19章 40日目 フリッツァー・パラスト 太陽の間 7
仕事は、とりあえず王宮に身を寄せた全員との顔合わせ。一応爵位が上のものからなのか、順番はマグダに全面的に任せた。
「殿下、こちらはダウメル侯爵のお姉上様で、ヴァルトタイヒェル公爵家に嫁がれたテレジア様でございます」
そんなん言われたってわかんないし。おれの心の目は狭い我が国の地図をぐるぐるあっちへいったりこっちへいったり。とりあえず領地は西の方かな?
「お初にお目に掛かる。どうぞお楽になされよ」
黒髪の30代前とおぼしき貴婦人は、立て続けに3、4人も産んで宮廷からはしばらく遠ざかっていたものと見える。ドレスが新品なのにデザインが古い! クラウスの隣に立ったら似合いって言っちゃあフランツに影響されすぎかなあ?
「あら、いやですわ殿下。ご幼少のみぎり弟とふざけっこをなされて西の御苑のお池に落ちられたでしょう! そのときあたくしは畏れ多くも殿下のお手を取って引っ張り上げて差し上げましたのよ!」
「西の池……あのテレジア殿か! 随分と……貫禄がお付きになって!」
おれは叫んでいた。たしかにそのギザギザの生え際には見覚えがある! ダウメル侯爵ってあのノーレに言い負かされたのが悔しくてノーレを突き飛ばした卑怯者のテオドールか!? テレジア殿は弟のことは叱りつけておれを助け上げてくれたんだけど……あんた10年で目方が倍になったろ! それで覚えてろって無理!
「まあ! ご挨拶ですわ殿下。幸せ太りですのよ」
「ご自分で言われるならよい。ご主人はご領地か?」
「いいえ、義父が健在で、ただいまは宮内省に。宮内省と財務省の官吏はこの時期王宮に詰めっきりですのよ」
幸せな将来の公爵夫人はコロコロと笑う。
「それは……収穫期だからか?」
「いいえ。近いうちにお役に立ちますわ。どうぞよろしく」
「ええ。ご主人によろしく仰ってね、テレジア。殿下はよいお方ですから忠誠を捧げるにふさわしゅうございましてよ」
「ええ」
しまった。うちの全貴族リストと領地一覧見てから来ればよかった。とりあえず、ダウメル侯爵家とヴァルトタイヒェル公爵家にはチェック。この2家には姻戚関係ありと。
「殿下、よろしくて? 次はこちら。ご当主のザイヒヌン侯爵様は都のお屋敷にいらっしゃるのだけれど、ご病気で。奥方様のエステル様も看病のためにいつも詰めていらっしゃるのを、今日の所は気散じにお招きしたんですのよ」
紹介されたのは、おれより若いぐらいの色の白い貴婦人だった。まあまあ佳人と見えるのに化粧気が無く、目が暗い。
「どうぞ、楽しまれよ。……病とは、れいの病か?」
「いいえ、年で、頭の血管が切れたのです。もう5年も寝付いております」
「それは気の毒な。病人の相手は大変だろうに。根を詰めすぎぬよう、しかし、悔いの残らぬよう。おれでよければ一度見舞いに行こう」
「有り難き幸せでございます、夫も喜ぶことでございましょう」
礼をするのに手を振ってやって通り過ぎると、マグダに掛ける声が冷たくなった。
「あたら若い花の刻を、年の離れた夫に嫁いで看護人として無駄にしたのだな、あのご婦人は」
「そのようなこともございます。それは、主のお定めになったこと」
マグダの声も暗かった。