山茶花、襲来
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仮の名を異形島と名付けられたその島はまだ消えずにその不気味な姿を晒していた。
明歌南の西総督と面会して帰って来た慶琉夏王と愁釉王に、船で見て確認したことの報告を終えると、私達は膝を突いて叩頭した。
慶琉夏王は深く息を吐き出した後、静かに話し出した。
「異形のモノが出没するようになって三十年ばかりか…初めはまさに突然現れる異形に触れてよいものか、はたまた退治することが出来るのか?分からず…ただ、行き過ぎるのを隠れてやり過ごしていたらしい。そして大陸のあちこちで目撃情報があがり、ソレは一体ではなく複数体おり、しかも田畑や建物も破壊し人や動物も食べる異形だ…もはや見過ごすことは出来ぬとその禁忌のモノをやっと退治しようと試みたのが先代の皇帝、私達の父上だ」
慶琉夏王は一息ついて隣の長椅子に腰かけている愁様に視線をやった。愁様は頷いた。
「あれから三十年…言い換えればまだ三十年…まだ異形のモノが何たるかは確証がないままだったのだ。何せ最初は物理攻撃が効くと分かったらすぐに退治し、遺骸はその場で焼却していた。まさか異形の体を調べようなどとは露も思わなかったのだ。ところがだ…。これは秘匿中の秘匿だが…」
慶琉夏王は広間に居る一同を見回した。
「異形のモノの亡骸から、死後間もない乳児の遺体が見つかった」
梗凪姉様が悲鳴を上げられた。愁様が素早く梗凪姉様の側に行き、肩を摩っている。
「最初は異形に食べられたのではと思っていたのだが、遺児を検死した医術師が…とんでもないことを言い出した。『この遺児の死因は栄養失調である』と…」
「た、食べられて殺されたのでないのですか?」
私がそう聞くと慶琉夏王は、俯いて顔を覆っている梗凪姉様を気遣わしげに見ながら口を開いた。
「少なくとも死後数日ということと、外傷などは一切無いということだった。つまり異形に取り込まれて…生きながらえていたのだ。その時に初めて我々は気が付いた。異形のことを…異形のモノと一括りにしていたが…もしや生物としての法則性のある行動をしているのではないかと…。今はまだ調査段階だ。分かっているのはそれだけだ」
怪しい…。ジッと慶琉夏王の霊質を視る。ちょっと霊力の動きがおかしい…。
「これ以上は言えないってことですね、賜りました」
私がそう言うと皆ギョッとしたように私を見た。ふんっ嘘はばれますよ?
「中々に不敬な娘御だな」
「申し訳ありませぬ」
黄 漢羅少尉が深く叩頭されたので、流石にマズかったかと思い、漢羅少尉に倣って深く頭を下げた。
「私の霊質を視たのだろう?まあ指摘の通り言えないことは多々ある。それは勘弁してくれ。ただ一言申すと決して民が不利益を被る類のものでは無いということだ」
凄いな…流石大尉総督だ。どこかのヘラッとした第四皇子とえらい違いだ。
「民は不利益は被らないがな…ふぅ…こっちは不利益を被りそうだ…」
と、話し終えた後に、何だか慶琉夏王はガックリと肩を落とされた。霊質がさっきより濁って視える。
「何かあったのかしら~?」
漢莉お姉様がそう言うと慶琉夏王は漢莉お姉様を見て
「おお、そうだ。漢岱がいれば虫除け…アレの除けになるな!そうだそうだ、漢岱!今日からお前も宿屋で私達と逗留しろ」
と、慶琉夏王が言うとそれを聞いてポカンとしていた漢莉お姉様は、何故か私と緋劉の後ろに逃げ込んだ。いや、完全に岩乙女の体は隠れていませんが…。
「い、嫌よっ!私の体の栄養分は凛華の美味しい美味しいっご飯で出来てるのよぉ!ここから離れるのは嫌よっ!」
何?何どういうこと?
