序章 オストブルク レゲンデ・パラストの食事室 1
御三家があって参勤交代があって、でもなんとなくあの大陸のあのあたりにありそうな異世界の国で、馬鹿王のせいで内乱勃発したしりぬぐいを延々次男坊王子がやる話。
アタマはよくないけど気持ちがやさしくて、そして仲間を大切にする古き良き少年漫画のヒーローを目指しました。
百年謳われる愚行の王
序章 オストブルク レゲンデ・パラストの食事室
「なあ、……その、ええと……おれの部屋泊まってけよ」
おれは必死だ。
首都オストブルクの摂政宮は王子の私的な食事室、それでもゆうにひとが2人頭合わせに寝ころべる長さのテーブルに2人して並んでついて、レオノーレがナイフを遣っている脇でおれは言葉を探しまくっていた。
「はい、たいそうおいしゅうございますよ、召し上がれ、ジークフリート王子」
肉を切り分けて、ついでに味見していたレオノーレがにこりと勧めた。さっきの必死の口説は聞かなかったフリで。
「なあ、それはあとでいいから。
なんにもしないから、な? おれの部屋泊まってってくれ今夜」
「良くはございません。わたくしが散らかす間に随分冷めてしまっておりますよ。温かいうちに召し上がるのがなにより料理長への褒美でございます」
同い年のめがねっこは両手を膝の上に組み合わせて、おれが食事に手を付けるのを礼儀正しく待っている。小さい小さい手。リュートのネックに回りきらないぐらいの。可愛い。
「なあ、だったらうんって言えよ」
おれは身体を捻ってレオノーレに向き直るようにして重ねて言った。だってほんとおれも限界なんだから。
「はい。でしたらお返事いたしますからとにかく召し上がってください。
……次はいつになるか解りませぬゆえ」
伏し目がちに、レオノーレは声を潜めた。睫毛が濃くて、白い頬に影が落ちる。ほんと可愛い。
「何いってんだ。食うよ。
やっぱ季節柄鹿旨くなってくるよな。フィリップ、カールによろしく言っといて。
今年も林檎のパイ出してなって。おれはカールのパイ好きだぜ、あの上のところの皮がカリカリしてて。
ノーレも好きだろ? しまいには二人して皮の取り合いになって」
レオノーレが一通り食べるまでお預けなのはもう常識だから、おれは大人しく待っていた。そして、レオノーレのあとで、おれの食事ははじまる。それは心を許しあった間柄の礼儀だとおれは教え込まれていた。
カールの「鹿のどろソース」は今日も旨かった。焦げ目のはりはりしたところを残しておいてくれるのは、さすが、長いつきあいのレオノーレだ。今日もいろいろ頑張ったから腹は減っている。忙しくかっ込みながらそれでもレオノーレに「お願い」はしておかないとと思っている。
ほとんど黒に近い暗い栗色の髪はきっちり結い上げてリボンを飾っている。可愛い。その額の上で真二つに分けて編んでぐるぐるさせた髪の先はどこへ消えるのか、その髪を今夜こそはほどいて確かめてみたい。もちろん、同じ色のリボンを飾ったドレスの下も。
「なあ」
「殿下そういう話は今夜はお控えください。……お早めに」
どうしたんだろう、今夜のレオノーレは遠慮がちだ。やけに食事をせき立てる。
幼い頃から、レオノーレはおれと同じ皿から食事をとることを認められた幼なじみだ。父王も、レオノーレの親父さんのウルシュベルク辺境伯も認めた間柄で、何をするにも2人一緒に育ってきたのだ、めしを食うのも一緒、狩りのついでに刺客に襲われるのも一緒、雪山で遭難するのも……ここで2人の人生が分かれることなど有り得ない……。
少なくとも、おれはそう思ってきたのに。
……ちくしょう、なんで今更。
今にも扉からあのひとが顔を覗かせそうで、おれは少し怯えている。
怯えている。
あんな、おれより背の小さい、顔の丸い、噂好きな普通の未亡人に。
アタマが残念なジークはお毒見というものを知りませんw