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15.夏休みは目前!

 前期試験の成績が一番良かったのは、ミルフィと仲が悪い毒舌な男子生徒だった。


 彼は実技科目はそれほど得意でない様子。だが、座学の教科は非常に得意なようで、試験の点数は恐るべき高さだった。花組一だ。


 とはいえ、それを心の底から尊敬する者はあまりいない。


 それは多分、彼の性格が少々問題のあるものだからだろう。もう少し愛想が良ければ、皆の反応もまた少し異なっていたかもしれない。


「ねぇ、少しお話しても大丈夫?」


 試験返却の後、フレアは思いきって彼に話しかけてみた。

 ミルフィとリカルドは心配そうにフレアの背を見つめている。


「……何かな、いきなり」


 試験用紙はとっくに片付け本を読んでいた男子生徒は、面倒臭そうに顔を上げる。


「こうして話すのは初めてよね。ごめんなさいね、いきなり」


 フレアは緊張のせいでまばたきを増やしてしまっている。が、それでも話を止めることはない。親しくなれるよう、懸命に努力している。


「何でもいいけど。用事があるの?」

「勉強が得意なのね!」

「……何それ。いきなりそんな話とか」


 リカルドとミルフィはこれまでそれほど仲良くはなかった。その原因は、ミルフィが男性嫌いであること。しかし、リカルドの方も、ミルフィを好ましく思っているわけではなかった。


 だが、そのリカルドとミルフィが、今は同じような表情でいる。

 二人ともフレアのことを心配しているのだ。


「凄いわ! 全教科を完璧に仕上げるのは難しいことよねっ」

「話題がくだらない。できて当然だし」

「当然! それはなおさら凄いわね。あ、そうだ。もし良かったら、お名前教えてもらえないかしら?」


 鬱陶しく思われながらも、フレアは話しかけていく。


「何で?」

「え」

「どうして君に名乗らなくちゃならないのかな」


 刹那、ミルフィがテーブルを拳で叩いた。

 男子生徒の感じの悪さによる苛立ちを抑えきれなくなったのだ。


 しかし、男子生徒は「名乗らない」と言っているわけではなかった。冷ややかな言葉をかけ、フレアの顔色を窺っている。フレアがどのような人間かを見ていたようだ。


「ま、いいよ。イノア・ガーデニング。これでいい?」

「素敵な名前ね!」

「……お世辞は要らないよ。べつに求めていないし」


 名を褒められた男子生徒——イノアは、ぷいとそっぽを向いた。


 慣れないことに戸惑っているようだ。


「えー? お世辞なんかじゃないわよ! 私、そんなお世辞は言わないわ!」

「うるさいよ。耳が取れる」

「もう! まったくね! ……でも、話せて嬉しかったわ。ありがとう。これからもまた、たまには話を聞かせてちょうだい。クラスメイトだもの、仲良くしましょ?」


 こうして、フレアとイノアの会話は終わる。

 良い組み合わせではなさそうだったが、案外会話は成り立っていた。



 席に戻るや否や、フレアはミルフィに話しかけられる。


「フレアちゃん、さっきあの男の子と何か話してたわよね? どうして話してみようと思ったの?」

「え。イノアのこと?」

「そう! あの子、感じ悪いじゃない」

「うーん……何となく、かしら。クラスメイトなんだから、たまには話してみてもいいかなって」


 フレアが彼に話しかけたことに深い意味はない。

 ただ何となく話しかけてみようと思い立っただけのことだ。


「さすがフレアちゃん! 心が広いのね!」

「そんなことないわ。普通よ」

「またまたー。あたしから見れば、フレアちゃんは天使よ! ふふ」


 試験の返却が済み、ミルフィの顔つきには穏やかさが戻っている。

 緊張はとうに消え去ったみたいだ。


「そういえば! もうすぐ夏休みよね。フレアちゃんは城に帰るの?」


 ミルフィは鞄の内側のポケットから小さなガムを取り出し、口腔内へ放り込む。そして、周囲への配慮など欠片もなく咀嚼しながら、フレアに話を振り続ける。


「私? いいえ、帰るつもりはないわ」

「あら、意外」

「城は好きじゃないの! 意地悪な人が多いから!」

「そっかー。なら良かったわ」


 リカルドは、話をするフレアとミルフィを無言で見ている。


「ふふ、実はあたしも帰らないの。でも、フレアちゃんもここに残るなら、それはとっても良かったわ。あたしったら、ついてるわね」


 夏休みまではまだ数日あるけれど、数日なんて案外あっという間に過ぎるもの。今は遠いような気がしていても、案外、休暇の開始はすぐに訪れることだろう。


「じゃあ、ミルフィとずっと一緒にいられるのね!」

「そうよ」

「やった! 嬉しいわ」



 数日後、前期最後の日がやって来る。

 その日はクラス中がどことなく浮かれたような雰囲気に包まれていた。


「皆、前期お疲れ様。次は九月だ。卒業まで共に頑張ろう」


 担任が暗殺されるというハプニングがあったため途中からやって来たカッタルだが、今ではすっかり花組に馴染んでいる。彼自身も教師らしい雰囲気になってきていて、生徒たちもそれを受け入れてきているのだ。


「はぁーっ! 終わった、終わりましたぁーっ!」


 解散になるや否や叫んだのはカステラ。

 彼女は安定の大声を躊躇いなく発していた。


「お疲れ様、カステラちゃん。確か、カステラちゃんは実家に帰るのよね?」


 そんな声の大きいカステラに、ミルフィは話しかける。


「はい! そうなんですーっ! ……ううっ。皆さんに会えなくて、寂しいですぅ……」


 カステラは前期が終わったことを喜んでいた。が、同時に、ミルフィを始めとするクラスメイトに会えなくなってしまうことを悲しんでもいるようだった。


「休暇を楽しんでくるのよ、カステラちゃん」

「は、はい……! ありがとうございますーっ!」


 一ヶ月間の休暇は、実家に帰る生徒もいれば帰らない生徒もいる。


 花組内では。


 水着本好きハインや毒舌のイノア、そしてカステラなどは、帰ることを選択していた。

 一方で、フレアとリカルドやミルフィ、アダルベルトなどは、学院の敷地内に残ることを選んだ。


 フレアには二つの選択肢があった。城へ帰る選択肢と、学院内に残る選択肢、その二つだ。しかし、フレアは即座に学院内に残る方を選んだ。それは、「城に帰るのは嫌」という思いが多少あったからである。

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