慶琉夏王は眉間に皺を寄せた後、おお!と膝を打った。
「そうだったな!すっかり失念しておったな!ここに来れば良いのであったな!よしっじゃあ私達もこちらに避難しようか。のう、薄志」
薄志…と呼ばれた執金吾…護衛のお兄様はウロウロと目を泳がせた後、私を見て慌てて口を開かれた。
「恐れながら、説明をしませんと彩 凛華も困っておるようですし…」
「しかし、我々もここに来てしまうと…問題はありませんか?」
もう一人の執金吾のお兄様がそう慶琉夏王に聞かれた。
ひ、避難?ただ事でない表現に思わず緋劉を見た。緋劉も首を傾げている。
すると、今まで(そういえば居た)愁釉王が「いやさ~」と梗凪姉様と二人で長椅子に腰かけながら
「誰が言い出したのか知らんが…『山茶花』の部隊の面子を丙琶の我々のお世話係に任命したらしく、正に余計なお世話なのだが…彼女らが明日にも丙琶の兄上達が逗留している宿屋に押しかけて来るそうだ」
と、面倒くさそうに言った。山茶花と聞いて、梗凪姉様がビクンと体を強張らせた。
ええぇ!?た、確か山茶花ってあの女性だけの部隊でしかも貴族の子女ばかりの、おまけに梗凪姉様を苛めていた、アノ山茶花だよね?
「お、お世話ってあの方々毎日お喋りしているだけなんでしょう?掃除とか洗濯とか手伝えるのですか?」
緋劉!あんた真っ直ぐに聞き過ぎよ…。もっと遠回しに聞かないと…。
「出来んだろうな。だから大量の使用人を連れて来るだろう…邪魔…いや、我々が宿屋を占拠していてはイカンな!よしっ今すぐ部屋を明け渡しておかねばな…薄志、浅祁、こちらに移り住む準備をするぞ!」
「いや?あのちょっ…ま、ま…待って…」
私がアワアワしながら慶琉夏王に追い縋ろうとした肩をガシッと岩乙女に掴まれた。
「私が宿屋に行かされない為にも、凛華ちゃんには反対は言わせないわよ?」
「しかし、異形よりも厄介な生き物が襲来しそうですね…」
ぐはあぁ…伶 秦我中将の嫌味が強烈です。しかしまた食い扶持が増えるの?私一人でお料理出来るかな…。
まあ、最近は緋劉もあの梗凪姉様までが下ごしらえのお手伝いが出来るようになって、楽になったと言えば楽になったし大丈夫かな?しかし、ううっ二人を仕込んでおいて良かった…。
「大丈夫さっチビ!俺も手伝うし~六人兄弟の長兄の力の見せ所だな!」
「うわ~洸兌様ぁぁ!頼りにしています!」
思わず洸兌様に抱き付いて懇願したら、すぐに緋劉に引き剥がされた…。
美形はお触り厳禁で見て楽しむモノ…ということでしょうか?
