異形のモノ
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首都、燦坂より馬車で一刻ほど南下した所の海沿いの州、丙琶に私達『第壱特殊遊撃隊』は到着した。
「お待ちしておりました、愁釉王こちらで御座いますっ!」
私達が馬車から降りると、足早に軍服に身を包んだ方々数名が近づいて来た。愁様はちょっと手を上げてから、私達を顧みた。
「指示があるまでその場で待機ね、秦我は一緒に」
「はい」
愁様と伶 秦我中将の二人は先ほどの軍服の方々と行ってしまった。
「皆、術札の準備と帯剣の点検を忘れずにね」
漢岱もとい、漢莉お姉様の指示の元、皆持ち物と武器の点検をした。
「私…こんな実戦、実は初めてなのよね…緊張するわ」
と、朱 梗凪姉様が若干顔を強張らせて私に囁いた。
「そう言えば、姉様にお聞きして良いものか分かりませんが…」
「なぁに?」
「あの山茶花とかいう女性ばかりの部隊は何をされている部隊なのでしょうか?」
私がそう聞くと梗凪姉様は苦笑いを浮かべた。
「あ~あの部隊はね、言わばお飾りね」
「お飾り…」
「女性の雇用を促進させようと施政の方針が決まってね…凛華は小さいから知らないかな?あれから体裁だけでも整えておこう…ということになって貴族の…まあはっきり言えば嫁にも行かずブラブラしていたお嬢様を掻き集めて女性達だけの部隊を創設しました…ということになっている、参加するだけの部隊なの」
「参加するだけ…」
ここで珍しく黄 漢羅少尉が口を挟んで来た。
「あんな碌でもない部隊を作るから、若い有能な武官が身分だけを振りかざした女共に狙われて、俺が男共に泣き付かれてお嬢との間に入らされて…諭すと切れられて怒鳴られて…こっちはいい迷惑だ」
それは…黄 漢羅少尉お気の毒…。そんな弊害?が起こっているのね…。軍部は見合いの斡旋所じゃないと思うのだけれど…。梗凪姉様を見ると姉様も苦笑いを浮かべていた。
「毎日お茶を飲んで座って話しているだけなのよ?あれじゃ…軍人とは呼べないわね」
そう言って少し怖い顔をした、梗凪姉様はググッと霊力をあげた。上質で力強い霊力だ。お飾りの部隊に置いておくには勿体ない。愁様の人選は間違っていない…と思う。初恋ぶち壊し野郎以外は…。
その私の初恋ぶち壊し野郎、こと斈 緋劉は少し離れた所で漢莉お姉様(男)に絡まれていた…いえ、教えてもらっていた。
「い~い?緋劉ちゃんは前に出過ぎないことっ。兎に角ヤバいと思ったら漢羅兄様の後ろに隠れる事、いいわね?」
自分…じゃなくて漢羅少尉を盾にしろっと言うあたりが岩乙女のすごいとこだ。ぶっちゃけ岩乙女の方が強いと聞くし…ああ、そうだ。今日は岩乙女の強さの程が確認出来る絶好の機会ではないか?
