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緋華の追憶  作者: 浦 かすみ
黒き龍
6/32

思い出の蓋

7/28誤字修正しております


「全く…私だって乙女だって言うのっ!か弱い乙女と同じ血が流れているっての!」


さっきから床を雑巾で擦りながら、つい愚痴ってしまう。


怒りに任せて床を磨き上げていると、美しい輝きが戻ってきた。ふんっどうだ!


今私が掃除しているのは丙琶の海沿いの空き家である。愁釉王が長期滞在用に借りた家の掃除に、遊撃隊の皆さんで掃除に来ているのだ。


「おーい、屋根の修理終わったぞ」


「あ、漢羅少尉ありがとうございます」


「外塀の張替済みましたよ」


「秦我中将、ありがとうございます。お茶をお入れしますので…休んで下さい!」


私は、掃除を一時中断して台所に走った。台所では市場に行って来てくれた緋劉と漢莉お姉様(男)が貯蔵庫に食材を入れてくれている。


買い物係を緋劉に任せて良かった。流石は料理屋の息子、上手い値切り交渉をしてくれたらしく、軍資金として渡したお金をかなり残して、尚且つ新鮮な食材を見事に購入して来てくれた。


やるなぁ…緋劉よ?


「お二人共ありがとうございます。今お茶にしますので広間で休んでいて下さい」


私は手早く人数分のお茶を入れて陽餅(ようへい)をお盆に乗せて急いで広間に運んだ。緋劉も手伝ってくれる。


料理や掃除は皆さん戦力外だけど、屋根の修理や扉の建てつけの直しなどには、抜群の器用さを発揮してくれた。一番意外だったのが、伶 秦我中将で…


「ここに、これくらいの小さめの棚が欲しいのですが…」


と言うと半日くらいでバッチリの寸法で尚且つ可愛い意匠の飾り戸棚を作ってくれる。


軍を退役したら、家具職人になられては?とお聞きしたら、考えてみます…と真面目に返された。いや、結構本気で考えていますね…伶 秦我中将?


「お部屋に配り終わったわよ~」


籐籠も持って朱 梗凪(しゅこうな)姉様が広間に戻って来られた。梗凪姉様は何せ不器用なので、刃物系も持たせるのは怖いし、洗い物も食器を全部破壊されかねないので、各部屋の備品補充(水差し、簡易菓子など)、お手洗いの紙の補充、沐浴場の備品の補充…これをして頂いた。これなら物も壊されない…。


「女官の皆さんは皇宮の各個室全部のこれをしているのでしょう…大変だわ」


「いや~皆、大義であったな!ははっ…」


ムカつく…本当にムカつく。あなた座っているだけで何かしていましたっけ?偉い皇子様なのは重々承知しておりますが、なんでまた用事もないのに丙琶に来ているのかな?あなたが来るのは皆の引っ越しが終わった後でいいよ。


ジロリと愁釉王を睨むと、華麗に無視されて、梗凪姉様から楊餅を受け取っている。最近この二人は目に見えて引っ付いている…隠す気が無いのは構わないのだが、この隊にはまだ未成年が二人居ることを考慮して欲しい…。教育衛生上良くないのではないかなー?まあ、私は実質もうすぐ二十八歳になりますがね。おばさんには睦み合いを直に見ても全然堪えもしないねっ、一人赤面しているのは緋劉ぐらいのもんだがね…。


「お茶のおかわり要りますか?」


パラパラ…と手が挙がったので茶器を持っておかわりを入れに台所に戻った。何故だか緋劉が付いて来る。


「な、なあ…愁様と梗凪少将…あれなのかな?なぁ?」


ほーんと男の子ってこの手の話に食いつくよね…そっとしておいてあげるとかの配慮はないもんかね?周りの主に男子達が囃し立てたりして破局する男女をどれほど見てきたことか…。(過去参照)


「婚姻を前提としたお付き合いをされているのでしょう?家柄も釣り合いが取れていらっしゃるし、年齢も愁様が二つ上で問題なし。何を騒ぐ必要があるの?」


わたしがきっぱりとそう言い切ると明らかに緋劉は赤くなってたじろいだ。お前から聞いてきたくせに、答えるとたじろぐってどういうことだい?