梗凪姉様はまだ顔色が悪い…私も山茶花の苛めの件は漢莉お姉様からしか聞いていないので、一応何も知らない体だ。口を挟めないのがもどかしい…。
その後、慶琉夏王が素早くうちに越して来た…。そういえば皇子様なのに執金吾のお兄様二人以外は御付きの方っていらっしゃらないのかな?と、疑問に思っていると洸兌様が疑問に答えてくれた。
「慶琉夏王めちゃ強いんだぜ?禁軍で勝てるヤツいないんじゃないかな?正直、護衛はいらないんだけど、あの二人は散官と兼ねてるのよ」
成程、身の回りのお世話係も兼ねているのか…。そうだ、洸兌様に聞いてみよう。
「あの…この屋敷に皇子がお二人も逗留されますので、家屋の周辺に防御結界を張らせて頂いても宜しいでしょうか?」
私がそう聞くと洸兌様がニヤーッと笑ってから懐から術札を出して来た。
「チビの考えていることは分かってんぜ?あの蛆虫どもが梗凪嬢に近づかないようにしたいんだろ?この術札を外壁に貼ってきな、ホレ、緋劉も手伝え」
蛆虫…の呼び方は如何なものか…と思うけど確かにあの方々が、宿屋からこちらに押しかけられて来ても困る。防御は完璧にしておきたい。
「まあ、いざとなりゃ漢さんが追っ払うだろ?あの紅と香油のくっさい匂いの連中もだけど部隊長の宗 明葉の事は特に毛嫌いしてるもんな。俺も苦手だけど…」
そういえば、個人的主観だけど洸兌様もあの山茶花のお姉様方に狙われてそうだけど…。
と思っていたけど…違ったみたい。洸兌様は美しい微笑みを浮かべて全否定された。
「俺?いや、全然相手にされてないよ?さっきも言ったけど俺、六人兄弟の西のド田舎の出身だもん。あいつらは首都の貴族のボンボンしか狙ってないのよ?金が無いのは興味ないんだろ?だから薄志と浅祁はやべぇよ?耀功太保と新羅都督の息子よ?貞操の危機だね」
「や、やめて下さいよっ…洸兌様…」
「僕…実際追いかけられたことあるんですからっ!」
いやぁこっわ…。薄志さんよく逃げ切れたね…。思わず術札を渡した。
「もしそれらに囲まれたらこの術式を使って下さい。霊物理防御結界です。助けが来るまでこれで持ち堪えて下さい」
薄志さんは泣いて喜んだ。おまけに浅祁さんにも術札をくれ!と迫られた。勿論差し上げた。青少年の貞操は守って差し上げなければ…うん。
本日の夕食は歓迎の意味と姉様応援!の為の料理にしようと、緋劉と漢莉お姉様と三人で食材の買い出しに出かけていつもより豪勢なお料理にした。なんだか慶琉夏王が私の魚料理がすごくお気に召したようで「皇宮に帰ってからも時々作ってくれ!」と命じられてしまった。はい、お料理するのは好きなので喜んで賜りました。
さて、まだ例の島は結界が張られていない状態で丙琶の港から丸見えの状態だ。これは恐らく初めての異常事態なのだろう…港には一目、島の様子を見ようと野次馬が沢山集まって警吏の方がその規制でピリピリしていた。
夜…翌朝の料理の仕込みが終わって寝ようかなと台所を出ると、外に出て島の方を見ている緋劉を発見した。海岸には寝ずの番をしている警吏の方々の篝火が焚かれているのが見える。
「眠れないの?」
緋劉は、ん~?と、島から目を逸らさないで返事をした。そして左手を差し出して来たので…恐る恐る手を握った。握った途端に腕を引かれて緋劉の側に近づいた。
ち…近いっ!ひえぇぇ…。
「あの島を見ているとさ…なんか不思議な感覚がするんだ。怖いというより…何だろ早く見たい?よく分かんないや」
「そう?緋劉はそうなのね…私は怖いけどな…。やっぱり黒龍様がいそうだもん」
緋劉が声を出さずに笑っている振動が体を伝って感じる。何だろう…霊力が優しく私の体に沁みる感じ?ああ…やっぱり私…この人の事好きだな…と思って緋劉の顔を見上げた。
びっくりした。こっちを見ている緋劉の目が紫色に輝いていて…目が、瞳が…爬虫類みたいな眼球に見える?え?何?緋劉…?