「お~い皆集合~!」
愁様の呼ぶ声が聞こえた。気を引き締めると急いで愁様の元に走って行った。
「異形の足取りが分かったよ、丙琶の沿岸付近で発見されたらしい。そのまま警吏に報告がなされて、近隣住民の避難は完了済み。山間に逃げられては深追いが出来ないので開けた広場の近くまで誘導してくれている」
「人的被害は?」
漢羅少尉の言葉に秦我中将が頷いた。
「お二人亡くなられています。家畜が数十頭食べられてしまいました」
本当に生き物を食べるんだ…怖い…。
「よし…じゃあ行きますか」
「御意!」
愁様の号令の元、足に風術をかけて走り出た皆に続いた。当たり前だがこの移動速度に付いて行けなくちゃ実働部隊では用無しだ。皆、風を切るような速度で移動している。私は移動しながら皆の周りに癒しの術をかけた。これで怪我をしても軽傷ならすぐ治る。
「な~に?気が利くわね!」
と、漢莉姉様のごつい腕でゴリゴリと小突かれた。痛いって…骨が折れるよ。
「本当に凛華は仙人じゃないのか?」
とごつい岩兄弟の兄に並走されながら話しかけられた。両側から岩の圧がすごい。
「先程も言いましたが…普通です。特別な悟りや開眼はありません」
黄兄貴を見上げながら答えた。それでなくとも追憶の落とし人なのに…これ以上人間離れした存在にはなりたくない。
「居た居た~!大きいな~。変な生き物ぉ~」
確かに、愁様の言う通り変な生き物だった…。
広場で沢山の警吏に囲まれて、術士の結界の中にそれは居た。大きくて元の生物は何だろう…と思わせるほど体にどす黒いブヨブヨした液体が絡みついている半分軟体生物のような醜悪な『異形のモノ』がいた。
愁様の合図で術士の結界が解かれた。解かれた瞬間に辺り一面に異臭が漂い始めた。
「気持ち悪いわね…。しかも臭いわね、腐っているのかしら?」
梗凪姉様が呟いた。確かに臭い…物が腐敗した臭いだ。思わず異形のモノの周りに術をかけた。
臭いのが一気に消えた。皆が驚いたように私を見た。
「今の何?臭い消えたね!術よね!」
漢莉お姉様のぶっとい腕に掴まれて揺さぶられた。腕が取れます…お姉様…。
「い、今のは…畑仕事している時に堆肥の臭いが嫌でなんとか出来ないかと…編み出した術です。臭い消しと呼んでますけど正式な術名は知りません…」
「堆肥の臭い…」
斈 緋劉が呟いた。何だよ?文句あるのか?畑仕事の為に編み出した、言わば生活の知恵だよ!
「いや~流石仙人候補だね!さぁさ、臭いが気にならなくなったことだし、サクッと退治しちゃおうかね!」
勝手に候補にするなっ…。私は愁様を睨みながら、剣を抜いた。刃先に炎の術と…重みの加わる術をかけた。
「その術、何?」
今度は緋劉が聞いてきた。何よ?また馬鹿にするの?
「重みを加える術、私の体感ではいつもと同じ重さだけど使う時に霊力を籠めると数倍の重さに変わるの…洗濯ものを押し洗いしている時に腕が怠くなるので考えた術…」
そう言うと斈 緋劉は目を丸くすると小声で「すげぇ…」と呟いた。あんたに褒められてもちっとも嬉しくないね、ふんっ。
「じゃ、お先に~」
と、岩乙女…漢莉姉様がトンっと一気に跳躍した。あんな重そうな体なのに一気に高く飛び上がると異形のモノに飛びかかった。岩乙女がフワリと大鎌を振り抜くと、異形は真っ二つに切れていた。
「一撃っ!?」
「すげぇ!」
私と斈 緋劉の声が重なった。
「気を抜くなっ。まだ生きている!」
漢羅少尉の声にハッとして地面に落ちた異形を見た。グニグニ動いている…私は急いで私と緋劉の周りに防御結界を張った。
「!」
馬鹿の緋劉が私の方を見た。
「前っ!」
私がそう叫ぶと同時に異形が飛び上がり、緋劉目掛けて襲い掛かって来た。異形はベタンと結界に張り付いた後、結界を突き破ったのか、異形の触手のようなものを緋劉の眼前に伸ばして来た!
私は緋劉を背後に庇うと、異形に切りつけた。カッと体中の霊力が駆け巡る。彼に指一本触れさせるものかっ!
