20章 45日目 ネルバッハ公爵邸 舞踏の間 1
それからしばらくして、オストブルクは満月。王子の寵姫、ネルバッハ公夫人の主催でその催しは行われた。王子は摂政の仕事があって多忙なので来臨はないという建前なので、以下はマグダやそのお友だちからの伝聞。ほんとよ?
「みなさんこんばんは、ごきげんよう。あたくしは夜の妖精タイテーニア。皆様ご存知のおちゃめなお方とは別人でございますのよ? お心得おきくださいね?
先だっては殿下がお気遣い下さって、踊りの会はございましたが、健全な遊び人の皆々様には、ものたりなかったのではございません? うふ。
今宵はあたくしがちょっとした仮装舞踏会を企みましたの。どうぞ思い思いの衣装でお楽しみになって。噂のレントレラは皆様上達なさいまして? 殿下もいろいろお忙しくて、まだれいの勅令はお出しになれなくていらっしゃいますの。
ということは、今宵はどなたとも踊り放題、抱き合い放題、うふ?
妖精の仕切る仮装舞踏会でございますれば、ありえないこともいろいろ起こりますことよ?
寝台よりお起きになれない筈の尊いお方や、激しい動きのおできにならない筈の麗しいお方がもしかして混じっておられましても、それは一夜の夢、どうぞただ興にお思いになって、深くはお尋ねにならないで下さいまし。
では、どうぞお楽しみ下さいませ!」
妖精の羽根を背に付けて、目もとをマスクで隠して若草色のドレスを纏ったマグダが芝居けたっぷりに口上を述べた。集まっていた「健全な遊び人」たちは思い思いの仮装をしている。それでも、スカートは全方向広がったレントレラ向けにしているのはみんな踊るつもりで来ていることを見せつけているのだ。
「さ、誘ってくださいまし。そちらのご立派な方……ええッ?」
奥から進み出た粋人のいでたちは、それはもう気合いが入っていた。金糸をふんだんに織り込んだ長めのジャケットはリースの流行最先端、ターンの度に裾がひらひらしてこれもダンス向き。胸元の飾り襞もふわふわひらひらとしていて貴公子の引き締まった体つきを引き立てている。もちろんズボンはぴったり半ズボンで脚の細さも麗しい。
「まさか、あのお姿……!」
金の巻き毛を背中に垂らして。顔をジーヴの謝肉祭用の仮面で隠しているが、輪郭といい、発する威といい、この国で一番の美形に間違いない。
「いいえ、ただ今の陛下がこのような場にお出ましになられるわけがッ」
そこまで考えて、そして皆もうひとりの貴公子に思い当たってホッとする。
「公子様でいらっしゃるのね……でも、おふざけが過ぎませんこと?」
目に青い色ガラスを入れた仮面の男は、にせものと一目で判るが、王冠を被っていたのだから。
「ほんとうに瓜二つでいらっしゃるのね」
「どちらも殿方にしておくのはもったいないほどお綺麗」
「仮面が邪魔ですわ」
「踊って戴かなくては! 勅令の出ないいまのうちに!」
「そうですわ!」
仮装の貴婦人達は色めき立って王の仮装をした男のもとに参じた。しかし、仮面の男は眼もくれずにひとりの貴婦人のもとへ進んだ。
今度は仮面舞踏会。
あそんでばっかりで内乱鎮圧はどうなるのよ。さあ、どうでしょう?
本年もよろしくお願いいたします。