「ひ…緋劉?」
呼びかけると緋劉は一度瞬きをして…再び目を開けた。緋劉の目は元の綺麗な濃い青色の瞳だった。
見間違い?見間違いだよね?びっくりした…。そうか、黒龍様の話をしていたから龍の瞳のような錯覚をしちゃったんだ…。
「ん?どうしたの?」
緋劉が優しく声をかけながら私の体を少し引き寄せた。こ、これは…もしかして…。と、体を硬くした時に…
「節度ある付き合いを…」
「ぎゃあああ!」
と、伶 秦我中将がヌボーッと私達の後ろに立っていた。怖いぃぃぃぃ!あまりの恐怖に大絶叫を上げてしまい、愁釉王に夜中に迷惑だ!と、すごく怒られた…。
翌日
やっぱり、と言うべきか昼過ぎに丙琶の宿屋にものすごい大所帯の団体が押しかけて来ていた。緋劉と二人で酒樽の影から宿屋に入って行く御一行様を偵察している。
「あの人達、仮にも軍人なんだろ?なんでヒラヒラした服、着てるんだよ…」
「まあそう言ってやるな、緋劉さん。あのお姉様達は危機感とか倫理観とかが抜けている稀有な存在なんだよ」
本来なら軍服で逗留先に出陣の形を取らねばならないのに…まあ寄りにも寄って洸兌様の言葉を借りるならくさい香油の香りを撒き散らかしてお嬢様方はやって来ていた。
「取り敢えず本当に来ているのは確認出来たし、市場に寄ってから帰ろうか?」
「そうだな。ああ、馬鹿馬鹿しい」
そう言えば私には毒々しい物言いはしなくなったのですっかり忘れていたけれど、本来の緋劉は嫌味や毒舌を吐きまくる男の子だったね。綺麗な男の子には毒がある…え?違う?
二人で鳥と牛のお肉を買って…顔馴染みになった肉屋のおじさんにおまけで干し肉を分けてもらい、帰宅すると…案の定、門扉の所にヒラヒラした軍団が屯っていた。
「やだな、やっぱり来てるね」
「裏口から入ろう」
緋劉に腕を掴まれて裏口に回った。結界術の開いた穴に緋劉と滑り込むと結界の中に入った。裏口には漢莉お姉様が居た!
「おかえり、玄関のアレ見た?」
裏口の木戸をしっかり閉めてから扉を開けようとしたら外塀の向こうで金切り声が上がった。
「ちょっと開けなさい!入って行ったのを見たのよ!私達も入れなさい」
私は自身に向けて音消しの術を使った。
「喋って頂いても大丈夫です。此方の音は向こうには聞こえません」
「やだ~便利ね。本人を目の前にして嫌みを言えるじゃない!やーいブス!厚化粧ー!臭すぎて鼻が曲がりそう!」
早速、岩乙女が大声で罵詈雑言を外塀に向かって浴びせている。大人げない…。外塀には複数の女性の声が聞こえてきた。
「ちょっとお退きなさいな!わたくしが言いますわ!わたくしは宗 明葉、宗家の者です。今すぐここを開けないと父に言いつけますよ!」
典型的な空威張りだ…。自分が偉いんじゃなくて父親が偉いとふんぞり返っていて、格好悪いことこの上ない。
「来たわね、性悪女!ととっと帰りなっ腐れブス!」
すげー岩乙女の心からの暴言…。宗 明葉はやはり聞こえないようで、大きく舌打ちをしたのが聞こえた。
「反応がありませんね…本当にあなた見たの?」
「ええ…見ましたわ。綺麗な男の子と小さい下女が入って行くのを…」
「ふざけんなバーカ!バーカ!年増ーっ!陰険ー!」
つい…つい…下女と言われてむきになっちゃった…。コホン…。チラリと横を見ると岩乙女と緋劉がニタニタと笑っている…。