「そ、そうかそうだよな、うん。こ、婚姻か…」


まだ十四才の緋劉には生々し過ぎる話だったかな…。


「あんただって十六才になれば婚姻出来るんだし…そんなに騒ぐことじゃないでしょう?それこそご参考までに愁様に男女のあれこれについてお聞きしておけば?」


と私が言うと緋劉はぎゃあ…と小さく叫んだ。


「な…な…凛華!?お前…な、な…」


「なぁなぁ煩いわね?書物殿に行ったらその手の書物は堂々と借りれるよ?知らなかった?」


「知らなかった…」


「今後の為にも借りてらっしゃいよ…因みに恥ずかしいと思うなら戦記ものの小説と文学の本の間に挟んでさりげなく受付に出して貸出の許可を貰えば問題ないよ。」


「やってみる…」


男の子ってそういう方向性の書物も好きだよね…。とかなんとかの話をしながら緋劉とお茶のおかわりを広間にお持ちしたら、アレ?戸口にお客様でしょうか?伶 秦我中将が応対に出ていらっしゃるね。


中将は無表情のまま広間に戻って来ると


「丙琶の役人が私共の歓迎会を催したいと申しております」


と流れるように皆様に説明した。


「おおっそうか。構わんよ!」


歓迎会…飲み会かな…?だろうね、じゃあ私は留守番だ。


「一緒にお留守番ね」


梗凪姉様がソッ…と横に来て囁いてた。あれ?姉様行かないの?私が姉様の顔を覗き込んでみていると、姉様は微笑みながらまた囁いた。


「飲んで騒いでいる所はあまり好きではないのよ…」


だろうね~朱家のお嬢様だものね…。


「やだっ私も飲み会で絡まれるの怖いわっ…」


黄 漢岱(おうかんたい)…あんたに絡む強者なんてこの世に存在しないだろうよ…安心して樽ごとお酒を煽ってきなっ。


やだ~っも~っとか言いながらも漢岱…漢莉お姉様は男性達ときゃっきゃっ言いながら飲み会に出かけて行った。


本物の女子二人で留守番である。私は梗凪姉様の食べ物の好みをお聞きしながら、白身魚の餡かけ、葉野菜の胡麻和え、海鮮の塩炒め、白湯汁、胡麻団子、朝から作っていた芒果布丁(まんごーぷりん)…の夕食にした。


「きゃあ、すごいわ凛華!やだっ美味しいっ」


姉様可愛いな…これはあの愁釉王も()()()()()わね。


そうして二人でのんびりと夕食を取っていると、突然、玄関扉を誰かが叩いている音がした。


「何かしら?」


「私が応対します」


私は不審者対策に防御結界を自身に使いながら玄関先に移動した。


「どちら様ですか?」


「すみませんっ…丙琶の漁師をしている (こう)と申します。あの…海から異形が…」


私は急いで扉を開けた。そこには顔色を悪くした。若い男性と初老の男性二人が立っていた。


「こちらに異形の討伐に国から軍人の方が来ているって聞いて…」


「出現場所は、海岸の西の外れの方です。漁港の倉庫しか無い所なので…住居はありません」


初老の男性の次に若い男性が矢継ぎ早に現状を説明した。後ろから梗凪姉様が近づいて来て


「隊長の方が今、出払っておりますが、すぐ向かいますので暫くお待ち下さいませ」


と梗凪姉様が応対すると、はい、分かりましたっお願いします…と漁師の方は頭を下げながら帰られた。


「愁様にお知らせしなきゃ…どうしましょう。うっかりしていたわ…飲み会の場所を聞いてなかった」


「あ、姉様…私分かりますので知らせて来ます」


「何言っているの…まだ小さいのに夜歩きなんて…一緒に行きましょ」


あら…そうだった。私まだもう少しで十三才の未成年でしたね。夕食の片づけをしてから家を施錠し、姉様と二人、丙琶の夜の街に繰り出した。


まずは、霊力を落ち着けて緋劉の場所を探る…。こっちだ。


「姉様こちらの方です」


「え?あの…そう言えば凛華はお店の名前を聞いていた訳じゃないのね?」


「あ~え~と…どう説明したらいいのか…」


まあ愁釉王とか漢莉お姉様なら、何故分かるか…を説明すると囃し立てられる可能性もあるけれど、梗凪姉様なら大丈夫か…。


「なんとなくですけど…緋劉の霊力の位置が分かるのです」


何となくどころかはっきり分かるけど、あえてぼかして答えたら、やっぱりと言っては何だが梗凪姉様は、頬を染められて目を輝かせた。


「そ、そうなのぉ~まあぁぁ…。いつも緋劉君がどこに居るか分かるのねっ!」


「本人の居所が分からない時は便利ですが、後はこれと言って…」


姉様は聞いちゃいねえ…まあ~とか素敵~とか、妄想の世界に入られている。まあ乙女には是非とも欲しい能力?ではあるかもね。私の場合何故か緋劉限定だけど…。と言うか…呪いだの祟りだのは信じていないけど…この感じる能力に関しては何かの呪い類なのじゃないかと思ってしまう。


