都よりの来訪者
「ぐわーっ! やられたーっ!」
真正面から一太刀を浴びて、レインは地面にばたりと倒れ伏した。
最強不敗の存在である彼女に土を付けられる者など存在しないはずだが、
「やったぁ! 先生に勝ったぞ!」
子供とのチャンバラ遊びとなれば話は別である。布を丸めたオモチャの剣を掲げ、まだ幼い村の少年たちがわいわいと歓喜の声を上げている。
寝ころびながらレインは密かにほくそ笑む。
無論、これはただ遊んでやっているのではない。全人類を下僕とするための、事前調査の一環である。
「これはやられたのう。妾の完敗じゃ」
「へっへ! すごいだろ!」
大人が相手だと、下手に探りを入れればこちらの正体を悟られかねない。
しかしまだ無垢な子供が相手であれば、警戒されずに諸々の情報を得ることが可能だ。
子供――特に男児は強いものに憧れる習性を持つ。
レインがかつて吸血鬼の子供らの面倒を見ていたときも、男児たちは「勝負しろー! 勝ったら僕が一族の長だー!」と無謀な挑戦を挑んできたものである。
ゆえに今回は、チャンバラ遊びから人間の保有する戦力に話題を移していくのが狙いだった。
「いやーしかし、妾も腕には覚えがあったのだがな。やるではないか童たち」
「えー? 先生、全然弱かったぞ?」
もちろんこの程度の煽り文句を気に留めるレインではない。
もしもこちらが本気でチャンバラに挑んでいれば、今ごろそっちは完敗で大泣きしていたはずである。そう思えばちっとも腹は立たない。
「――そんなに強いとあらば、将来は兵隊などになるのか? この国の兵隊というのはどのくらい数がいるのだ?」
本命の話題を切り出しつつ、ちらりと横目で反応を窺ってみる。
が、意外にも少年たちの反応は鈍かった。
「いやー……オレたちは家の畑があるからなあ。兵隊とかはよく分かんないや」
「えっ」
まさかの展開。
確かにここは辺境といっていいほど田舎の寒村だ。お国の詳しい情報など入って来ないだろう。
だが、冷静に考えてみればそれも悪いばかりではない。
情報が届きにくいという条件はお互い様なのだ。
つまりレインがこの辺境にいる限り、警戒すべき国のお偉方にもこちらの情報はそう簡単に届かないということである。たまたま見つけた村ではあったが、図らずも隠密行動をするには絶好の拠点を得たといえる。
どうせ元より一年や二年で復讐を完遂できるとは思っていない。
情報収集は時間をかけてコツコツと地道にやっていけばいい。大事なのは敵に補足されないことだ。
この村で過ごしていれば、よほど目立つことをしない限り――
「せんせぇー! もう休憩終わったよぉ! また村の外からお客さん来てるんだから!」
と、ここで診療所の方から助手の少女が走ってきた。
「おお、そうかそうか。遠くからの患者か? それなら待たせてしまっては申し訳ないな」
「うん! 都からのお客さん! 先生のこと、すごいお医者さんって都でも噂になってるんだって! 血を舐めただけでなんでも分かるって!」
「はっはっは、そうかそうか。そこまで評判がよいと妾も頑張り甲斐があるというものだな。午後の診療も気合を入れていくとしようか」
「はい先生!」
先導する少女に手を引かれながら、レインは診療所へと駆け戻る。
何か微妙に引っかかるような気はしたが、医者としての名声が高まっているのは素直に喜ぶべきことである。
信用が得られれば得られるほど、今後の計画が進めやすくなる。
診療所に着くと、正面に飾り付きの豪奢な馬車が止まっていた。その中で穏やかに座っているのは、見るからに裕福そうな老紳士である。
「――ああ、貴女が噂のお医者様ですか」
こちらに気付くと、老紳士が重々しそうに身体を動かした。すかさず控えていた従者たちがその身を支え、介助しながら馬車から降ろす。見るからに重病人らしい仕草だ。
「都の医者という医者を巡ったのですが、どこからも匙を投げられましてな……。そんな折に貴女様の評判を聞き、もしやと思って」
「うん? そりゃあ匙を投げるだろうよ。ぬし、どこも悪くなかろう。仮病じゃろそれ」
レインは即断した。ぱっと見ただけで、その老紳士の生命力がちっとも衰弱していないのが分かったからである。
「私が仮病? なぜそのようなことを仰る……」
「そんなことは演技をしているぬしが一番よく分かっているだろう。ほれ助手、針」
「はい!」
促すと、助手の少女がガラス管に詰めた消毒済の針を差し出してくる。
レインは老紳士の手を取り、その甲にぷすりと一刺し。浮いてきた血を指に取って舐めた。
「歳食っててちょっと渋みがあるが、変な味はせんな。やっぱりどこも悪くない。なぜ病人のフリなどする?」
老紳士はすっと表情を消し、周りの従者たちと視線を交わし合った。
「もしやと思って来てみたが……」
「本物か……?」
もちろんレインは何のことだか分からない。というか仮病で茶化してきた上に、まだ時間を取らせるつもりだろうか。
「ほれ、用がないなら帰った帰った。妾は忙しいのじゃ。冷やかしなら他所でやってくれ」
「謀ったことは申し訳ありません。ですが、決して冷やかしではないのです」
と、老紳士が帽子を外し、こちらに向けて跪く姿勢となった。周りの従者たちもそれに倣う。
「な、なんじゃ。藪から棒にかしこまりおって」
「我らは王よりの使者にございます」
その言葉を聞くや、一瞬にしてレインは硬直した。
王?
なぜだ。
絶好の潜伏地たるこの村で、さらに絶好の隠れ蓑である医師という役を完璧に演じていたというのに。ここまで早く察知された理由が分からない。やはり人間とは末恐ろしい。
――仕方ない。かくなる上は、今この場より全面戦争といくしかない。
レインがその身に宿る魔力を解放せんとしたそのとき、老紳士は続けた。
「あなたを本物の『魔法使い』と見込んで、お願いしたいことがあるのです」
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