「口が…悪い山茶花のお姉様よね、失礼しちゃうわ!」
「お前が言うなよ…」
はい、緋劉さんの言う通りね。分かってますよー。
「居留守…というのかしらね…。早く慶琉夏王方に私を訪れをお伝えしなさい!背の低い下女っ!いるんでしょう!」
「背の低い下女…」
「緋劉はいちいち復唱しない!」
すると、外でフワリと霊力が動くのに気が付いた。
「ちょ…まさか!?」
漢莉お姉様の声がしたと同時に、家屋の廻りに張ってある結界に火炎術の火の玉がドカンと当たり、跳ね返っていった。わあ…さすが洸兌様の結界!…じゃなくて!結界に攻撃を仕掛けると術者にはすぐ分かる。
「洸兌様は?」
「剥き出しの島から異形が数体泳いで来たそうで討伐に行っている…」
「愁様や皆様も?」
「ええ…でも今の馬鹿のせいで洸兌ちゃんに結界が攻撃されたことが伝わったわね…。あの子、こういう馬鹿には容赦ないわよ?一撃目はまだいいわ…二撃目は…」
「ここで何してんの?」
うそっ!?外塀の向こうで洸兌様の声がした?瞬時に戻って来たの?山茶花の女子達が小さく「洸兌様!」と悲鳴をあげた。
「こ…洸兌様ちょうどようございましたわ!今すぐここを開けて下さいな。この中に慶琉夏王がいらっしゃるのでしょう?」
「今、結界に攻撃仕掛けたの、誰?」
びっくり…普段陽気な洸兌様とは思えないほどの冷淡な声…しかも霊圧が凄い…怖い。
「攻撃って…な、中に居る下女が居留守を使ってわたくしに意地悪して中に入れないのですもの!だから穴を開けて入ろうと…」
「宗 明葉、君が攻撃したんだね?中に慶琉夏王がいらっしゃるのに?」
「!」
お馬鹿な山茶花のお姉様達は今、誰に攻撃をしかけてしまったのか気が付いたみたいだ。
「この結界は慶琉夏王と愁釉王の御身を賊から護る為のものだ。賊の侵入者あり…と慶琉夏王にご報告申し上げる」
「ひぃ…!」
お姉様達が悲鳴を上げた。…が、流石は性悪女、宗 明葉は引かなかった。
「おっお待ちなさいなっ!そんな勝手許しませんよ!宗家の者を賊扱いですって!?四天王の一角を担っているとはいえ、平民のくせにこのわたくしに…」
もの凄い霊圧がブワーッと洸兌様から放たれたのが分かった。
「洸兌ちゃん…ちっ。」
漢莉お姉様は木戸を開け放って外に出ると宗 明葉の前に立って洸兌様と向き合った。
「洸兌ちゃん!霊力の無駄使いよ!」
その言葉と漢莉お姉様の姿に洸兌様はハッと気づかれたように霊圧を下げられた。ふぅ…やれやれ。あのままの霊圧で術を使われたら本当の本気でこの辺りは焼け野原だ…。おお、怖っ…。
洸兌様が霊圧を下げられたのを確認すると、漢莉お姉様はくるりと後ろを振り向いて山茶花の隊員(十名ほどいる)をぐるりと見回して言った。
「今すぐ宿にお帰り下さい。そしてこの屋敷には二度と近づかないように。もし禁を犯して近づかれたのなら容赦なく攻撃致しますから」
宗 明葉はワナワナと震えながら漢莉お姉様を指差した。
「わたくしを誰だと…」
「ええ、知っていますよ。攻撃をしてきた賊でしょう?洸兌ちゃんは消し炭にするまで燃やすでしょうけど、私は真っ二つに裂いてから御父上にお返ししますよ。賊を始末しました…ってね」
禁軍の四天王、持国天と増長天の二人からものすごい霊圧が溢れ出ている。
格好良い…洸兌様は最初から格好良かったけど、初めて岩乙女を格好良いと思ったよ!
