21章 50日目 シュヴァン城 王子の執務室 1
金も集まり、武装も多少は整ってきたのに、戦果はぱっとしない。ほんとに青二才のおれたちの立てる作戦はどれもこれも見破られて、追い立てられてしまうのだ。昨日など、ドッペルブルク侯から奥方へのお誕生日の贈り物の載った荷駄が、陸揚げされてから王宮に運ばれる途中で奪われてしまった。目と鼻の先のシュヴァン淵でやられたのだから面目ないことこの上ない。べそべそ泣きながら従者が申すには、王子の御前でそりゃないだろう、七宝焼きの見事な小箱に入った菫の花の砂糖漬けなんてかわいらしいものだったそうだが、これはひどい。いやもちろんその他糧食に武器弾薬なんかもあったそうだけど。それだけはお返し下さいと泣いて訴える少年を足蹴にしてわざわざ持ち去ったという。
「かたつむり侯の男の純情にかけてこれは取り戻してやらねばならんな」
「御意」
クラウスまで怒っていた。これは国王軍の補給を担当してくれてているドッペルブルク侯爵に対する最低の嫌がらせだ。
「……情報が漏れているのじゃございません?」
マグダが眼をきらめかせて言った。
「まさか」
フランツは笑った。
「どこから?」
レオノーレは一瞬で顔を引き締めた。
「あたくしのお友達は問題ございません。もとより外に出すお手紙はあたくしも見せていただいていますし、殿下の執務室には勝手に近づかないようお願いしておりますわ」
たしかに、避難してきた貴婦人達が伺候するときも必ずマグダが同席して、和やかなうちに機密を漏らさぬよう会話を誘導していた。このひとは意外とやるなと感じ始めていた。
「公子様、お時間でございます」
ちょうど、薬の時間でフランツが席を外した。
「……公子様はいくたりお付きの方をお連れでいらっしゃるのかしら?」
マグダが呟いた。
「え? いつものやつだけだろ? あいつは小さい頃からのフランツづきだよ。ええと」
「ニコルでございますね。普段はお付きの間に控えております。
公子様のお食事やお飲み物のお支度をするために、この部屋には出入りが多うございます」
レオノーレが声を顰めた。
「センデ大公家のものだぞ!? 身元に間違いのあろう筈はない!」
マグダがその者を疑っていることが俺にも解った。
「センデ大公家!」
マグダは顔を歪めて笑った。珍しくて、おれはつい目を留めた。
「殿下よくお考えになって。キィ大公家はただいまはご当主がご幼弱で、今上陛下のとばっちりで先代ご当主がお亡くなりということで此度は軍務を免除されております」
「そうだな」
「トアヴァッサー大公は外交でお国を離れておいでです。それでも首都駐在兵は最低限を残して国軍に編入するよう指示してゆかれて」
「そりゃ得意分野で頑張ってもらって……じいさん行き届いてんな」
おれは唸った。トアヴァッサー大公はあにきの教育の責任者だ。幼い頃からぎっちぎちに締め上げて育ててくれて、結果、あにきはああなったのかも知れなかった。センデ大公は逆に、学友として跡取り息子のフランツをおれに提供してくれただけで、とくに干渉せずつかず離れずを保っていて、ほとんどおれの教育はウルシュベルク辺境伯に託されていた。
「それではなぜ大公家たるセンデ家が、此度の内乱鎮圧にご参加下さいませんの? 王家の藩屏として国王陛下をお守りするのが大公家ではございませんの?」
「ちょ、待て、……出してるだろ当然」
「いいえ。残念ながら。オストブルク内のお屋敷の駐在兵を付き合い程度割いただけで、お国元からの援軍は参っておりません」
レオノーレが低い声で言った。
「だってブルーメン街道門はもう抑えられただろ」
いくらなんでもクリスティーナのような奇計をセンデ大公がやるとは思われぬ。
「左様にはございますが」
レオノーレは言いにくそうだ。
「西方に、センデ大公領に通じる道はなにも街道だけではございません。御領主なればなおのこと、地元の農民どもの使う間道をいくつもご存知でありましょう。大軍を動かすには不向きでございましょうが、国家の一大事となれば10人、20人なりと送って寄越すのが筋。現にウルシュベルク辺境伯は、北方鎮護の兵をもう幾度も抜いて呼び寄せてくださっているではございませんの!」
「まことか?」
おれはレオノーレに向き直った。戦続きで怪我を負った兵もどんどん出て(同胞に戈を向けるあたわず脱走するものも出ていると聞く)、国王軍の守備隊はかなり数を減らしてきているが、いつも辺境伯軍は最初と同じ数を出してくれた。割り振った陣を守ってくれた。さすが、ダッフォンの鍛えた兵は怪我がない、単純にそう考えていた。
「北国街道は通じておりますから」
レオノーレは肩をすくめて見せた。その北国街道門も、取られてはあとの行動が限られると、襲撃の知らせを聞くと国軍から指示する前にすぐに固めに向かった、辺境伯家は。すぐに門を取られたのは、西方を守る大公家として不覚悟とは言えるかもしれなかった。