うだうだとそんな事を考えながらも、緋劉の霊力を追いながら一軒の綺麗な建物の前に辿り着いた。


「あら?ここ?丙琶の地方官長のお屋敷ね」


ですよね?丙琶に長期逗留する際にご挨拶に伺いましたものね。


取り敢えず玄関の扉を叩いた。


「失礼致します。」


暫くすると扉が開いて女性が顔を出された。


「私、第壱特殊遊撃隊の彩と申します」


と、ご挨拶すると、その女性は笑顔になりすぐに招き入れてくれてご案内してくれた。どうやら私達も飲み会に参加すると思われているらしいが、まあ一々否定するのもおかしなものだ。


「こちらで御座います」


「有難う御座います。」


ゆっくりと室内に足を踏み入れた。高座の所には愁釉王がいらっしゃる。私達に気が付くと


「おお?どうしたの?」


と、声をかけた…が…愁様はチラッと広間内を見て急に顔色を変えた。何だろう?と思い愁様が見た方をつられて見た。


広間の中央に遊撃隊の面子と役人の方々が居る。その周りには煌びやかな装いの女性達が居た。まあ一目で分かるそのような接待の女性達だろう。その女性の一人に抱き付かれて、頬に口づけを受けている緋劉がそこに居た。


緋劉と目が合った…と思ったら一瞬で緋劉がいなくなった。正確には漢莉お姉様にどこかに連れて行かれた…ようだ。


私はすぐに視線を戻すと愁様の前まで行き、腰を落として頭を下げた。


「ご歓談の所、失礼致します。只今漁師の方より港の外れに異形のモノが出たと通報がありました。如何対処致しましょうか?」


「う…ぁ…ああ!そうだなっすぐに参ろう!よしっ…皆ぁ討伐の準備をしろぉ!」


何だかヘロヘロのヨレヨレである。すると今まで黙って横に立っていた。梗凪姉様が静かに口を開いた。


「愁様…」


「ぅああ…はいっっ!」


珍しいものを見た…。第四皇子の直立不動の姿である。


梗凪姉様はじっとりとした目で愁様を見た。何か怖いです…。


「愁様はこの遊撃隊の隊長ですわよね?勿論、隊員達の監督責任も御座いますわよね?」


「も、勿論ですっ!」


「でしたら、先程のアレ…本来監督が行き届いていたなら未然に防げるはずですわよね?」


アレとは、一瞬視界に入って消えたアレのことだろうか?


「はい、私の監督不行き届きでしたぁ!」


愁釉王、心からの絶叫だった…。珍しいものが見れた。


愁様を先頭にして飲み会の会場を後にした。愁様の後ろに居る梗凪姉様が目に見えない棍棒のようなもので、愁様を背後から小突きながら歩いているように見えるのは気のせいだろうか?


しかし小突かれてもいないのに、もっとヘロヘロヨレヨレクタクタの男がいた。


斈 緋劉だ。顔を真っ青に染め上げて、漢莉姉様に支えられないと歩けないほどの憔悴ぶりだった。


異形のモノが発見された場所まで皆で行き、素早く討伐をして事後処理をしている間、ものすごい無言ですべての処理が行われていた。


息が詰まるな…。いやもうね、原因は分かっているのだけどね。でも…こんなに緋劉が狼狽する原因が分からない…。私や梗凪姉様に怒られると思ったのかな?だとすると…。


前世でお世話になった范 理旻(はんりぶん)師匠と奥様の歌楊(かよう)母さんと娘の楊那(ような)姉さんのあるやり取りを思い出していた。


ある日、理旻師匠が朝帰りをした。酔っ払った状態での朝帰り、おまけに体に白粉と紅がついていた。どうやらそういうご商売の女性と何かがあったようなのだが、当時の私はよく分かっていなかった。


母さんと姉さん二人は理旻師匠を激しく(なじ)った。そして、平謝りする理旻師匠に娘の楊那姉さんが「不潔よっ!」と吐き捨てたのが原因だったと思う。


その日から父と娘は明らかに関係がおかしくなってしまった。そして私はよく意味が分かっていないこともあり、能天気にも姉さんに「どうして不潔なの?」と聞いてしまっていたのだ。


