表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/121

第八十八話 ワンス・アポン・ア・タイム・ホエン・ブレードランナーズ・ラン・ブレード その一

◆「ワンス・アポン・ア・タイム・ホエン・ブレードランナーズ・ラン・ブレード」その一◆


 かの地、かの刻、(まか)りいでし魔剣の王。

 天には銀なる三つの満月が輝き、地には黄金たる楽土の牧草が伸びる。

 ああ、いと恐ろしき魔剣の王よ。

 いと恐ろしく無慈悲なる魔剣の王よ。

 黒き羽衣はひるがえる。その目、その指は滅びを告げる。

 楽園は終着せり。平穏は崩壊せり。安寧の微睡(まどろ)みは今ぞ醒める。

 炎を()べよ。刃を並べよ。地に広がりし人の穂頭を収穫せよ。

 ()く駆けよ。()く駆けよ。いざ駆けよ黒死よ、風よりも早く駆けよ。


 妖艶なる寵姫が謳う。黒髪赫眼の寵姫が謳う。

 ()れなる台臨の栄光を(たた)えよ。降魔の親征を(あが)めよ。

 その名、呼ぶに(あた)わず。

 その名、呼ぶべからず。

 これなるは魔剣の王。

 地に満ちたりし人の仔を刈り取る、いと無慈悲なる魔剣の王なり。


 その蒼き手の伸びうるところには血の泉が湧き、その暗き瞳の捉うるところには肉の城が立つ。

 魔の谷より(いで)しかの者の指は留まるところを知らず、ただその喉は殺戮の美酒に酔う。

 かくも鋭きその魔剣は、人を穿ち、地を穿ち、天を穿つ。


 この地、この刻、(まか)り越したりし魔剣の王。

 街には腐臭漂う屍山が積もり、野には白骨飲み干す血河がたぎる。

 ああ、いとも恐ろしき魔剣の王よ。

 いとも恐ろしく無慈悲な魔剣の王よ。

 蒼き刃はほとばしる。その声、その意は終わりを告げる。

 創世の剣は堕ちたり。繁栄の帝国は朽ちたり。神々の去りしこの竜の大地に、最早、英傑(えいけつ)など現れぬ。

 書を()べよ。首を並べよ。地に広がりし人の栄光を伐採せよ。

 死よ駆けよ。死よ駆けよ。いざ駆けよ黒死よ、嵐よりも強く駆けよ。

 

 黒髪赫眼の寵姫が謳う。死の衣を纏いし寵姫が謳う。

 ()れなる降臨の繁栄を讃えよ。天魔の征伐を崇めよ。

 いざ、人の仔よ。

 その名、呼ぶに能わず。

 その名、呼ぶべからず。

 かの者こそ魔剣の王。

 天に懐きし二つの月を喰らいせし、いとも恐ろしき魔剣の王なり。


                 ――――戯曲「魔王」序幕の二より。



 ◇ ◆ ◇



 竜の大地(ドラカガルド)の胴体に栄えしティグルマルク王国。その最東端、南の大中津海(おおなかつうみ)めがけて突き出した大翼の半島の付け根――――ウァウスリウトの墓守の国との境の街。

 大山脈の麓の街は、大いなる熱気に沸き立っていた。

 やがて降りたる天幕に、万雷の喝采が上がる。

 流れる汗に濃い桃紫色の髪を額に貼り付けて、黒衣に身を包んだ少女は――――ジゼル・ア・ルフセーネは、満足そうな笑みを浮かべた。

 今回の公演も成功だ。この声を聞けば判る。人々は、恋するだけでなく祈れるのだ。暖かで確かな、希望への祈りを持てるのだ。

 そう、この世には――……


「うぅ……ジゼルぅ……怖かったよぉ……」

「まーたそんなこと言って……はいはいよしよし、偉いわねシグネ。今回も立派に主役を努められたじゃない!」

「ジゼルぅ……ぼく、偉い? がんばった?」

「ええ! 偉い偉い! すっごく良くできたわ! 魔剣の王を一人で討つガルボルクの剣士! 伝説の〈赫血の妖剣(スクレップ)〉の使い手にして、人々の明日への希望の守り人! 当たり前を願うものの最後の味方! 私の脚本を完璧に再現したわね……いや、脚本以上よ!」

