23.お化粧してもらった!
不穏さもある中でフレアは日々勉学に勤しみ、そのうちに夏も遠ざかってゆく。肌が焼けるほど強かった日差しは徐々に落ち着き、吹き抜ける風の温度も心なしか下がって。そんな中、十月を迎える。
「今月は『秋の恵みパーティー』が開かれる。よって、準備日である七日と当日の八日は、授業はない。勘違いしないよう気をつけてくれ」
十月に入ったある日、朝の会で担任のカッタルが告げた。
フレアは知らなかったが、ガーベラ学院の『秋の恵みパーティー』というのはそこそこ有名なイベントらしい。いろいろな食べ物の収穫の季節である秋に、実りを祝う会。当日は食事が提供されるとか。
噂によれば、そのパーティーで知り合った生徒同士が結婚することもあるらしい。
無論、それはロマンチストな女子生徒が好きそうな噂話に過ぎない。
だが完全な嘘というわけでもないようだ。
ガーベラ学院の長い歴史の中には、そういった例も、確かに存在しているようで。
「当日は全クラス合同だ。この学院で過ごす時間はもうそれほど長くないだろうが、ぜひ、ゆったり交流を楽しんでくれ」
カッタルの話が終わると、その日の朝の会は終了した。
朝の会終了後、一番に口を開いたのはカステラ。彼女は、合わせた両手を胸の前の高さに置き、うっとりしながら「パーティーで運命の人との出会い……憧れますぅ……」と述べる。ただし、それは誰に対してでもない発言。いわば独り言のようなものである。
「あらあら。カステラちゃんったら、乙女ねぇ」
テーブルに片肘をつきながら、ミルフィは柔らかく笑う。
「ふぇ!?」
「運命の人との出会いに憧れるなんて、本当に可愛いわ」
「へ、変ですかーっ!?」
「まさか。変なんて言ってないわよ。そういうところが素敵だって、そう言っているのよ。ふふ」
一限目の開始まではまだ時間がある。たった数分ではあるのだが、それは、教室内で待機していると案外長い時間なのだ。
「褒めてくれているんですかーっ!?」
「そうそう。その通りよ」
「ほっ……それなら安心しましたー……」
ミルフィの発言の意図を勘違いしてしまっていたカステラは、褒められていたのだと知って安堵の表情を浮かべる。
授業終了後。
フレアはミルフィと共に、一旦、寮内の自室に戻る。
部屋に入るや否や、ミルフィが素早く自身のベッドの方へと向かう。フレアはそれを「どうしたのかな?」と思いつつ見ていた。すると、ミルフィは布製のポーチを取り出してくる。紺色のやや厚みのありそうなポーチだ。
「ねぇねぇ。フレアちゃんはお化粧したことある?」
「あまりないわ」
ミルフィの問いに、フレアは正直に答えた。
「一回試してみなーい?」
彼女が出してきたポーチは化粧道具が入っているポーチだったようだ。上側のチャックを開けると、棒状のものや真四角のものなどが覗いた。
「……え。私? どうして?」
「ふふ。あたし、フレアちゃんはもっと綺麗になると思うのよねぇ」
ミルフィはフレアを室内唯一の椅子に座らせる。
そこはミルフィがいつも化粧の研究をしている場所。いつでも顔全体鏡が見られるよう、机には鏡が置いてある。
「一度試してみても良いかしら」
「べつに良いけど……」
「決まりね! じゃ、始めましょ」
フレアはまだ少女なので、化粧にはあまり詳しくない。王女として人前に出る時に薄い化粧を施してもらうことはあったけれど。でも、そこまで興味がなかったので、いつも専門家に任せきりにしていた。
「ふっふふ。可愛い娘をもーっと可愛くできるあたしは幸せねぇ」
ミルフィの手つきは慣れたものだった。鼻歌を歌いながら、軽やかに道具を操り、フレアの顔に華を添えてゆく。その技術は、まるでプロのようだ。
とはいえ、フレアは、最初は内心どうでもいいと思っていた。それに、化粧してもしなくても大差ないだろう、と思っている部分もあった。だが、ミルフィ製のメイクが進んでいくにつれ、フレアは驚く。己の顔面の変貌に。
「か、変わり過ぎじゃない……?」
「変わるのよ、女はね! あまり濃くなり過ぎないようにするわ。だから安心してちょうだい」
十数分でフレアのメイクは完成した。
ミルフィに「できたわよ!」と言われて鏡を覗いた時、フレアは絶句する。
今やフレアは大人びた顔になっている。品はあり、しかしながらどことなく色気もある——そんな顔が出来上がっていた。
「凄い……」
唇、肌、目もと。そのすべてが、ミルフィの化粧の腕によって、日頃より美しいものに変わっている。フレアは、自分のことだからこそ、その変化をより一層大きく感じていた。
「でしょでしょ? 可愛いでしょ?」
「私じゃないみたい……!」
始めこそ乗り気でなかったフレアだが、今は嬉しそうな顔をしている。
「フレアちゃんは元からとっても可愛いのよ。でも、こうして少しお化粧するだけで、もーっと魅力的になったはずだわ」
ミルフィは小さな頃からお化粧というものに強い興味を抱いていた。男性のことは好きでないので、男性に良いイメージを持ってもらうためではなかったけれど。でも、なぜか強い関心があったのだ。ミルフィは、そもそも整っていて華やかな顔立ちなので、すっぴんでも一般人より美人ではある。しかし、それでも、顔をより一層華やかにするメイクが好きで長年研究を重ねてきた。それゆえ、腕前はかなりのものだろう。
「ありがとう、ミルフィ! 何だか新鮮な体験だわ」
「いいのよ。またいつでも言って。フレアちゃんになら、いつでもどこでもお化粧してあげる」
その後、フレアは化粧を施してもらった状態のままで、食堂に夕飯を食べに行った。そこでばったり出会ったアダルベルトは、数秒、フレアがフレアであることに気がつかなかった。それほどいつもと違っていた、ということなのだろう。
結局フレアは、その日の晩入浴する際に化粧を落とした。
けれど、ミルフィに華を添えてもらったことは、フレアにとって大きな思い出の一つとなったのだった。
私でも頑張れば大人っぽくなれる。
そう思えたことは、特に大きかったことだろう。




