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奥の手の秘薬

「だっ!」

「なぁーにが殺してだ! まだケツの青っちいわっぱが! 百年早いわ!」


 頭を押さえて呻く少年に叫ぶ。

 そのまま説教に突入しようかというとき、衛兵たちがレインに殺到してきて部屋の外につまみ出された。

 ばたんと閉じられた鉄扉の外で、衛兵はレインの前で渋面を作る。


「先生。さきほど、危害は加えないと仰っていましたよね……?」

「捻くれた童に説教してやることは危害とは言わん」


 それに十分すぎるほど手加減はした。

 レインが本気で拳を放てばこの塔ごと崩壊させることもできる。あの程度の拳は軽く撫でてやったようなものだ。


「とにかく自重してください。次に同じことをやったら、あなたを罪人として捕らえねばなりません」

「なんじゃ子供一人にゲンコツしたごときで大袈裟な……そんなに偉い身分なのかあれは?」

「……くれぐれも内密に願いますよ」


 こちらが尋ねると、衛兵は声を落とした。


「あのお方はこの国の第一王子のアデル殿下です。次代の王となる方なのですから、どうか慎重な言動をお心がけください」

「ふん。次代の王になるというのも命あっての物種だろうが。叱ってやって何が悪い。それにこのまま妾をつまみ出せば、それこそ次の王だなんて夢のまた夢だぞ」


 鼻で息を吐き、レインは眉根に皺を寄せる。

 部屋に入ってゲンコツをかますまでの間に、少年の生命力がどの程度のものかはしっかり見て取った。


「夢とは……?」

「あの童、見た限りではかなりの重症だ。他の医者が手を尽くした上であの状態なら、もうあと一年も持たんだろうな。ここは黙って妾に任せるのが賢明だぞ」

「む……」

「ほれ、さっさと扉を開けんか」


 勝ち誇りつつ、レインは思わぬ幸運に内心でほくそ笑んでいた。

 まさか次代の王に恩を売れるチャンスが巡ってくるとは。ここで信頼を得て国の中枢にコネクションを作っておけば、憎き『魔法使い』どもの情報を手に入れやすくなる。

 さらにいえば、いざというとき国の上層部を一挙にまとめて吸血・下僕化することも容易い。


 得体の知れない『魔法使い』どもが潜んでいる以上、今はまだ吸血行為に及ぶわけにはいかない。

だが、いつでも吸血できるような体制を整えておくのは今後のために大事だ。


「分かりました――が、どうか殿下を頼みます」

「うむうむ。妾にすべて任せておけ」


 親指を立てたレインは閂を外して再び鉄扉を開く。


「よし童。診てやるから血を貰うぞ。おい衛兵、針をよこせ。さっき渡したカバンの中だ」

「針ですか……」


 カバンを持っていた衛兵が難色を示した。


「なんだ、まだ疑っておるのか。毒なんぞ塗ってないというのに。まあ、疑うのならそっちで用意してもいいが」

「は、そうですな。では申し訳ないのですが、こちらの方で用意を……」

「いいよ。渡してやってくれ」


 と、ここで寝台にいた少年――アデルが言葉を発した。

 開口一番に殺してくれといったときは丁寧な口調だったが、殴られて不貞腐れたのか今はちょっと粗い口調である。


「もし毒とか塗ってたらそっちの方がすぐ死ねてちょうどいい。早くやってくれ」

「おお童、話が分かるな」


 この場で一番偉い者――王子からの許可を確認するや、レインはカバンをひったくって素早く針を取り出した。熟練の衛兵たちも反応できぬほどの早業である。


「ただし死なせはせんぞ。ぬしには治ってもらわねば妾も困るからな」


 大事なコネクション作りの一環である。

 この少年も病の苦痛で生きる気力が萎えているのだろうが、完治すればこちらに感謝することになるだろう。


 死人のように青白いアデルの腕を取り、針を一刺し。大人でも苦手な者は目を背けるが、少年は虚ろな様子で採血をじっと見ているだけだった。


 さっそく浮いてきた血を指に取って舐める。


「うわっ、なんだこれは。ひどい味だな」


 予見はしていたが想像以上だった。死にたての死人の方がまだマシな血をしているかもしれない。

 おそらくは内臓。それも複数が機能不全を起こしている。しかし外傷や流行り病といった外因性の不全ではない。おそらくは先天性か。


 いずれにせよ、これだけ重症となると普通の治療法では手の施しようがない。


「ど……どうですか先生? 今ので何か分かったのですか?」

「もちろんだ。こりゃあもうダメだっていうことが分かったぞ」


 愕然としかけた衛兵に対し、しかしレインは笑ってみせる。


「普通のやり方では、な。しかし妾は普通を超越する名医だ。こんなこともあろうかと、秘蔵の特効薬をしっかり用意してきてある」


 満を持してレインがカバンから取り出したのは、透き通った水のごとき液体の入ったビンである。


「おっと、製法は聞いてくれるなよ。こればっかりは商売の秘密だからな。ただ、不安というならこの場で妾が毒見に飲んでやってもいいし、ぬしらの誰かが毒見してもいい」


 ちゃぷんとビンの中の液体を揺らす。

 その正体は――レインの血である。


 正確にいえば、レインの血液を真水で約1000倍に希釈した代物である。


 ほとんど不老不死といっていい強大な生命力を持つレインの血は、それを飲む者に絶大な治癒作用を与える。

 希釈しているので効果があるのは短期間だけだが、その間に内臓が健康な状態に治癒されればその後は普通の暮らしが送れるようになる。


 ちなみに、十分に希釈しないで投与すると人間でなくなる。半端な吸血鬼となってしまえば、そのまま魔力に呑まれて闇に溶けるおそれもある。使用に細心の注意が必要なのは、他の薬と変わりない。


「どうした? 毒見はいいのか?」

「では私が……」


 衛兵が進み出ようとしたが、またもアデルがそれを制した。


「毒を盛るつもりなら、さっきの針でとっくにやってるだろ。いいから早く終わらせてくれ」


 さっと手を伸ばしてきたアデルに、ガラス瓶から杯に注いだ液体を渡す。

 渡されるなり少年は無感動にそれを飲み、喉を鳴らし――


「……!」


 わずか数秒で目を見開いた。

 レインの血には極めて高い即効性がある。きっと飲んですぐに疼痛が収まったのだろう。


「効いたみたいだな。んじゃ、妾はもう帰るぞ。今後も何かあったらいつでも呼んでくれていいからな。ぜひ名医として信用してこれからもいろいろ頼ってくれ」


 これにて仕事完了。

 だが、未だ信じられないという様子の衛兵たちは慌てて呼び止めてくる。


「せ、先生? もう終わったのですか?」

「ん、そうじゃ。今の薬でぜんぶ解決」

「はあ……でしたら今日はもう遅いので、泊まっていかれたら……」

「いやいや、今日中に村に戻って明日の診察の準備をせねばならん。これ以上帰りを長引かせたら、助手を家に帰らせてやるのも遅くなるしな」


 しかし、レインの固辞にも関わらず衛兵たちは執拗に滞在を申し出てきたので――


 致し方なく、撒いて帰った。


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