「え、へへへ……やったぁ……えへへ、へへ……ぼくがんばれたんだぁ……えへへ」


 きゃいきゃいと手を取り合って、黒髪と桃紫髪を振り乱して回る二人を眺め――かつらを外した金髪の少女、イングリッドは吐息を吐いた。

 そんな彼女は、剣士の恋人役。……丁重に辞そうと考えたが、結局我らが棟梁に押し切られる形となった。

 隣で黒髪のかつらを外したリアーネ――緑髪のリアネシアは、魔王の寵姫を務めていた。赤眼黒髪で妖艶とされる魔性の女だ。


「ジゼル先輩も変わりましたよねー……前は『絶対にこんな暗い題目はやらないー!』とか『こんなのでどうしたら恋ができるのよー!』とか言ってたのに……。おまけに台本も自分で作りだすし……」

「それを言ったら、イングリッドちゃんもじゃないでしょうか? ジゼルちゃんも言ってましたよ? 『恋する乙女の演技が上手になった』って」

「………………………………ジゼル先輩には勝てないしー。ジゼル先輩には負けるしー。っていうか、演技力の話ならリアーネ先輩にも負けちゃいますしー」


 そうだ。リアーネとて、あれから演技に幅が出るようになった。運動能力は相変わらずであるが、一体どこにそんな演技力を隠していたのか……今回の世界を焼くほどの情熱を持った寵姫とて、鬼気迫る勢いであった。

 ……改めて、人とは、明日とは判らないものだ。

 判らなくて、だから明日が楽しみで、きっとそれが世界に恋するってことで――――そしてこの世界には、そんな恋を守ろうとする者もいるということで、


「さーて、アンタたちー! お風呂入りながら疲れごと今日の問題点を洗い出すわよー!」

「ええー……」

「ジゼルせんぱーい、イングリッドちゃんはクタクタですー! 労働はんたーい! はんはんたーい!」

「あはは……」

「何言ってるのよ! 私たちはこの世界に恋をさせるの! 私たちが恋をするの! 全力に決まってるでしょ、全力に! 恋は命懸けなのよ、命懸け! ここが死地なのよ!」

「ええー……」

「はいはい、文句はお風呂で聞くから! 撤収しなさいな! 撤収! いい! 休むためにも早めに動くのよ! 休むのと動くのは同じ意味なのよ!」


 『はーい』と声を揃えて立ち去っていく面々を眺め、ジゼルは満足そうに頷いた。

 今は付き人もいない為にジゼルが皆の音頭を取っているが……まぁ、これで良いのだ。やはり自分たちの恋は自分たちでなんとかすべし。その鉄則こそが大切なのだ。

 そのまま、ふと背後を振り返り、


「あ、そうだ。アンタも――……」


 ……思わず口から出てしまった言葉が止まる。

 誰もいない舞台。いるはずもない舞台袖。そこにはただ、静けさだけがある。

 打ち切るように独り首を振り、ジゼルは小さな吐息を漏らして仲間の元へと走り出した。

 天幕の向こう、最前列に一つだけ開けられた空席。

 来る人のない席。そこだけは、常に清潔に整えられていた。



 ◇ ◆ ◇



 湯が湧くということは、つまり概ね火山があるということだ。

 すなわちは山があるということで――つまりは大陸プレートの結合場所。重なりあって片側が押し上げられし先、ということである。

 はてさてこの竜の腹の先端部に当たる部分は、過去の大陸移動の産物であるのか――……とまで考えてシラノは首を振った。

 無意味な想像だ。何せ竜母神が死したる後にその身体が大地となったと伝えられている竜の大地(ドラカガルド)であるのだから、前世の常識が必ずしも通用するとは思えなかった。

