9.調理実習に挑む!
土曜日は本来授業のない日。
しかし、アダルベルトからの誘いを断れきれなかったフレアは、調理実習に参加することになってしまった。
「……ったく、なんでこんなことに」
愚痴を漏らすのはリカルド。
彼はもちろん調理実習に参加する気はなかった。が、フレアが参加することになってしまったため、同行せざるを得なかったのだ。
「フレア王女! 護衛! 三人で班を組もう!」
調理実習室は広く、キッチンが何箇所にも設置されている。そのため、複数人のグループに分かれて、それぞれ実習を行う。今回は三人で一班だ。
「……やる気満々かよ」
「いいわね! 組みましょ! リカルドも大丈夫よね?」
「王女もかよ」
「何よー、その言い方はー。ま、でもいいわ。決まり! よろしくね、アダルベルト」
「あぁ! よろしく!」
フレアは、アダルベルトとリカルドと三人で、調理実習に挑むことになった。
今回の調理実習のテーマは、野菜炒めとスープ。材料は用意されているので、それらを使って、班ごとに野菜炒めとスープを作る。手順は部屋の一番前のボードに書かれているが、味や使う材料など多少変化を付けるのは問題ないらしい。
エプロンをつけ、頭巾で髪を隠したら、調理実習開始。
だが、いきなり問題が起こった。
「私、料理なんてしたことないわ!」
「僕もだよ! 経験がない!」
フレアもアダルベルトも料理をしたことがなかったのである。
その事実に、リカルドは大きな溜め息をつく。
「教えて! リカルド!」
「……そんなコーナー名みたく言われてもな」
「教えてくれ、護衛くん。料理とは、まず火を点けるところからかね?」
「……おい、いきなり火を点けるな」
料理をした経験が乏しいフレアとアダルベルトは、思い思いに行動する。しかし、その行動がいちいち危なっかしいので、リカルドは二人の護衛を務めているような状況に陥ってしまっていて。結果的に、凄まじい疲労感を覚えるということになってしまっていた。
そして、三十五分後。
野菜炒めとスープは無事完成する。
「やったー! 完成ね!」
「よし! 成功だ!」
出来上がった二品を皿に盛り付けるや否や、フレアとアダルベルトは歓喜の声をあげた。
その様を見るとまるで二人が作り上げたかのようだが、正しくは、どちらの料理もリカルドがほぼ一人で作ったものである。
「……ったく、自分たちで作ったみたいな喜びようだな」
「えー、何それ! そんな言い方したら、私が何もしていないみたいじゃない!」
「事実だろ」
「まっさか! ウソウソ! 私も手伝ったじゃない、ジュースをグラスに注ぐの!」
冗談ではなくそんなことを言うフレアを見て、リカルドはまたもや溜め息をつく。
「僕も活躍しただろう? 火加減!」
「野菜を枯れ草みたいにしておいてよく言うな」
いまいち役立たなかった、という意味では、フレアもアダルベルトも同じ。だが、リカルドからすれば、二者の存在はまったく違う。フレアは幼馴染みで王女だが、アダルベルトは先月知り合ったばかりのただのクラスメイト。それら二人への接し方が同じなはずがない。
「なっ! 僕が役に立たなかったと、そう言うのか!?」
「まさに、その通りだろ」
「くっ……悔しいが、間違いではないな」
アダルベルトは自身の役立たなさを認め受け入れていた。
フレアが調理実習の特別授業を受け終えて寮の自室へ帰ると、鏡を覗いて化粧の研究をしていたミルフィは「あら、終わったの?」と声をかける。手に持っていた棒状の口紅を置き、フレアの方へ体の前面を向ける。
「調理実習だったのよね? どうだった?」
「楽しかったわ!」
「それは良かった。ごめんなさいね、一緒に行けなくて」
ミルフィは特別授業に参加しなかった。だがそれは、面倒臭がってではない。カステラと共に街へ出掛ける用事が入ってしまっていたのだ。つまり、厳密には「参加しなかった」ではなく「参加できなかった」なのである。
「調理実習って、誰かと一緒に料理を作るの?」
「えぇ! リカルドとアダルベルトと三人で組んだわ!」
楽しく作り楽しく食べたフレアはご機嫌。声も表情も明るい。
「ミルフィはカステラと買い物に行ったのよね?」
フレアは鞄をベッドの傍に置いて、ベッドに腰を下ろす。
勢いよく座ったため、体が数回上下していた。
「えぇ、そうよ。ふふ。楽しかったわー」
「行ったのは……街、だったっけ」
「ふふ。そうよ。フレアちゃんも行きたかったかしら」
ミルフィは冗談交じりに述べる——が、フレアには冗談として伝わっていなかった。
「行ってみたいわ!」
フレアが凄まじい勢いで食い付いてきたものだから、ミルフィはきょとんとした顔になってしまう。ミルフィとしては、想定外の反応だったようで。
「い、意外だわー。フレアちゃんがそんなことを言うなんて」
「そう?」
「それは……本気で言っているのかしら?」
「えぇ! もちろん! 私、城の中ではあまり自由がなかったから、街へお出掛けはしたことがないの。だからこそ、行ってみたいのよっ」
ミルフィは少し考えて。
「いいわ! じゃあ、次の週末行きましょ!」
「本当に!? いいの!?」
「もっちろん! 買い物は楽しいわよ」
そうしてまた新たな一週間が始まる。
フレアは徐々にガーベラ学院での生活に慣れ、それと共に知り合いも増えてきた。
授業というものに慣れてきたフレアは、授業中であっても、多少周囲に目を向けられるようになった。そんな彼女の目に入ったのは、水着を着た女性が載っている本を常に読んでいる、一つ前の席の男子生徒。名は、ハイン・バ・カ・バカラーバ・ビキニスという。
「おはよう、ハイン。今日も水着の本を読んでるの?」
「そうぞよ」
「今日は昨日とは違う女の人ね」
「よくお気づきで」
「分かるわよ、そのくらい。今日のその赤い水着、おしゃれね」
水着を着た女性が載っている本というのは、エトシリカ王国内では、大抵大人向けの本である。年齢制限はないが、青年男性が楽しむためのものなのだ。しかしフレアはそのことを知らない。なぜなら、城内にはそんなものはなかったからである。そのため、フレアはそういった本のことも、純粋な目で見ている。知らないからこそ悪く思わずにいられる、ということなのだ。