2.学院にたどり着いた!
ガーベラ学院に入るべく歩いていく者が二人。
先を行く少女はフレア。
白い麦わら帽子を被り、セミロングの髪は茶色で艶やか。目はアーモンド型で睫毛は長く、宝玉のような瞳は赤茶色。肌は陶器人形のように滑らかで、薄めの唇はほんのりと桜色。着ている水色のワンピースは、胸元に大きなリボンが一つついていること以外にこれといって特徴的な部分はない。七分袖で、裾は膝がぎりぎり隠れる丈。シンプルなデザインのものだ。
その後ろを鞄を抱えつつ歩くのはリカルド。
狩りが向いていそうな鋭い眼光が特徴的な彼は、男性にしては伸びた黒い髪をうなじの辺りでちょこんと結んでいる。白のYシャツに黒のズボンだけという飾り気のない服装で、腰には一本の帯で剣を下げていた。
「どちら様でしょうか?」
フレアとリカルドに声をかけたのは、門のところで見張りをしている男性。
「ガーベラ学院に入学予定のフレア王女とその護衛のリカルドだ」
見張りの男性が少し警戒したような声でフレアの歩みを遮る。
それに素早く反応したのはリカルド。
「あっ。はい! お待ちしておりました!」
「学院長のところへ挨拶に伺いたいのだが、案内してもらえないだろうか」
「案内させていただきます! お話は既に伺っておりますので!」
最初は警戒の色を多少露わにしていた見張りだったが、事情が分かると、別人のように明るい顔つきになった。歓迎する、というような、声の調子と表情だ。
見張りの男性は、笑顔で、フレアとリカルドを学院長のところまで案内してくれる。門の見張りはもう一人の見張り役に任せたようだ。
「綺麗なところね!」
案内してもらいながら廊下を歩いている最中、フレアは何の前触れもなく感想を述べた。
「気に入っていただけそうでしたら何よりです」
「確か、学校っていうのよね!」
「はい。ガーベラ学院は百六十年の歴史を持つ教育施設です」
「へぇーっ。百六十年前なんて、誰もまだ生まれていなかったはずね」
フレアは何の躊躇いもなく案内してくれている見張りと言葉を交わす。初対面だというのに、案外話が弾んでいた。
一方、リカルドはというと、言葉を何一つ発さずにフレアの後ろを歩いている。重い荷物を持ったままだ。彼は不機嫌そうな顔をしているが、それが荷物のせいなのかどうかは定かではない。
そのうちに、目的の場所へ到着した。
案内の男性は、重厚感のある深緑の扉の前で足を止め、「こちらが学院長室になります!」と明瞭に告げる。
「ありがとう!」
「いえ。ではこれで失礼します」
扉の前には、フレアとリカルドだけが残された。その時になって、フレアはようやく後ろのリカルドへ視線を向ける。そして「入る?」と尋ねた。どうやら、入るかどうかの選択を他者に押し付けたかっただけのようだ。リカルドは数秒考え、「ノックしてからの方が良いだろう」と意見を述べる。フレアはそれに素直に従い、分厚そうな扉を手の甲でノックした。
すると数秒後、扉が開いた。
先ほど案内してくれた見張りと同じ服の男性が出てきた「どうぞ」と愛想なく告げる。
そうして、フレアはようやく学院長室内に足を進めることができた。
入ってすぐの両脇にはくすんだ銀色をした女神の像。二体の像の間を通過し、直進していくと、木製の大きなテーブルがあった。そして、その向こう側には、ソファのような素材でできた回転する椅子が設置されている。背もたれが入口の方を向いていて、座っている者の姿は視認できない。
「し、失礼しまーす。フレアですー」
焦げ茶色に塗られたテーブルに向けてフレアは声を発する。
すると、椅子がくるりと回転した。
座っている者の姿が露わになる。その者は、中年になりかけの男性だった。鼻は高く、日除けの黒い眼鏡をかけていて、口もとにはしわがしっかりと刻み込まれている。
「ヨゥ!」
男性は、炭酸飲料を飲み込んだ瞬間の喉のような声で挨拶した。
「キミがフレア王女だネ?」
「は、はい」
「オレはタルタル・ア・ライト・タルタロ! ガーベラ学院の現学院長だヨゥ!」
一見変な方向に尖ってしまった少年のようだが、足を組みながら椅子に座っている姿には不思議な風格がある。ただ者ではない、というような雰囲気を漂わせていた。
「ジャ! 改めて自己紹介してクレィ!」
唐突に自己紹介を求められたフレアは、戸惑いつつも口を開く。
「フレア・フェン・エトシリカと申します。よろしくお願いしますっ」
「オケィ! ……ジャ、そっちのお兄ちゃんも頼むヨゥ!」
フレアの自己紹介は名乗っただけで認められた。
即座に終了したことに安堵してか、フレアはうっかり溜め息をついてしまっていた。
「リカルド・フェン・ポレア。ポレアの家の三男です」
「フレア王女の彼氏だロゥ?」
「いえ。護衛として同行しています」
「……真面目だネェ」
茶化してみるも乗ってもらえなかった学院長のタルタルは、つまらなさそうに唇を尖らせていた。
「ま、いいや。キミたち二人には、花組に入ってもらうヨゥ!」
「はいっ!」
フレアはやる気に満ちている。そして、その瞳は希望の二文字で満たされている。夢みた学生生活への一歩を今まさに踏み出そうとしているところで、これからの生活への期待が溢れて止まらないのだろう。
その後、フレアたちは、ガーベラ学院についてのことを少しだけ聞いた。
クラスは、花組、鳥組、宵組の三つであること。一年で卒業する制度になっていること。剣術や魔法の実技授業もあること。そういった、学院に関する基本的なことを教えてもらったのだ。
タルタルの口から出てくる話は、どれもすべて、フレアにとっては新鮮なもの。城の中でばかり生きてきた彼女にとっては、何もかもが新しく、興味深いものなのである。
「えーと、ジャ、先に寮に入ると良いヨ! フレア王女とリカルドくんは別の部屋だケド、フロアは一緒! 二階だヨゥ! 近いから安心してネ!」
タルタルは片手の親指と人差し指だけを伸ばし、拳銃のようなポーズを作る。そして、それでバァンと撃つようなアクションをしたのだった。