「ぐぎゃあああ…」
断末魔…のような叫び声を上げて異形は燃え上り…炭になった。真っ二つに切られた残りの異形はまだのたうち回っている。
「この切れ端はどうしましょうか?」
「確か霊術師団長が調べたいから欲しいとか言ってなかったかしら?」
伶 秦我中将と岩乙女の声が遠くに聞こえる。まだ霊力が体中をグルグル廻っている。
「おい…あの、ごめん、大丈夫か?」
斈 緋劉に声をかけられて、彼の顔を見た。彼の瞳の奥の奥…見詰めれば壬 狼緋が居るような気がした。
「大丈夫よ、あなたは殺させないから…」
思わずそう呟いた。斈 緋劉は目を見開き私を見つめ返して来た。しばらく見詰められていて、私の方がハッと気が付いた。
「何、見てんのよ?」
「あ…うん、ごめん」
緋劉とギクシャクしながらお互いに顔を逸らした。
「事後処理が済んだら帰るから、浄化術使える人はこの辺りの掃除しといて~」
との、愁様の声に私は、はーいと声を上げて浄化術を使う為に広場の中央に走って行った。
この日から斈 緋劉は変わった。
あれほど私に嫌みを言ったり絡んだりしていたのに一切言わなくなった。そして挙句に私に霊術を教えてくれ…と言ってきたのだ。
初めは半信半疑だった霊術指導だが、緋劉が本当に真剣な事と、あれから二ヶ月経つが今だに熱心に指導を受けていることにやっと疑いの目を向けるのを止めた。
「私、緋劉ちゃんを見直したわ。だって自分より年下の女の子に庇われて、男の子の矜持がズタボロになってても可笑しくないもの。それなのに凛華ちゃんを妬みもせず、恨みもせず逆に教えを乞えるなんて男の子っぷりを上げたわね!流石、私の見込んだ男よ!」
いつの間に見込んだのだろうか?まあ岩乙女のお眼鏡に適ったのなら何よりじゃないかな。
岩乙女に体術と剣術を教えて貰い、私と伶 秦我中将から霊術を学び、斈 緋劉は愁釉王の言っていた通りにグングンと強くなっていった。
そしてその間にも異形のモノは各地に襲来していた。
初めて異形のモノの出現を確認してからこの三十年の間に、各地で目撃情報や襲撃の数が年々増えているらしい。
そして私が入隊してから半年が過ぎた。
「おーい凛華ちゃん、緋劉を連れて来てよ!」
愁釉王に廊下の向こうから声をかけられて首を捻った。
「闘技室にいませんでしたか?」
「漢…莉が今日の指導はもう終わったって言ってたんだけど、寮にも戻っていないって言われたんだよ、凛華なら場所が分かるのでしょう?連れて来てよ。」
思わず愁様に胡乱な目を向けてしまう。
「何か断言していますけど…私が今、緋劉がどこに居るか分かるとお思いなのでしょうか?」
「うん、分かるんでしょう?」
「…」
「はつこいをかえせ~♬」
「…分かりました」
本当っ根性悪い…。一つ息を吐くと霊力を集中した。ゆっくりと第壱遊撃部隊の詰所から霊力を拾って行く。
居た…裏山だ。
「連れて来ます」
「頼んだよ~」
ヒラヒラと手を振る愁様をチラッと睨んでから窓の外へ飛び降りた。そして人通りが無いことを良い事に風術で一気に裏山まで飛んだ。
我ながらすごい霊力だ、体ごと浮かせて飛ばせるのだ。もしかすると複数人も一気に運べるかもしれない。今度試してみようかな…。万が一、上空から落っこちても死ななさそうな岩乙女に手伝ってもらおうかな…。
裏山に足を踏み入れると、一直線に緋劉の居る方向に向かって進む。山に入ったついでに薬草を摘むことも忘れない。貧乏性だと謗られてもこれだけはやめられない。今も薬の類はすべて手作りだ。
梗凪姉様に薬作りを生業にしていたことがバレて、姉様の懇願により今は美容塗り薬の製作に着手している。故に薬草の研究には余念が無い。
草を掻き分けて、小川のほとりに出た。
細い岩の上に立って素振りをする斈 緋劉が居る。すぐに私に気が付いてパッと笑顔になると岩からストンと降りて来た。
「どうした?」
「愁様が呼んでるよ?」
「おっ?何だろう、了解」
この半年で背が伸びましたね、斈 緋劉。私もチビでしたがお蔭様で皇宮の食堂で頂ける食事(無料)が栄養満点で美味しくって、背が伸びて肉付きも良くなってガリガリのチビではなくなってきましたよ。
でも、その私より頭一つ大きくなってしまったね、斈 緋劉よ…ぐぬぬ、悔しい。
緋劉は自身の体に浄化術を使うと、私が手に持っている薬草籠を掴んだ。
「結構重いな、持つよ」
なんだこの…気遣いの出来る俺、格好良いだろ?みたいな対応はっ…いや確かに元々女性人気は高かったが、最近益々皇宮勤めの女官の方々から熱い視線を受けているのも知っている。
岩乙女がヤキモキして私の恋敵が増えちゃうから緋劉ちゃんは色気出すの禁止っ!…とかなんとか叫んでいたほどに、確かにキラキラした色気?だかなんだか分からないモノは発している気がしている。
そうなんだよな…出会いの頃は恐らく緋劉も子供だったから、私にも感情剥き出しみたいな対応をしていたけれど、年齢が上がってきて、落ち着いてくればこういう男の子になるのか…と思うと、緋劉も大人になり始めているのね…と感慨深いものも生まれる。
「ほら、貸して」
「ありがと…」
思わず感涙しそうになる。あんたっ大人になってっ…。ううっ。
横に並んで歩くとやっぱりまた背が伸びている気がする。おいっ…見上げると若干首が痛いよ?
