19章 40日目 フリッツァー・パラスト 太陽の間 3
「でーんか? 先ほどのお話はお口だけとは仰せになりませんわよね?」
マグダが若いのを引っ張ってきながら声を掛けてきた。
「なんだ? ええと、紹介してくれ」
「ええ! こちらはトアヴァッサー大公殿下のお隣の御領地、シュテッテン伯のご子息にご令嬢。ユリウス様とステファニエ様」
「この度はお初に殿下にお目に掛かり、大変畏れ多くございます」
「わたくしどものような幼きものまでご招待いただき、大変光栄にございます」
金髪金目の猫のような兄妹は、代わる代わる真っ赤になって挨拶した。シュテッテン伯爵家といえば、東の国境地帯を預かる家だ。わりに硬骨漢で、こんな恥ずかしい病気によりにもよって王が罹患するなどみっともないことこの上ない! と領地に帰ってしまって宮廷に出てこない貴族たちの最右翼だ。反乱に同調するほど見限っているわけではないが、なにぶん領地が遠く、東への出口アドラー橋とルトルト街道門を押さえられている状況では身動き取れない、冬になる前に東方諸侯をまとめてなんとか活路を見いだす、と鳩にびっしり書き送ってきていた。あ、鳩本体に書いたんじゃないよ、手紙を足に結びつけて送るの、念のため。15,6と見える息子と娘を宮殿に出頭させたのは、人質の意味もあるのかもしれなかった。
「この方達、とっても上手に踊りになるんですの、レントレラを。でも、お父上のシュテッテン伯は、この踊りが下々の流行りもので、たいそういかがわしいと仰って、踊るのをお許しにならないのでございますわ。
でも、とっても楽しくて、きれいな踊りですのよ。殿下どうぞご覧になって、摂政の権限で許して差し上げてくださいませんこと?」
「レントレラ? なんだそりゃ」
おれは面食らった。
「在所の踊りにございます。下々ではもう熱病のように流行っておって。
わたくしどもはあまりに夢中になって来る日も来る日も踊ったので父に叱られて、この度は夏の出頭の後、国元に連れ帰ってもらえなかったのでございます」
でかい図体をして兄の方はしょげていた。
「それは怖い思いをしたことであろう。屋敷は大事なかったのか?」
「はい! そこは父が手勢を残しておいてくれましたので。オストブルクにてご近所の皆様にもよくよく頼みおいていってくれたようで、すぐさま兵をお遣わしくださって、ご一緒にこちらに寄せていただきました。殿下にはお気遣いいただきまして誠にありがとうございました!」
妹の方がはきはきと事情を語ってくれた。うちっておなごの方がしっかりしてるんじゃないの? 心配。いや安心か。
「踊りにはまって叱られるって、どんなだ。うちはどんなおっかない騎士でもよく舞うだろ、ほら、ヴェレ伯とか、レオノーレの親父さんとか」
「まあ、ほほほ」
マグダが笑った。
「ソレハカツテ妾モ見侍リヌ。イト興深キモノナリケリ」
エリーザベト様も小首をかしげて微笑んだ。なんてエレガント。猫目兄妹は王妃様が会話に加わってくださるとは思っていなかったようでびっくりしている。
「ああ、いつだっけ? そなたらはまだ幼き頃だろ」
うっかりおれは言葉も崩れてしまった。