プロローグ 少女と双子と
「獅雪ぃ〜、雪斗ぉ〜、って、ありゃ?」
「2人とも居ないねぇ〜。って、ありゃ?」
部屋の奥の暗がりから、よく似た顔立ちをしている女性が2人現れ、少女は驚きのあまり固まった。
よく似ている__というよりは、瓜二つである。
ミルクティー色の髪をツインテールにしている女性と、下ろしていて、猫を連れている女性だ。薄い黄緑色の瞳を持っていて、全体的に色素が薄いように感じる。
「白夜が連れてきた女の子、起きたの?」
「起きたみたいだねぇ、おはよう〜」
なんだかゆるいなぁ。少女の身体にこもっていた力が抜けて、ふぅ、と息を吐く。
「おはようございます、ええと」
名前がわからないのでなんと呼べばいいのか分からず、悩んでいると、2人の女性は微笑んだ。
「おはよぉ、あたしは黒羽樹雪」
ツインテールの女性が名乗る。
「あたしは黒羽露雪。よろしくねぇ」
猫を連れている女性が名乗る。
「よろしくお願いします、樹雪さん、露雪さん」
黒羽、ということは、この2人は先程部屋を出て行った、獅雪と雪斗の姉か妹なのだろう。
少女がはにかみながら頭を下げると、露雪が連れていた猫が「にゃあ」と言って近付いてきた。
温かくてふわふわした生き物が膝の上で丸くなり、少女はどうすればいいのか分からず困惑して、行き場の無くなった手が右往左往する。
「ねこ、その子困らせないのぉ」
「ねこ、寝ちゃダメだよぉ」
ねこ、という名前なのだろうか。猫なのに?
更に困惑して、少女はただ、猫を見つめることにした。
三毛猫らしく、白地の毛と黒と茶色の毛が斑模様に生えている。
可愛いなぁ。現実逃避じみた感想を心の中で呟くと、横から手が伸びてきて、猫を抱き上げた。
驚いて見上げると、そこには、美しいひとがいた。
あの日、少女の中にある始まりの記憶にいる青年が、そこにいた。
「あ、白夜」
「白夜だぁ」
白夜と呼ばれた青年はにこりと微笑むことすらせず、樹雪と露雪に軽く会釈して、少女を見つめた。
深紅の瞳が少女を射抜く。真っ直ぐで熱が籠っていて、目を逸らしてしまったらいけないような瞳だ。
「…無事で、良かった」
目許と口許をほんの少しだけ緩め、呟くように言った白夜。
とくん、と、少女の胸が高鳴った。
少女は首を傾げる。胸が高鳴った理由がわからないから。心の中に生まれた、温かい感情の名前がわからないから。
その理由と、その感情の名前を少女が知るのは、少女に「巽八尋」という名前が付いた後の事である。
「白夜、名乗りなよ」
「そうだよ、白夜」
樹雪と露雪が、白夜を責めるように、けれど面白がるように言った。
何かを考えるような素振りをしてから、白夜はくちを開いた。
「明神白夜」
それだけを言って、白夜は露雪に猫を返し、部屋を出ていった。
(……名を名乗っただけ?)
口下手なのか、あの人?
その疑問は、樹雪と露雪の笑い声の中に消えていった。
今回は少し短めです。
新キャラ
黒羽樹雪
黒羽露雪