20章 45日目 ネルバッハ公爵邸 舞踏の間 3
「嗚呼、モウイカヌ、脚が動カヌ、ホホ、見苦シュウハナイカ? 此処マデニ致ソウ」
ご機嫌で一曲踊り通した「田舎娘の仮装をした婦人」は、言葉を裏切るしっかりした足取りで控えの間に戻ってきた。言葉もいつもの文語に戻っちゃって。うん? それともクリスの言葉に近くなってきたってことは、お姫様としてそれで正しいわけ?
【たいそうご立派で優雅な舞いぶり、リードを取るわたしは天にも昇る心地でございました。
ご無礼とは心得つつもこの手を離したくない気持ちをどうぞ汲んで下さいませ】
マグダのお友だち経由であにきの踊りの衣装をかっぱらってきたフランツはもうご機嫌でぬるぬるしたリース語をまくしたてていた。
あの体調のあにきのために今も舞踏会の服やら園遊会の服やらを調えていたというからうちの内廷は忠義が過ぎて硬直してる。簡単に言うともったいなくてばからしい。次の新年の演説の時に着る服まで準備中だと言うから叱ってやめさせたら裁縫師たちは泣き出した。陛下が平癒なされないと認めることが辛いとか何とか言って。だって、誰が着るんだよ。
「コナタハセンデ公子殿ナロウ? オ気遣イハ無用。妾ハ斯様ニ言葉ニ不自由ハシテオラヌ。本国ノ宮ニテ伺候スルリースガ殿上人ニモ劣ラヌ口説オ見事ナレドモ、我ガグンペイジ語ノ上達ノ手助ケト思ウテ母国語ニテオ話サルルベシ」
踊りで薔薇色に上気した肌で、厳かにエリーザベト様は言い当てた。ああもう胸がドキドキする。素敵。
「いえ、陛下、このものはリースの言葉の方が上手なくらいなのです、特殊な育ちで」
「いけませんわ『ジーク』様、今宵はこちらのお方は『エリーゼ』様。ね? エリーゼ様も、詮索はおよしになって、素敵な方との出会いを楽しむ夜でございますよ」
マグダ、今夜のところはタイテーニア、が割って入ってにっこり笑って見せた。
「無粋ヲ申シ……マシタ? オ許シクダサイマセ?」
エリーゼ様がほんの少し語尾を自信なげにさせながら目で詫びた。ああ、健康的に色っぽい、って、このお方病身であられるのだけれど。
「尊い御身のエリーゼ様が我が国の言葉に習熟なさいますことはわたしたちにとって御身がいっそう身近になること。喜ばしきことでございます。我が君同様、その尊い御身にそぐわぬご努力をもったいないものと思わずにおれません。まこと、我が国の全ての騎士の憧れと恋心を捧げるに相応しき方にございます」
フランツはすぐさまうちの言葉に切り替えて褒めちぎって見せた。うん、秀才。