魔法の名は、恋煩
「戻ったな!両方の意味で!」
「戻りました、両方の意味で」
ふんっと仁王立ちして迎えるカトリーヌ女王陛下に深々とお辞儀をする。そんなもんいらぬと手で払う仕草をされた。
城に戻り、気候も戻った。
「で、犯人はどこだ」
「逃がしました」
「はあ?!」
「女王陛下、いえ、カトリーヌ……あなた異国の舞踏会でプロポーズされませんでした?」
「そのようなことを一々覚えとらん」
「やっぱり」
天を仰ぐ。
ドンマイ、師匠。今頃はもう国境を越えて国に戻ってるだろう。
「ディレント国で行われた、各国の代表が集まる舞踏会です。二か月前に行きましたよね?わたしあの時強引に連れていかれましたもん、で、おいしいごちそう食べましたもん、覚えてます」
「ああ、あれか」
豪華絢爛な中、隅でのんきに料理を頬張っていた自分が今となっては殴りたい。きちんと見張っておけばよかった。
「エラノース国の第一王子にそこでプロポーズされましたよね」
「覚えとらん」
「なんで!エラノースって言ったらうちより領土も資産も影響力も軍事力も、何もかもが格が違いすぎる大国でしょう!」
「あそこがうちよりでかくて強いのは認めるが、そこの王子なぞ知らん」
「知らんじゃありませんよ!恋煩い!今回の騒動は恋煩いの末に、そのバカ王子がカトリーヌの気を引くために、わたしの師匠使ってやったんです!」
「まじか」
「通りで、最初あんなにも簡単に冬から元に戻せたわけですよ。同じ流派だったんですから当たり前だったんです。そこはわたしの誤解でした」
段々と疲れてき、近場の椅子に腰かける。
「舞踏会で王子は恋の病にかかり、来る日も来る日も思いを募らせ、どうにかしてもう一度会いたいと思ったそうです」
「ならそう言ってくればよいではないか」
「まあそれに関しては異論ありません。でも恥ずかしくてできない、なんとかして一目会いたい、あわよくばカッコいい所見せたい、と思ったそうです」
「バカだな」
「バカですよね」
カトリーヌとわたしの意見が珍しく合った。
「急に気候が変わって、冬になったら大国のエラノースに頼ってくると考え王宮魔法使いに頼み込んで、冬にした。そして断り切れず嫌々、冬にした魔法使いがわたしの師匠だったので、国に戻って説教するよう伝えました」
「なぜその師匠を連れてこなかった、茶の一杯でも出して励ましてやったものを」
「わたしも言いました、でも迷惑をかけたからと」
これは嘘である。
自体を余計ややこしくしないための、わたしの作戦であった。
カトリーヌに仕えて約2年、彼女好みの男性に、師匠はドンピシャすぎたのだ。ここで会わせれば新たな恋が芽生えかねない。いや、カトリーヌが恋に落ちるのは目に見えていた。
そうなれば死の三角関係の完成である。頭痛どころでは済まない。師匠がエラノースに殺されるか、怒ったカトリーヌが喧嘩を吹っ掛け戦争にでもなるか、とにかく悲惨なコースしか無い。
嘘はよく無いが、時には必要な嘘もある。
師匠には王子に正攻法で当たってみるべきだと助言するよう言い聞かせた。どっちが弟子だかわからない。
「ふーむ、まあ良い」
「では今回の件は解決ということで。わたしは通常業務に戻りますね」
終わった終わったと椅子から立ち上がり去ろうとするとローブの首根っこを掴まれる。嫌な予感がする。
そこには好戦的な笑みを携えた女王陛下。
「エラノースに殴り込みに行くぞ」
今度は雪のせいではなく、目の前が真っ白になった。