姉さんは私が聞いたことに怒りもせずに、師匠に何が起こって今こうなって、そして今の心境に至るまでを理路整然と教えてくれた。


そして私に説明していたことで姉さんも色々と悟れることがあったようだ。話の締めくくりにこう付け加えてくれた。


「いくら怒っていても言ってはいけない言葉ってあるからね。不潔だなんて…父さんにはすごく堪えた言葉に違いないわ」


この時に体の不潔ではなく、心の不潔にもこの言葉は適用されるのだと気が付いた。今思い返しても娘から父親に不潔…という言葉の投げかけは、師匠の精神に大打撃を与えた言葉に違いなかった。


今の斈 緋劉は恐らくだが范師匠のような心持ちになっているのでないかと思われる。じゃあ何に怯えてるかと言うと私か梗凪姉様から、「不潔よっ!」に相当する言葉で詰られるのを危惧しているようなのだ。


だったらこうすればいい。詰らない。私からその話題に触れない。これに限る。


この時私は知らなかった。詰るよりも無視することが堪えることもあることを…。そりゃ実年齢はもうすぐ二十八才でも、その内四分の一は野生児育ちで人の機微なんて知らない生活をしていたものね。


その飲み会から三日過ぎたある日


お手洗いの掃除をしていたら漢莉お姉様に呼び出された。


「あんたあれから、緋劉と話しはできたの?」


「あれから?話…」


あれから…というのは例のチラッと見えた緋劉のあれこれのことだろうか?


「そのことでしたら、話題に出さないようにしています」


そう答えると漢莉お姉様は、あ~と言いながら空を仰いだ。


「そうきたかい…。え~となんでまたその対応なのかな?」


と聞かれたので前世云々は伏せて…昔知り合いのおじさん家族であった…ということで范師匠のアレコレを説明した。説明を聞きながらも漢莉お姉様は何度も頷き、そうそう、そうよね!を連発していた。


「あんたは何も間違ってないわ。その年でその判断力は素晴らしいわ!でもね、やっぱりまだ子供ね。緋劉に関して言えばあんたに詰られないことで…余計に気にしちゃっているわね」


え?詰っちゃいけない…と思って言わなかったのに、逆にダメだったの?


「ダメ…だったのですか?」


「ああん、ダメじゃないのよ?えっと…緋劉が怒られたいって言うか…構って欲しい方というか…そ、そうだ!そのご近所のおじさんのお話、緋劉にもしてあげてみて!それで緋劉は怒られたい?て聞いてみて!ねっそうしましょ!」


なんだかよく分からない押し切られ方だけど、漢莉お姉様に背中をグイグイ押されて、裏庭の椅子でショボン…と座っている緋劉の近くまで連れて行かれた。


壁の角からこっち見ている岩乙女の圧が凄い…。


どう考えてもさ…岩乙女の今してることって男友達のソレに近いものがあるんだけど…。


これも例の范師匠の事件の時の出来事を思い出してのことだった。


范師匠の奥さん歌楊母さんも、散々詰った後、口も利かない状態を続けていたが五日ほど過ぎて流石にもう許してあげようかな…と思い始めた時にソレが起こったらしい。


范師匠の幼友達の飲み仲間のおじさんが家にやって来て


「もういつまでも怒ってないでさ、いい加減許してあげてよ。もういいでしょう?」


と言われたそうだ。歌楊母さんは、もう怒りが大分沈静化していたのに、また燃料を投下されたように感じた…と当時を振り返ってそう言っていた。


なんで関係の無いあんたに言われなきゃならない?もう、いいってなんだ?お前の許可がいるのか?


歌楊母さん曰く、こんな時だけしゃしゃり出てくる訳知り顔の男友達ほどウザイ生き物はいない…とのことだ。


今正に、岩乙女のしている事ってソレだと思うんだけどな…。まあ岩乙女も乙女の根底には男が混じっているからなのか…こういう時は男の味方をするんだろうね…。


私は緋劉の横に立つと


「ちょっと話してもいいかな?」


と言って椅子の横に腰かけた。そして岩乙女に話したように范師匠のことを話して聞かせた後、


「私は詰ったおばさんとお姉さんから色々お話を聞いて…考えてみたんだけど。緋劉はどう思う?」


と、聞いてみた。十四才には難しいかな…いや、私もそれほど人生経験は無いし似たようなものかな…。


「ど…どうって?」


私は緋劉の目を見た。しかし緋劉は目を逸らす。逸らされると堪えるわ…。


「正直、おじさんに不潔と叫んだお姉さんの気持ちも今は分かるのよ…そりゃ急に父親から生々しい男の部分が見えたんだもんね。でもね、家族だから詰る権利はあるはずなのよ。正直に教えて?緋劉は私にどういう反応をしてもらいたかったの?」