「さっきから、何?やたらと見てくるけど?」
緋劉がジロリと私を見下して来た。
「うん…緋劉もとうとう大人の男になったんだな~と思ってね」
緋劉が何かに足が引っかかったのか、すっ転びそうになった。
「ちょっと大丈夫?」
「な、何…何だよそれっ…」
何だか真っ赤になっているけれど、褒められて恥ずかしいのかな?
「私も負けていられないな~早く大人の女にならないとね!」
緋劉は益々真っ赤になると
「りっ…凛華にはまだ早いっ!」
と、何だか分からん事を言って怒鳴った。何よ?少しは大人になったと思って褒めて上げたのにまたキイキイ怒っちゃって…。そうだ、怒りっぽい人には…これだ!
私は麻袋の中を弄って薬草を煎じた粉袋を取り出した。
「これ、緋劉っ飲みなさい!気を静める効果がある煎じ薬よ。これを飲めばあんたも…」
「もうっそれじゃないよっ!凛華の馬鹿!」
何だと?今馬鹿と言ったな?心の中で折角褒めていたのに…。
プンスカ怒って緋劉は一人下山してしまった…。なんでしょうね、アレ。ああ、書物に載っていた子供の反抗期という症状かもしれない。え~と時期が来れば落ち着くとか書いてあったっけ?
「やっぱり煎じ薬を飲ませないとね」
さて…私も下山して、愁様に一声かけてから女子寮に戻ろうかと執務室に向かうと、ちょうど緋劉が執務室から出て来た所だった。
「あ、ああ…良かった、お前にも話があるって…」
「何の話だろう?」
「夏の長期休暇の件だろう?」
長期休暇…。そう言えば寮に入寮する時に寮生活についての注意事項の冊子に書いてあったっけ。
「確か…夏の間は寮監の方やお手伝いの女官さんが休暇を取るから、寮は閉鎖されるのだったね。うっかりしていたな…二十日間だっけ…」
「お前どうすんの?」
「ん?実家に帰るけど…」
何だ?緋劉の目が何かを訴えているぞ…ジッと見てくるぞ…?
「俺も一緒に行っていい?」
どーしてそうなる!?
兎に角、愁様にお声かけをして「凛華は休暇は実家に帰れよー」と、帰り際に言われたので外に緋劉が居るかと思い、コソコソとしながら愁様に聞いてみた。
「あの斈 緋劉なのですが、実家に帰らないようなのですが…何か理由をご存じです?」
「ん?どうしてそれを聞くのかな~?」
「私の実家について来る…とか言っているからです…」
「のわははっ…いや~気が早いなっ!もう実家にご挨拶ーぅ!?」
「違うだろっ!」
全力で否定して、つい不敬な発言をしてしまったので「失礼致しました」と腰を落として非礼を詫びた。
「ぎゃはは…はぁはぁ…げほ…はあ…いや何…あいつはな~親から反対されて軍に入って来たんだって」
あらまあ…そうなんですか、それで?
