19章 40日目 フリッツァー・パラスト 太陽の間 8
「こちらはツァターク伯爵家の跡取りのお嬢様でゾフィー様。まだご結婚がお決まりにならないの。殿下、是非よい方をご紹介して差し上げて」
「うむ……おれの知る範囲にいるかな……?」
顔を上げたのは、小山のような令……嬢? だった。
「殿下、どうかよろしくお願いしますフフフゥ」
造作は悪くない……と思う。まん丸の右頬の真ん中にほくろがあってそればっかりが目につく。あとはほんとに丸くて丸くて丸くて、笑うにつれて盛り上がった肩がぶるぶると震える。
……ううーんこれは厳しいかも。
「お父上は……ええと」
「領地はウルシュベルクの西隣ですぐふふ」って笑い方が豪快すぎるだろ。
「ああ! 鬼のフーベルトか! 世話になった!」
辺境伯とも親しくて、おれはよく剣を見て貰った。あの痩せて顔色悪いおっさんからどうしてこんな姫君が産まれるんだ……クリスといいレオノーレといい、親父さん似のおなごばっかり見てたから、おなごは父親に似るもんだとおれは思ってた。と、余計なことを考えてると、
「でしたら殿下、よろしくお願いしますね」
すかさずマグダがにっこり微笑んだ。あ、おい、そういうんじゃないって!
「殿下お願いしますぅーーーーー」
汗をかいて通り過ぎる。ふと前に視線をやると、部屋の端まで礼を取っておれが近くに来るのを待っている貴婦人たちが並んでいるのが見える。貴婦人だけに限らない。結構若いその夫が来ている。
こんなにいたんだなあ。空っぽになったとばかり思ってた。
奥方連中から話をきいてみると、宮廷に顔を出さないからといって、そのままれいの病気で苦しんでいたり、死んでしまったとも限らないのだった。あにきを見限って領地に帰ってしまったシュテッテン伯のようなのもいるが、逆に、身内にその病のものを出してしまって、看病に集中しているもの、妻が不貞によって感染したのを恥じて出てこられないもの、キィ家のように年若い当代が亡くなったり病臥して相続が揉めて出て来るどころでないもの、なんとか出ては来たが、余りにも年若い相続人過ぎて社交どころでないもの、単純に感染を怖れて引きこもってるだけのもの。それぞれいろいろ事情があるもんだ。はじめて知った。やっぱ、いくら出来がよくて一緒にいて楽しいからって、学友連中とばっかり遊んでちゃいけなかったんだな。マグダの言葉も少しは正しかった。
おれはマグダに感謝しながら、かれらに親しみを抱いて貰って、なんとか今後支えて貰おうとしみじみ思った。
「殿下」
厳めしい声が降ってきた。うわ、こんなのも呼んでたのか。王子で法定相続人のおれが礼を取らねばならない相手、それは宗教者だ。
「台下にはご機嫌麗しゅう。いろいろ忙しゅうてミサにもなかなか顔を出せないが、心に悲しみを持つもの、主にすがりたいと思うものにはよくしてやって欲しい」
なんとか取り繕いつつも、おれの心から出た言葉をがんばって吐き出す。心にもない儀礼的な言葉を暗記してそのまま出すなんて、おれはもう絶対しない。
うちの国での最高宗教者、ゲッティンガー大司教は重々しく肯いて見せた。南部の生まれで、ミューニクの神学校で秀才と呼ばれて法皇庁に推挙されたバリバリの出世頭だ。次の位階は、枢機卿。その上が法皇。もしかしたら将来的にうちから法皇を出せるかもと言ってトアヴァッサーのご老公がワクワクしてると聞いた。秀才で出世頭、つまり、おれたちにとっては話が堅くてつまんない。
「お気持ちありがたくお聞きしますが、なにより、尊い身のお方が教会を尊重し、主に一身におすがりする姿を見せることこそが神の国へと近づく第一歩と愚僧は考えます」
返答も優等生的。もっと、多少教義から踏み外しても心に訴えるようないかす答え言ってみてくれよ。おれだって色々悩んでるのに、相談に行こうって気が全然しない。親身になってくれるととても思えない。ダメだろソレって。
「ごもっともであるな」
エリーザベト様を引き受けてくれる修道院を探さなくてはいけない関係上、教会とは喧嘩できない。もうちょっと下手に出ておこうかと思ったが、残念、ネタが浮かばない。頭だけ下げて終わりにした。フランツはいつもよく言葉をひねり出せるもんだ。尊敬するぜホント。
踊りの集まりは上首尾に終わり、なんとか首都に残っていた貴族の心を掴むことはできたと見えた。