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魔法使いという仇敵

「魔法使い……?」


 レインは当惑した。

 確かにレインは魔法を扱うことができる。しかし、『魔法使い』などと呼ばれたことは一度もない。あくまで吸血鬼は吸血鬼である。


「何を言っているのかちっとも分からん。わらわはただの田舎医者だぞ。その魔法使いというのは……何だ? 魔法を使える人間がいるのか?」


 警戒しつつ探りを入れてみる。

 老紳士たちはあくまで恭しい態度を崩さぬままに答える。


「はい。不思議な力をもってして人々に恵みをもたらす存在――それが魔法使いと伝えられています。おとぎ話のような存在かと思っていたのですが、まさかこうして本物に出会えるとは……」

「待て。いつ妾が本物などと言った」

「何を仰います。一目見ただけで病の正体を見抜き、貧富を問わずどんな者にも救いを与える……貴女の行いこそ、魔法使いの伝承の体現でございます」


 既に向こうはこちらを『魔法使い』だと決め込んでいるようだった。

 目立ちたくない身としては困った状況ではあるが、これは重大な新事実の発見ともいえる。


 ――人間の中に、魔法を扱える者がいる。


 一族に危機が及んだとき、己自身を眠りから目覚めさせるようにレインが仕組んでいた魔法。その魔法はなぜか結局作動せず、こうして目覚めた今ではすべてが手遅れになっていた。


 どうやって人間どもが目覚めの術を無効化したのかと思っていたが、ようやく分かった。

 その『魔法使い』とやらが、レインが目覚めぬように小細工を働いてくれたのだろう。


 元来、人間は魔力を持たぬ生き物ではあるが、もしかすると突然変異でそういう連中が生まれるようになったのかもしれない。

 それにしても、吸血鬼の祖である自身の魔法を無効化してくれるとは……やはり人間とは侮れぬものである。


「それで、もし妾が魔法使いだったらどうだというのだ? 他の魔法使いのところに案内でもしてくれるのか?」


 レインはわずかに殺気を研ぎ澄ます。

 その魔法使いどもは、眷属こどもたちの滅びに加担してくれた大罪人だ。こちらを仲間と勘違いして懐に招いてくれるなら、一人残らず地獄を見せてやるつもりだった。


「いいえ、残念ながら。おとぎ話のような存在とさきほど申し上げましたとおり、遥か昔に彼らは姿を見せなくなってしまったのです」

「……ふむ?」


 レインは疑問に首を捻る。

 魔力をもっていれば、他の人間よりも優越的な地位に立つことは難しくない。吸血鬼撲滅の功績をもってして、権力者となることも容易だったはずだろうに。


 しかしかえって厄介だ。こちらの魔法を無効化できるほどの連中がどこに潜んでいるか分からないというのは、あまり好ましい状況ではない。

 やはり今後はますます正体を悟られぬように気を張らねば。


「まあ、何の用事だったかは知らんが妾はぬしらが期待するような魔法使いではない。ただの医者だ」

「しかしさきほど、ただの一目でこちらの仮病を見破ったではありませんか」

「それだけ妾が名医ということよ。極めすぎた技術は常人には摩訶不思議と映るのが世の常というものじゃからな」


 レインはしっしと手を振る。


「ほら帰った帰った。病人と怪我人以外はお断りだ。さ、助手。午後の仕事も頑張るぞ」

「はい!」


『魔法使い』という油断ならない連中がいる以上、今の自分がすべきは医者として足元の評判を固めることだ。人々の信頼を得れば得るほど、疑いの目を向けられにくくなる。

 つまりは職務最優先。

 老紳士たちを無視して診療所に戻ろうとするが、慌てたような声で呼び止められる。


「お待ちください! さきほど病を装ったことは申し訳ありませんが……本当に病人がいるのです! あなたが魔法使いでなくても、それと見紛うほどの名医であるならぜひ治療をお願いしたい!」


 診療所のドアに手をかけていたレインは「む?」と目を細めて振り返る。


「おらんじゃろ。ぬしも、従者も、馬車の御者もみーんな健康であろう。この期に及んでまだ妾を担ぐつもりか?」

「……ここにはいないのです。本当の患者は、訳あって都から動かすわけにはいかないのです」

「なんじゃ。往診の依頼か。それならそうとさっさと言えばいいものを。ええと助手、往診予定はどんな感じだったか?」


 尋ねると、少女は診療所の中から直近のスケジュールの書かれた黒板を持ってきた。

 二人してしゃがんでそれを覗き込みながら、余裕のありそうな時間帯を検討。


「あ、ちょうど今日の夕方なら予約がないですね」

「うむ。午後の診察終わってすぐ都に行って、夜のうちに帰ってくれば明日の準備もできるしの」

「お待ちください」


 スケジュール確認をしていると、老紳士が割って入ってきた。


「都までは長い道のりです。今日や明日での旅というわけにはいきません。街ごとに早馬を乗り継いで全速力で駆けても、数日はかかるでしょう。この村へは近辺の街から他の医師を手配しますので、どうか予定は気にせず今すぐに来てもらえれば……」

「ああ大丈夫大丈夫。妾は名医だからちゃんと往診には遅れずに行くのだ。ぬしらよりも先に到着するだろうから、紹介状と患者の居所の地図を夕方までに準備しておいてくれ」

「しかし……」

「おっと。もう診察時間が始まっているから、また後でな」


 レインはそう言って助手の少女とともに診療所に入る。今日は比較的すいている方だが、それでも十数人が集まっている。

 これを夕方までにしっかり捌ききらねば。


 と、助手の少女がこちらの服の袖をくいくいと引っ張ってきた。


「ん? どうした?」

「ねー先生。もし先生がいないときに急患さんが来たらどうすればいい? 遠いところに行くんでしょ?」

「そうじゃな……」


 一秒だけ対策を考えてから、レインはすぐに頷く。


「妾に向けて強く念じろ。そしたらすぐ戻る」

「はい!」


 遠方往診のノウハウも整えられ、診療所の運営はますます盤石なものとなりそうだった。


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