20章 45日目 ネルバッハ公爵邸 舞踏の間 4
「コナタハホンニ褒メ上手」
エリーゼ様は扇を使って半分顔を隠して見せながら、はにかむように微笑んだ。
「陛下ノ装束ヲソノ身ニ纏イテ現ワレナサリシ時ハ、心ノ臓ガ壊レシカト思イ侍リヌ。有リ得ヌコトナレド、陛下ノ病床ヨリ抜ケ出シナサレテコノ身ヲダンスニオ誘イクダサレシヤト心誤レリ。
マコトニ、誠ニ……」
エリーゼ様はそこでとうとう言葉が出てこなくなった。
【夢のよう、確かに夢のようでございました。アレク様がわたくしの手を取って、あんなにぴったり抱いてくださって、2人きり、他には誰もおらぬようにくるくると舞ってくださって……
夢だったのですね。フランソア様、あなた様はとても似ておられるけれど、別人。嗜みに溢れていて、どんなときもまっすぐ両の肩が同じ高さを保っておられる。
あのお方は、アレク様は緊張されるとき左の肩が下がるのです。王の剣をお腰に提げておられるからでしょうか、気負うと自然と肩が下がるようにお見受けします。今宵は剣は吊っておられませんけれど、アレク様ならきっと肩が下がったはず。
夢と判っていても楽しゅうございました。ええ、久し振りに心華やぐ思いをいたしました。わたくしの仮装はいかが? 周囲から浮いてはいませんでしたか? レントレラはどうだったでしょう? 足がもつれて見苦しいことにはなっていませんでしたか? 夜通し踊るほどの元気はもうありませんが、一曲かるく通すぐらいならできましたでしょう?
わたくしも、稽古をしているうちに、このまま立てなくなって、体中生きながら朽ちてゆくのではないと心得ましたのよ。まだまだ大丈夫。お稽古にあの可愛らしい兄妹をお遣わしくださってありがとうございました。年若い人達と休憩の時にもたくさんお喋りをいたしまして、とっても楽しゅうございましたのよ。
この先見苦しいできものができて、人前に出ることはできなくなりましょうが、すぐさま寝台だけが居場所ということにもならないかもしれません。まだまだ楽しみごともいくつかはできることでしょう。
物思いに沈むばかりではないと心を軽くしていただきました。
本当に、ありがとう、ジーク様、皆様。
けれど、此度のことは過分のご配慮。
わたくしにとっての背の君は、アレク様のみ。無理に仮装までしていただかなくても、わたくしの心の中のアレク様だけで十分。とてもお優しくしていただいてそれは嬉しゅうございましたけれど、ほんとうのアレク様はわたくしなど歯牙にもかけぬと思い至ればなおさら哀しくみじめに思うだけにございます。
どうぞ、どうぞお許しを。
お気遣いいただいたのに、我が儘を申して済みません。
ほんとうに楽しゅうございました】
扇を畳んで口元に当て、言葉を選びながらけなげに微笑んで、大国の王女は切々と訴えた。おれたちは言葉もなく、次第に頭を垂れてその言葉を聞いた。
見ていたいのに、顔が上げられない。
お詫びしたいのに、言葉が出てこない。グンペイジ語でさえも。
麗しい頬には大粒の涙があとからあとから零れ落ちていた。気合いを入れて灯させた明かりにそれはもったいない輝きを見せていた。
なにも、聞こえない。
ああ、エリーザベト様。
胸が、くるしい。
【ご退出を】
女官が来て、この国最高の貴婦人として有り得ない感情の発露をさせてしまった佳人を連れて行ってしまった。