8.授業が多くて忙しい!
六月、緑が濃くなる季節。
フレアたちが学院へやって来た頃より、植物は増え、生い茂っている。時折見かけるのは、不規則に飛ぶ蝶。彼らは、自身の求める花を探して飛び回っている。
「剣は持ちマシターネ! デハマズ、二人組を作ってクダサーイ!」
木曜日の一限目、剣術の授業は、癖の強い教師が担当している。
剣術の指導のためだけに雇われている中年男性で今は小太りだが、噂によれば、昔は得意の剣術を活かして傭兵として活躍していたらしい。
「王女、組むぞ」
二人組を作るように言われた瞬間、リカルドはフレアに声をかけた。
ただし、彼がフレアに声をかけたのは、フレアと組みたかったからではない。もちろん、フレアと訓練をしたかったからでもない。フレアとペアを組んでいれば見守れるから、ただそれだけの理由である。
「えっ。リカルドはもっと強い人と組んだ方が良くない?」
だが、当のフレアには、リカルドの思惑は伝わっていなかった。
「……馬鹿、そうじゃないだろ」
「え? じゃあどういうこと?」
「信頼できないやつと組むのは危険だから、俺が王女のペアになるんだ」
リカルドは真面目な顔で述べる。
するとフレアは笑い出す。
「えー、何それー。リカルドって、やっぱり心配性ね」
フレアは、王女で将来の女王という身分ゆえ、誰かから命を狙われてもおかしくはない存在だ。だからこそ、護衛のリカルドは彼女の身を案じている。しかし、フレア自身は呑気なもので、そういったことに関しては深く考えていない。余計な心配せず暮らせる、という要素は彼女の強みではあるが、護衛からすれば落ち着く間もないので厄介な護衛対象といえよう。
「王女が頼りないからだろ」
「えー? もしかして、私のことが好きだから心配なんだったりしてー?」
「……ったく、くだらんことを」
「怒ったってことは図星ー?」
その時、剣術指導担当の教師が「ソコ!何してるンデスーカ!」とやや厳しめの声を飛ばす。
叱られたことに大きく身を震わせたフレアは、すぐ傍にいるリカルドに視線を向けて、小さく「と、取り敢えず誰でもいいから組んだ方が良さそうね……」と呟いたのだった。
「ふわぁー! もう、もうもうもう、限界ですーっ!」
剣術の授業を終え、教室へ戻るや否や、カステラが叫んだ。
部屋中の生徒が一斉に彼女の方を向いたくらいの大声だった。
「まぁまぁ、落ち着いて。カステラちゃん」
「つからるぇましたよぉーっ!」
「あぁあぁ。もう、カステラちゃんったら。話せてないわよ?」
涙目になりながら騒ぐカステラに言葉をかけるのはミルフィ。苦笑している。
「次は大好きな魔術基礎でしょー? だからほら、カステラちゃん、落ち着いて」
「そ、そうでしたっ! 次は魔術基礎ですーっ!」
カステラは重度のおっちょこちょいだ。教室は間違う、走れば転ぶ、剣を握れば周囲の備品を壊す。とにかくはちゃめちゃである。基本的に落ち着きがなく、何かするたび失敗しては大騒ぎ。
だが、そんな彼女にも得意なことはある。
魔術関連の授業だ。
彼女は父親が魔術の研究を行っている研究者らしく、それゆえ、幼い頃から魔術というものに慣れ親しんできたのだという。
そのため、魔術関連においてだけはかなりの知識量を誇っている。
「カステラの唯一の得意分野!」
ミルフィに言われて次の授業が魔術基礎であることに気づいたカステラは、力強くガッツポーズ。全身からやる気をみなぎらせる。
「これだけは、トップを目指しまーすっ!」
「……熱心よねぇ」
やる気になったらなったで騒ぐカステラ、彼女を黙らせることは誰にもできない。彼女自身が黙るまで待つしかないのだ。
その後の花組は座学の連続。
魔術基礎、歴史、地理と連なり、木曜日は終わった。
翌日、金曜日はあいにくの雨。
空全体を灰色の厚い雲が覆っていて、爽やかな空も強くなりつつある陽射しも隠れきってしまっている。
「やーね、雨」
一限目が終わるや否や、ミルフィは溜め息を漏らした。
「雨が嫌いなの?」
「えぇ、そうなのよ。あたし、嫌な記憶を思い出しちゃうのよねー」
外へ出ると濡れてしまう今日は教室内で次の授業を待っている生徒が多い。
皆、各々の席で、好きなことをしている。
小難しそうな本を読む者、立ち上がって軽い体操を行う者、近くの席の友人と語らう者。休み時間の行動にも、各々の個性が滲み出ていた。
「嫌な……記憶?」
「そ。あたしの父、クソ野郎だったのよ」
ミルフィは躊躇なく自身の父親を侮辱する。
お気に入りのフレアが相手だからか、心からの言葉を発していた。
「普段は博打に出掛けるからまだ良いんだけど、雨の日は出掛けられないからって家にいて、母に暴行を加えるの。イライラして、ね。ホーント最悪な男だったわ」
重苦しい話になってきたちょうどその時、カステラが教室に戻ってきた。
頭のてっぺんから足の先まで、水浸しだ。
「カステラ!? 濡れたの!?」
一番に反応したのはフレアだった。
「そうなんですー……」
「雨?」
「あ、いえっ、違うんですー。バケツを運んでいる方にぶつかってしまってー」
それを聞き、フレアは唖然とする。
「そ、そうだったの」
「はいー……カステラの馬鹿ーって感じですよねー……」
「気をつけて」
「は、はい! もちろんですーっ!」
一限目から、国語、数学、治療基礎、古代文と続く。金曜日は他の曜日と違ってすべてが座学だ。剣を振ることも、魔術を放つことも、殴り合うこともない。みっちりと授業が詰まっているのが最後という意味では週の終わりの金曜日だが、座学が得意でない生徒からすると苦痛の日である。
「やぁ! フレア王女!」
「どうかした? アダルベルト」
四限目が終わるなり、彼はフレアの席の近くへやって来た。
「君はいつも、特別授業には出ていないね?」
土曜日に実施されている特別授業。その存在は、フレアも耳にしたことがあった。
ガーベラ学院の授業は原則月曜日から金曜日までの間に行われることになっている。が、それだけではコマ数が限られていて、学べる内容に限度がある。そこで、学びたい生徒たちがより学べるようにと行われているのが、土曜日の特別授業だ。
一回ごとに参加申し込みをする制度になっている。
だが、フレアはまだ参加したことがない。
最も親しい生徒であるミルフィが、いつも参加しないからだ。
フレアはあくまで「学生生活を体験するため」にここへ来たのであって、別段何かを学ぶために通っているわけではない。だから、土曜日の授業には出ていなかった。
「えぇ、出ていないわ。それがどうかしたの?」
「明日の特別授業には調理実習がある! よければ共に参加しないかい?」
アダルベルトの目的、それは、特別授業への誘いだった。
「ありがとう。誘いは嬉しいわ。でも私、料理は得意じゃないの」
「だからこそ! だろう!」
妙に勇ましい口調で話すアダルベルトを見て、フレアは戸惑ったような顔をする。
「共に挑もう!」