください」
ノックとともに、ニコルが顔を覗かせた。
「殿下、よろしければこちらに。当家よりの『仕送り』はこれにございます」
窓の外からフランツの声がかかった。珍しい、大きな声は弾んでいる。見ると、黒光りする大砲が5門。
「ブルーメン街道門が取られましたから苦労いたしましたが、かき集めました大砲、国元に備えておりましたものではございませんのが不幸中の幸い、最新式となりました。なんとか国外からオノの港を経由してリューゲ川を遡上、シュヴァン淵の船着き場よりただいま到着いたしましてございます。
この最新式と申すのは、正式にはランゴバルド式と申しまして銃身の内側に溝が切ってあり……」
「おう、聞こう」
おれはまさしくくろがねのおもちゃの好きな「男の子」でおなごどもがひとの悪いうわさを言うのを聞いたりするのは好きじゃあなかった。これ幸いと席を外して、話はそこで立ち消えとなった。
センデ大公は、フランツは悪いやつじゃない。そう思いたかった。
大砲も手に入ったことだし、ここいらで一大決戦というのを挑んでみようということになった。
「平原に軍を展開しての決戦は陸戦の華じゃ! 我がヴェレ伯軍の精鋭を伴って参ったからには百人力であろう。中央部はおまかせあれ!」
クリスティーナはご機嫌で金の髪を揺らしている。オストブルク内の屋敷に入ってちゃんと風呂に入って、べアット、ドッペルブルク侯夫人から髪油を融通して貰ってみっちり手入れしたらしいからつやつやだ。例によって垂らしただけだけど。あんまり見せびらかすとフランツの機嫌悪くなるからやめて。
「クリス、出しゃばるでねえ。公子様の作戦に従うだ」
「う、うむ、失礼した」
おや、クラウスはクリスティーナの操縦がうまくなったもんだ。
「敵は永の遠征、包囲で疲れております。対するに我が軍はドッペルブルク侯の『お誕生日の贈り物』の件で意気軒昂のところ。ここで一気に片を付けましょう」
「そうだな」
「突撃! 突撃! 中央突破じゃ!」
軍議に入ってもクリスティーナは好き放題言っている。
「それはお任せしますから。右翼は辺境伯軍にお任せして」
フランツもクリスティーナの使い方が解ってる。困ったように辺境伯を見やると、
「解っておる。……ヴェレの連中のお守りも慣れておるから目配りはしておくよ」
ああ、ウルシュベルク辺境伯の笑みのなんと心強いことか。いやほんと男は顔じゃない。
「……頼みます」
フランツはここ数ヶ月で実際の兵の動かし方を学んで頭が痛かったことと思う。
恐るべき同音異義語。