20章 45日目 ネルバッハ公爵邸 舞踏の間 5
【申し訳ございませんでした】
ただそれだけしか言えなかった。おれはエリーザベト様に楽しんでいただきたかっただけで、あにきと踊ってみたかろうと思っただけで。
エリーザベト様に笑って欲しかったんだって。
おれの喉は塞がった。あの涙を拭って差し上げたかった。ふつうの貴婦人のように、おれの幼い頃のやんちゃなどお聞かせしてころころ笑ってもらったり、それはいけませんよ、なんてやさしくめってしていただいたりしたかった。あの方を想うと、うきうきわくわくする。そういう気持ちを毎日持てるなら、あの方が妃でもいいんじゃないかと思うようになってた。いろごとをしてみたいのじゃなくて、誓ってそんなんじゃなくて、優しくして差し上げたい、ただ真心を捧げたい……そういう初めての気持ちだった。
苦しい胸が治まるまでは、ほんの少し時間を要した。おれはぎこちなく顔をつくろって、仮面の男に向き直った。
「フランツも、済まなかったな、あんなバカの振りをさせて。でも、お前の方が姿勢がしっかりしてるってエリー……ゼ様のお墨付きも戴いたぞ」
「それは願ってもないこと。わたしはこんな立派な夜会服が着られて楽しゅうございましたよ。この国第一の貴婦人をこの腕に抱いて踊れましたことですしね。
ときに、戴いてしまってよろしいのですか? この服」
フランツは茶目っ気たっぷりに礼を取って見せた。両手を開いて服をよく見えるようにして立ってみせる。
「ああ。どうせあにきはもう着られない」
「ジーク、あなたがお召しになればよろしいではないですか」
仮面を取って、フランツはさらりと言った。茶色の目を光らせて。
「えー? まだでかいだろ。あにきはけっこう体格良かったんだよ」
フランツだっておれより少し背が高い。あんたらおれより年上ってこと忘れてない?
「まだまだこれから伸びますよ。あなたには未来がおありになる」
フランツは、やつらしくなく背をどやしつけてきた。
「さあ、シュヴァン城にお戻りを。これから一気に攻勢に出て反乱を鎮圧して、あなたに箔をつけてさしあげなくては」と、そのままおれの背を押して出口に向かわせる。
「え? もう帰るの? おれ踊ってないよ、マグダにあとで恨まれる」
「ネルバッハ公夫人にはまた後で埋め合わせをして差し上げればよいではありませんか。乱が治まれば舞踏会など何度でも開けます」
「ノーレ、なあ、いいよな? おまえとも踊りたいし」
おれは振り返って、そこにいるはずのおれの心からの友に声をかける。
「わたくしは斯様な淫らがましい踊りはご遠慮いたします。殿下もわたくしをお誘いになるお積もりがなかったようですし」
ノーレはなんだか声が固かった。
「そんなことないって! 練習はマグダとしたけど。おまえもエリーザベト様のところで一緒に教わったんだろ? なあ!」
二人して押したり引いたりでおれをシュヴァン城に連れ帰ってしまった。だから、この夜の舞踏会については詳しく知らないの、ほんと。