ぎゅっ…と緋劉が拳を握り締めたのが見えた。


「お、俺…絶対…凛華に怒られると思ってた。何やってんだ…とか、そしたら凛華は何も無かったみたいに…俺を見てた。俺…がそういうことしてても凛華には何も響かない…てことに、気が付いて悲しくなった。俺…凛華は俺の特別で…凛華にとっても俺は…って己惚れてた…けど、違ったんだ…て思うともう…」


あ……。


ああ……これはつまりあれだね。


半年とちょっと前に私が蓋をして思い出に昇華させたものを、緋劉は今抱いている訳だ…私に?冗談でしょう?私、緋劉に好かれるような女の子だったっけ?


「響いてないことはないのよ?まあ、ああいうことも出来るんだ…とは思っ…」


「あれは向こうから無理やりっ…」


緋劉がやっとこっちを見た。そしてまた下を向いてしまった。胸がギュッと痛んだ。


もう壬 狼緋と斈 緋劉は別人だ…ということも十分理解出来ている。そして壬 狼緋の事も思い出に昇華は出来ている…と思う。


そしてもし、斈 緋劉が私にそういう気持ちを持ってくれているとなると、その気持ちに向き合う気は…、


「あるな…うん。嫌じゃないし。寧ろ…」


「何?」


「ああ、うん何でもない。…て事も無いか…。あのね、もしさ…またあんな場面に出くわしたらさ…今度は怒っていい?私がいるのに何してんだこら!って言ってもいい?」


緋劉は…しばらくポカンとしていたけど徐々に真っ赤になると椅子の上で膝を抱えて俯いた。緋劉の耳が赤い…。


思わず角の向こうに居る岩乙女を見てしまった。岩乙女は泣いていた。ものすごいぶさいく顔で何度も大きく頷いていた。


「凛華…俺めっちゃ嬉しい…」


「怒るよ…って言っているのに変なの」


「うん…変だね。でも嬉しい…」


むず痒い…。もう開くことは無いと思っていた気持ちの蓋がゆっくり動いていく気がした。


しばらく二人無言で甘い空間に浸っていたが、緋劉が…そう言えば、と切り出した。


「なあ凛華、愁様に教えてもらって前から聞こうと思ってたんだけど…俺と初対面の時に初恋を返せて…って俺に叫んでたんだろう?それって俺のこと前から好きだったってこと?俺、凛華と前から知り合いだっけ?」


「ちっ違うしっいや、絶対違うし!それ愁様の激しい誤解だからっ!いい?分かった!」


私が唾を飛ばしながら詰め寄るとその迫力に押されて「う、うん分かった」と緋劉は答えた。


「でもさ、それ聞いてニヤけが止まらなかったよ~何?凛華のやつ俺の事ずっと好きだったの…とかさ」


何ニヨニヨしてんのよっ緋劉のバカチンがっ!


「いやもう一回言うけど違うしっ絶対違うしっ全然違うしっ愁様の激しい激しい勘違いだからっ!」


また私の激しい否定に何度も頷いてから緋劉はやっと本当にやっと目を見て笑ってくれた。


仕方ないか…こうやって緋劉と居るの…好きなんだもんな…。そこは認めましょう。


「今はそれほど愁様の勘違いでもないからね。前は断じて違うけどっ…でも今はそうだからっ。」


緋劉の大きな手に私の指先をちょこっと重ねてみた。するとすぐに緋劉が指を絡めてくる。


「うん…。ありがとう…」


「何対してのお礼?」


「色々と…」


もう初恋だとか…そうじゃないとか、いいか…。緋劉は綺麗な笑顔でこちらを見て笑っている。


ゆっくりと私の気持ちが解れていくのを…緋劉と一緒に解していくことを楽しみたい。


「あの…私そんな勢いとかで…お付き合いする訳じゃないから…」


「うん」


「多分緋劉が考えているよりも、慎重にことを進めて行く方だから…」


「うん」


「だから…その…ゆっくりとでもいいのなら…私の速度で付き合っていって!」


「分かった」


「うええええっ…うわーーん!」


ものすごく甘酸っぱい雰囲気は岩乙女の豪快な泣き声で吹き飛んだ…。



甘酸っぱい…

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