「緋劉って満縞州の來慧亭っていう、燦坂にも支店があるだろ?あの大きな飯屋の跡取りなんだよ」
「ええっ!?満縞州に行った時に見たことのある、待ち人がものすごく並んでいるあの、來慧亭ですか!?」
すごく有名な料理屋さんじゃない…しかもちょっとお高めの…。私達庶民じゃ中々入れないあの飯屋…と愁様は表現しちゃったけど、高級料理屋さんの跡取り息子。
「実家に帰っても親から当たりが強いんだよ。家に帰り辛いんだと思うよ?だ~か~ら、ね?」
ねっ?て小首傾げられてもなぁ…。参ったなぁ…。理由聞いちゃうと断り辛いじゃない…。
執務室を出ると案の定、緋劉が扉の横に凭れて立っていた。
「なんか愁様めっちゃ爆笑していたけど、どうしたの?」
「一方的に笑われたのよっ…。で?やっぱり私の実家について来るの?」
緋劉は小さくコクンと頷いた。あああ…捨てられた獅子(愛玩用の小さい動物)の子供みたいな目で見ないでよ…。なんでまた瞳を潤ませる必要があるのよ?
「私の田舎…遠いわよ?」
「知ってる…」
そうだ…まだ試してないけど…アレなら田舎に帰る時の時間短縮が出来るんじゃないかな…。
「結構な命がけの旅路になりますが、覚悟は出来てる?」
緋劉は眉根を寄せた。
「何…?え、お前んちって確か楼柑村だろ?あそこに行くまでに害獣とか異形のモノとか出現したことあったっけ?」
何故私の村のことを知っているの?と言うツッコミはひとまず置いておいて…。
まあその方向では無い危険を伴いますけどね!まあ事前に安全確認はするから心配は御無用よ!
そして、寮が閉鎖された、その日の朝…。
「うえぇぇ…!?嘘だろ!?」
「本当よ?大丈夫~大丈夫~。漢莉姉様を使って事前練習はしてきたから!あの姉様の巨体でも上手く運べたから無問題よ!」
そう…馬車移動だと街道を通るから時間がかかるけど、直線距離で山の上を突っ切れば一日、長くて二日で飛んで帰れるものね!いや~この風術使えて良かったわ~!
「無理無理無理…」
「なぁに?あんた高い所苦手だったっけ?」
「それは全然大丈夫だけど…なんで…その…」
「何よ?」
「そ、そんなに体を密着させないといけないんだよぉ!」
また緋劉がプリッと怒って私を指差した。私は緋劉に向かって両手を広げた姿勢のまま小首を傾げた。
「なんでって、私の体から離れてたら落ちる危険性があるからじゃない。いくらなんでも落下して行く人を風力で上げて運ぶのはまだ試したことないから怖いわ…それに万が一落ちちゃったら山の木々に串刺しにされて…ご冥福をお祈りします」
「えっ縁起でもないこと言うなよっ!何だよもう…!」
なんでまたそんなにプリプリ怒るかな…そんなに言うならやめましょうか…。
「分かったわ、じゃあ私一人で帰るから」
私がそう言うと緋劉はまた捨てられた獅子の子供みたいな目をして見詰めてきた。
「だから、緋劉は漢莉お姉様の所で泊まってね。私と一緒に帰れなかったら泊めてあげて下さいってお願いしたら大喜びされちゃったよ?だから泊めて下さいって直接お家に伺っても大歓迎だと思うけど…?」
緋劉は目を見開くと段々顔色を悪くしていった。
「漢莉…って漢岱少尉の事だろ?」
「そうだよっ緋劉ちゃんと夜も一緒ね♡って言ってたけど…添い寝してくれるのかな~優しいね、漢莉…あれ?何?」
急に近づいて来ると、緋劉は私に抱き付いてきた。く…くるしぃ…。私の体が緋劉の腕の中にすっぽり収まるね…。
「早く行こう!一刻も早く移動しよう!ヤツが来る前に急いで逃げよう!」
な、何?と…思ったけど、まあ飛んでくれる気になったのなら無問題よね?飛ぶのを愚図ったらこう言え!と漢莉姉様の言った通りの事を言ってみたんだけど、すごい効き目だね。
私も緋劉を落っことさないようにしなきゃ…と緋劉の背中に手を回した。すると緋劉がビクついたけど…まだ怖いのかな…。
「さあ行くよ~!」
私は風術の術札を握り締めた。体がフワリと浮かんで…飛び上がった。そして楼柑村の方角に体を向けると一気に飛び出した。
夜も一緒ね♡
緋劉には異形より恐ろしい生き物でした