「もうそのへんにしておけ、漢岱」
慶琉夏王の涼やかなお声が聞こえてきた。木戸の向こうを覗き込むと愁様の後ろに隠れるようにして梗凪姉様もいる。梗凪姉様は私と緋劉が覗いているのを見ると、青い顔色をされながらもなんとか微笑んで見せている。
「あ…ああっ…慶琉夏王っ大変でございましたのよ…そこな男達に詰られて…」
と元祖性悪女の宗 明葉は恐ろしい変わり身の早さで、助けて…とばかりに泣き真似をした。
慶琉夏王はじぃーっと顔を伏せている宗 明葉を見て大きく溜め息をついてから一言、言った。
「山茶花は解体だな…。極刑に処さないだけでも有難いと思え」
そりゃそうだな…。
「そんな…」
「私達は何もしていませんのよ!?明葉様が勝手に…」
「そ、そうですわっ…。勝手に騒いで…」
あらら…十人ほどいる山茶花のお姉様達は手のひらを返したように宗 明葉を非難し始めた。
「あな…あなた達よくもっ…」
貴族の淑女のはずなのに、山茶花の隊員は取っ組み合いの喧嘩を始めた。漢莉お姉様と洸兌様はスルリと木戸から中に入って来ると、さっさと裏口から室内に入って行った。
え?ええ?外のアレ…あのまま放置でいいの?
外では淑女らしからぬ暴言や怒号が飛んでいる。恐ろしや…。
そして四天王様達に続いて室内に入ると、すでに慶琉夏王と愁様達もちゃっかり戻って来ていた。いつの間に…素早い。
すると緋劉が漢莉お姉様と洸兌様の前に回り込むと
「あ、あの…漢岱少尉!洸兌大将!その…先程のお二人共が凄くて、俺、すごく憧れます!」
緋劉は顔を真っ赤にして興奮していた。おおーっ聞いた?岩乙女っ!あんたのダダ下がりだった好感度、またググッと持ち上がったよ!
岩乙女こと黄 漢岱少尉(乙女?)は、まああ!と体をくねらせると緋劉に抱きつこうとしたので、私は素早く岩乙女に捕縛術をかけた。
「きゃ…ヤダ!もうっ凛華ちゃん…」
「緋劉に何をしようとしてるんですか…如何わしい行為は断じて許しませんよ…」
私も四天王様達に負けないくらいに霊力を漂わせながら岩乙女を睨みつけた。
「わーー!緋劉は良い子だね!よしよしっ!また稽古つけたげるね!」
「有難う御座います!洸兌大将!」
と言いながら抱き合う美少年と美丈夫様の熱い抱擁は華麗に無視する。すべての罪は美の前には無力なのだ…。
「私にはあんなに怒ったのに洸兌ちゃんは許すなんてひどいわっ凛華ちゃん」
岩乙女の猛烈抗議も華麗に無視して、夕食の献立を頭の中で組み立てていると突然、洸兌様が
「あ、明歌南の西総督だ」
とおっしゃって玄関口に行かれたので私も緋劉も慌ててついて行った。西総督…かどうされたのだろう?
洸兌様の言葉通りに西総督は結界の前でオロオロとしていた。
「あの…その裏口付近で女性の叫び声?怒鳴り声?が聞こえるのですが…何か御座いましたかな?」
「あ、いえいえ近所のおばちゃん達が外で喧嘩しているみたいなんっすよ!迷惑ですねぇ~」
おばちゃん…。まあ…当たらずと遠からずだけど…。
「西総督、どうなされましたかな?」
漢羅少尉も後から来られた。近づいて来られると小声で
「お前達、無体はされてないな?」
と優しい笑顔を向けられた。漢羅少尉はどっかの弟と違って穏やかで優しいのよね~。私と緋劉は漢羅少尉に笑顔で大きく頷いて見せた。漢羅少尉は緋劉の頭をワシャワシャと撫でている。お父さんみたいだ。
西総督は何度も頷くと、言い淀んでおられたが口を開かれた。
「実は沖に船で出ております部下の陵から知らせが入りました。例の島に苅莫羽牟王国の船団が向かっておりまして…その上陸を試みようとしているようだと…」
「何だってぇ!?」
皆の驚きの声が見事に重なった。




