29.魔術について聞かせてもらう!
リカルドが疑われた日以降、事件は起こらなかった。
それ自体は良いこと。ただ、そのことが、結果的にリカルドの立場を余計に悪くすることとなってしまった。皆のリカルドを疑う心は日に日に膨らんでいってしまう。
そういった話が出るたび、フレアは「犯人はリカルドじゃない!」と強く訴えた。皆はそれを無視はしなかったが、彼女の根拠ない訴えを真剣に聞く者は少なくて。フレアの言葉は全員の耳には届かなかった。
そんな状況でも、時の流れが止まることはない。
無情なほどに、ひたすら、時は刻まれていってしまう。
フレアは幸い孤立はせずに済んだ。が、彼女の胸の内にはもやが立ち込めていて。四六時中曇り空のような心を抱いていた。
無論、明るく振る舞うよう心掛けてはいたのだけれど。
そして、やがて訪れる十一月。
降り注ぐ陽は徐々に弱まってゆき、晴れの日でも空を見上げられる程度にまで落ち着いていっている。当然、晴れていれば日差しの暖かさを感じることもあるが、吸い込む空気は日を重ねるごとに冷たくなっていっていた。
また、学院の敷地内に生い茂っていた植物にも、変化が出てきている。
春から夏にかけては生き生きとした緑だった草木も、少しずつ暖色系の色に染まっていっている。気が早い種の植物は枯れる方向へと進み行き、そうでないものは赤みを帯びたり黄色に近い色に染まったりしているのだ。
風は乾き、ひんやりとして。
世界中が哀愁を漂わせるような季節が近づいてきている。
「明日は球技大会が行われる」
そんな秋の日、とある朝、カッタルが述べた。
「クラス対抗でいくつかの球技を行う催し物。景品は特にないが、交流も兼ねての行事だそうだ。楽しんでほしい」
フレアは心の奥で溜め息をつく。
球技大会に参加するほど心に余裕がないのだ。
そもそも、いつ何時敵が現れるか分からない状態なのだ——穏やかになんて過ごせない。
「種目は……バレーボール、バスケットボール、コロガシボールのようだな。好きなものに参加する形で問題ないみたいだ」
教室の一番前に立って話をするカッタルは、一枚の紙を手に持って凝視していた。恐らくは、そこに、球技大会関連の情報が書かれているのだろう。
「服装は実技服と決まっている。間違って制服を着てこないように」
「制服で来るとどうなりますか?」
「アダルベルト……何の質問だ、それは」
「純粋に疑問で!」
最前列に座っているアダルベルトは、今日も元気に問いを放つ。
彼はいつもこのような感じだ。気になることがあれば尋ねるし、間違っているのではと思う部分があれば指摘する。フレアからすると、アダルベルトのそういったところは不思議で仕方がない。それによって授業の質が上がっているという意味では貢献しているのかもしれない、と考えつつも、自身と大きく異なった行動パターンに戸惑わずにはいられないのだ。
「そうだな。恐らく、着替えるよう言われるだろう」
アダルベルトの問いに、カッタルはさらりと答えた。
「それだけですか?」
「あぁ、恐らくは。うっかりは誰でもあることだ、殺されたりはしない」
「参考になりました! ありがとうございます!」
カッタルが速やかに答えたので、アダルベルトの質問の時間はすぐに終了した。
放課後、フレアは帰りかけているカステラに話しかける。
「カステラ! 少し構わない?」
座学の一つである『魔術発展』の内容について教えてもらいたいことがあったフレアが声をかけると、カステラは驚いた顔をした。教え合うような機会というのはしばらくなかったからだ。けれども、フレアの事情が明らかになると、カステラは快く指導してくれた。
「分からないのはこれですかーっ?」
「えぇ、ここの設問よ。骨折を治したい時に描く図形として最も正しいものを選び……ってやつ」
花組の教室に残り、フレアがカステラに教えてもらう。
教科書とノートを開きながら。
「分かりますよーっ! これはですねっ、骨折を治すなので、『骨』を示すこれと『治癒』を示すこれとを合わせたものが正解なんです!」
フレアとカステラが隣に座っている光景というのは、かなり珍しい光景だ。というのも、授業の時は席が決まっているので、組み合わせが変わるということはあり得ないのである。
ちなみに、リカルドは教室の入り口のところに立っている。
勉強の邪魔にならない範囲で刺客の襲撃に備えるために。
「待って、カステラ。でも、この図形は『回復』よね? それじゃ駄目なの?」
「回復というよりかは、ニュアンスとして治癒なんです! と言いますか、骨折を治す際の図形はこれに決まっている感じですかね」
最初にフレアが疑問符がついた点を明かす。それを受けて、カステラは、「なぜその答えになるのか」を説明する。単に答えを述べるだけではなく、考え方についても盛り込みつつ丁寧に説明していく。そして、説明を聞いて生まれてきた疑問があればフレアはそれを言う。それに、カステラがさらに話す。
二人の勉強はそういった形だ。
日頃は情けなく頼りないカステラだが、魔術に関しては膨大な知識量を誇っている。それゆえ、フレアが思いつくレベルの疑問になら、すんなり対応することができるのだ。
「なるほど。決まった図形があるのね」
「はい! 人によってはアレンジを加えたりもあるみたいですけど、大体その形で使われてますーっ!」
カステラが持つ魔術関連の知識は、もはや教師レベル。
生徒にしておくには勿体ない。
「へぇ。それにしても、やっぱりカステラは詳しいわね」
「どういうことですかーっ?」
「魔術の知識の豊富さに感心してるの。どうやったらそんなに詳しくなれるのか、そこが気になるわ」
その後も、カステラに習う『魔術発展』は続いてゆく。授業と違って定められた時間がないので、この会は、フレアの疑問がすべてなくなるまで終わらない。
「じゃあ次、この設問について聞いても構わない?」
「はい!」
「魔術に向いている者を生年月日で導き出す数式」
「それですか! 結構難航しますよねーっ」




