19章 40日目 フリッツァー・パラスト 太陽の間 4
新年の社交の季節の終わり頃、ある程度の会議は片付いて、皆心が軽くなっていた。昼の集まりだったからおれやフランツたちも参加していた。
……ここはわれらが興を添えましょうぞ!
ローレンツ!
……はいはい。
ヴェレ伯が辺境伯を誘ってメヌエットに飛び入りしたのだ。押しのけられて、若い貴族は目を瞬かせていた。手を伸ばすと大聖堂の高い天井から提げられた香炉に手が届くという国中で一番背の高い美丈夫と、その胸までしか背のない小兵の騎士の参加表明に一同は沸いた。要は好一対なのだ、2人は。
……踊れるのかよ?
思わず呟くと、クリスは頭をぶんぶん振って笑った。
……父は舞いまする! ムチャクチャではあるが、それは盛り上がると家来共はかねて申すのじゃ!
……我が父も。ヴェレ伯にいつも付き合わされるので覚えたと申しておりましたが。
ノーレも声を潜めた。
曲がはじまると、たしかにヴェレ伯はよく舞った。昔、クリスがダンスの教師に悲鳴を上げさせたあの振りは、ヴェレ伯仕込みだったのだとおれは得心した。貴婦人と手を繋いで回るところでは、右へ行くところを左へいって、辺境伯と貴婦人を取り合う形になって、自分のいくべき貴婦人を一人きりにしてしまって、
「あれ、伯爵様はこちらですわー! ひどうございますぅー!」と茶目っ気たっぷりに悲鳴を上げさせていた。
その他にも、右手を挙げるべきところを堂々、左手を挙げていたり、もう貴婦人を無視して辺境伯と2人で手を取って回ったりと、ヴェレ伯はご機嫌で笑顔を振りまくし、辺境伯はむっつり真面目な顔でバカをやり通すしで、あのトアヴァッサー大公まで「むふん」とかとうとう声が出ちゃったとか、一同さんざん笑い転げてその場はたいそう盛り上がった。父王も、そのころはかなり病が進んでいたというのに晴れやかな顔をしていて、楽しませて貰った褒美に酒を取らそう、なんて言ってさらに盛り上げていた。
なんて懐かしい。
おれは少し思い出に浸ってしまっていた。その礼に、簡単に言った。
「踊ればいいじゃないか。見せてくれ、そのレントレラ」
「かたじけない仰せにございます。では」
猫目兄妹は一礼して広間の真ん中に進み出た。
楽譜が渡っていたらしい、楽団はすぐに三拍子の曲を始めた。
「レントレラは、どこがいけないって、男女が組み合って踊るのがみだらがましいと言われますの」
マグダが解説する。
「メヌエットだって手を取るだろ」
そこが楽しみなのだ。目当ての貴婦人や姫君と、手を取り合って、目を合わせて2人で一周する、一礼して別れる。また一周して出会う、その瞬間に命を賭けて……命まで賭けやしないけど。
「ずっと組んで踊るんですのよ? それも、手を取るだけじゃなく、こう、肩に手を置いて引き寄せて、くちづけができるくらいに近寄って」
「え」
それを人前でか? それはちょっと、……すごいんじゃないの?
たしかに、曲がはじまってすぐ、兄妹はぴったり身を寄せ合って立った。双方左手は相手の肩のところで肘を張って曲げて、絡めるように重ねて肩口において。右手は握りあって、同じ方向を向いている。そして、ブン、チャッ、チャッ。三拍子に合わせて膝を落としたり伸び上がったりとくるくる回りながら広間を巡っている。
「なんていうか……華やかだ、な?」
「夢幻ノ如クナリ」
エリーザベト様がため息を漏らした。
ああ、うん、今の流行のスカートだとターンの度に広がって素敵ね。解ってて流行のデザインのドレスで来たな、猫娘。
見ているご婦人方も、きゃあきゃあ黄色い悲鳴をあげてたり、あっけにとられたりしてる。これはちょっと淫らというか問題かもしれない。兄妹と解って見てるからいいけど、未婚の男女が踊ったりしたら、……これは堅物には許せないかもだなあ。でも、若い男としては、……踊ってみたい。あんな近い距離で、一曲独り占めで、憧れの貴婦人と踊れたらもう最高。その夜は寝られないだろうこれは!