12.衝撃からの出会い!
花組担任の女性が暗殺された。
その事実は、花組生徒たちの心を大きく動揺させることとなる。
フレアもまた、その一人だ。彼女は命を狙われてもおかしくないような身分だが、それでも、そういった計画に巻き込まれたことはない。そのため、暗殺だ何だというのは未経験のエリアである。
「デ! 担任が殺害された現場に、こーんな紙が残されていたヨゥ!」
言いながらタルタルが取り出したのは、一枚の便箋。白地に薄ピンクの花が描かれた春らしいものだ。また、その隅っこには、タヌキとキツネがお茶を飲んでいるイラストも描かれている。そこに、黒いペンで何やら文字が書き込まれていた。
後ろから二列目の席のフレアは、目を凝らしてみるも、その文字を読むことはできなかった。
気になっていると、タルタルが読み始める。
「この便箋に書かれていることを読むヨゥ! 『これたですべたてたたがおたわるわけではない。こたれは、たはじたまりにたたすぎない』だヨゥ! ……おかしな手紙ヨゥ」
教室の一番前で溜め息をつくタルタル。
いやに嗄れた老人に見える。
「あらー。何ですか? それ。意味フメイな紙ですね」
一番にコメントしたのはミルフィ。
直後、最後列のミルフィとは逆の端に座っている少年が、口を開く。
「なるほど、『これですべてが終わるわけではない。これは始まりに過ぎない』ですね」
いきなりの少年の発言に、タルタルは「オゥフ!」と中途半端な声を漏らす。
ちなみに、その少年というのは、フレアが初めてクラスへ来た日にミルフィと気まずくなっていた男子生徒だ。
「おおーっ! さすが、凄いです! 確かに、タヌキの絵がついてますもんねーっ!」
歓声をあげたのはカステラ。
だが、彼女はすぐに叩きのめされることとなる。
「褒められても嬉しくないよ。よっぽど馬鹿でもない限り分かることだし」
男子生徒は愛想ないだけではなかった。その口から出る言葉の端々に、毒矢が仕掛けられている。そして、その毒矢は、カステラに見事に命中していた。
「ふぇ!? カステラ、怒られてます!?」
「もういいよ。黙っててよ」
「分かりましたーっ! 黙っていまっすー!」
興奮気味で立ち上がりかけていたカステラは、すぐに席に腰を下ろした。
「トニカク! みんな、気をつけるようにネ! ……代わりの担任は数日以内に来ると思うからネ。ダカラ! それまで不審者に気をつけるように、頼むヨゥ!」
タルタルは教室内が暗い空気にならないよう努めていた。わざとらしく大きな声を出し、意図的におちょけた動作を取っている。だが、それによって皆が和むことはなく。皆、どことなく暗い顔をしたままだった。命の危機への恐怖、というものの力は凄まじい。それが生み出した不安は、そう易々とは消え去らないものなのだ。
そうして、解散になる。
フレアは隣の席のリカルドに「大丈夫かしら……」と不安を明かした。それに対してリカルドは、「俺がいれば大丈夫なはずだがな」とはっきり答えた。そもそも、彼は勉強をするためではなくフレアを護るためにここへ来たのだ。この程度で畏縮する身ではない。
「試験前にこの騒ぎ、不安ねぇ」
「ミルフィ……」
「ま、安心してちょうだい。もし何かあっても、フレアちゃんはあたしが護るわ!」
「あ、ありがとう……」
その日から、フレアはリカルドと常に共に行動することを義務付けられた。
否、厳密には、リカルドがフレアについて回るようになったのである。
とはいえ、それはある意味仕方のないことだ。暗殺の可能性がある以上、王国の未来を担う娘を放っておくことなどできないのだから。
それからの数日間、花組の授業は鳥組の副担任を務めていた若い教師が行った。
慣れてきていた先生との離別、それを乗り越え、花組の生徒たちは強くなっていく——が、動揺が消え去ったわけではなかった。
金曜日、タルタルと共に花組の教室へやって来たのは、一人の青年だった。
肩につく辺りまで無造作に伸びた髪。鋭い目つきに、灰色と黄色を混ぜたような色の瞳。年齢は二十代後半だろうか、少なくともそのように見える容姿だ。落ち着いた表情は大人びていて、しかしながら比較的滑らかな皮膚からは若さを感じられる。
「花組のニュー担任ヨゥ!」
「カッタルという。よろしく」
新たにやって来た担任を見て、フレアは妙な感覚を抱いた。その視線が、非常に静かな雰囲気のものながら、どことなく鋭さを感じるものでもあったからだ。そして、甘い香りを漂わせている。成人男性が香水をつけるとは考えられにくいが、明らかに良い香りが漂っているので、何かしら付けていることは確かだろう。そこもまた、彼の不思議さを高めている要素の一つだった。
「カッタル先生! 質問しても良いでしょうか!」
突如大きな声を発したのは、最前列のアダルベルト。
「どうゾゥ!」
アダルベルトの確認に「良い」という反応をしたのは、カッタルではなくタルタルの方だった。
「先生はこの国の出身なのですか?」
「あぁ。平民だが」
「そうでしたか! 運動神経が良さそうですね!」
質問したくて仕方がないアダルベルトは、周囲の生徒のことなどほとんど構わずに、尋ねたいことを尋ねていっている。良く言えば積極的、悪く言えば空気を読まない。そんなところだろうか。
「剣術が得意だ」
「おお! それは素晴らしい!」
はつらつとした表情で話をするアダルベルトを見て、ミルフィは呆れ顔。男性への不愉快さを顔全体に濃く滲ませながら、わざとらしい溜め息をついていた。本人に聞こえさせようとしているかのような溜め息のつき方だった。
こうして、花組にまた担任が設けられることとなる。
高い剣の腕を持つカッタルの登場は、生徒たちにまた違った刺激を与え、結果的に彼らの成長を促すこととなった。