 ともあれ、


「……」


 目指す先は山だ。

 二つ目の難行、炎熱の窪地を持つイクシオン山を超えた更に向こう。

 岩肌を削り、山嶺に作った岩石の街――ガルドヴァレイ。

 かつて世を席巻せし魔剣の王が生まれ、その更に昔はカインザック窟の分家も在していたと言われる良質の“結晶”を産出させし採掘の街。

 つまり、まぁ、要するに山だ。

 というか今も、山道である。


「……」


 木々が点在する禿山めいた山道。雨風に風化した剥き出しの岩はゴツゴツと荒く、足元もまた小石と砂ばかり。

 砂埃と共に、カラと小石が転がり落ちた。

 片側の斜面から足を踏み外してしまえば、瞬く間に滑落して頭蓋をかち割られ死に至るだろう。

 目指す先は感動的なほど見事に黒く木の生い茂る霧漂わせし魔峰なれど、この場にフローを伴うことがなくて良かったと心底安堵した。


「……なぁ。そういえばアンセラ……“黒死風(こくしふう)”って知ってるか?」

「“黒死風”? ……んー、どこまで本当かは判らないけど聞いたことあるわよ。魔剣欲しさに領主とその一団に襲いかかったとか、山賊の一団を壊滅させたとか……多分、魔剣の蒐集家じゃないかって噂」

「噂? ……噂しか、知らないのか?」


 片眉を上げたシラノへ、炎髪を靡かせて未亡人めいた黒ドレスのアンセラは頷きで返した。


「冒険者ならそこそこ判るんだけどね……んー、どんな仕事なのかしら? 斥候猟兵(ウォードレイダー)みたいな暗殺者なのかな? 実際良くは判らないんだけど……ああでも、スヴェルアーク製の魔剣を使うとは聞いてるわね」

「スヴェルアーク製の魔剣……」

「『刀身に魔の力を持つ』よ。…………って、アンタまさかそんなことも知らないで魔剣と戦ってたの!? ちょっと本当に!? 本気で!? どんな蛮人よ!?」

「……いや、セレーネは教えてくれなかったんで。というか分類とかあるんスね」


 あまりにも信じがたい存在と言わんばかりに口に手を当てられてしまうと、流石に不本意だ。

 戦闘において情報が大切だとは、孫子は言うに及ばず、かの歴史に名高きガイウス・ユリウス・カエサルがガリア戦記に記した通りである。

 このガリア戦記、元は戦況報告書であったというのが本当に凄まじい。二千年後の未来においても書物として親しまれるなどと、一体カエサルという男はなんと優れた傑物なのだろうか。

 かのカエサルは己がアレキサンダー大王の歳になっても事を為せないことを嘆いたというが、最早その視点こそが素晴らしい。

 やはり人とはかくも高みを目指してこそ歴史に名を残せる、と知らしめるものである。


(……)


 ところで歳と言えば今シラノは数えで十七であるが、かの源義経はもうとっくのとうに鞍馬寺を出奔し平泉に至っているし、ナポレオン・ボナパルトは最短記録で士官学校の砲兵科を卒業。

 なんと織田信長公に至っては初陣は愚か結婚まで済ませている。

 あと一年もすれば信長公は家督を継いだ歳であり、果たして己は随分と無為に今生を過ごしたなあ……と思わざるを得ない。

 いや、悔みはしないが。それでも素振りの一つや二つはしておけばよかったとは思わなくもない。


「急になに黄昏れてるの? フローさんのことでも考えてた?」

「……………………なんでそこで先輩が出てくるんスかね。……おい、なんだよその目は。なんスか。なんだよその目は」

「えー? べーつーにー?」


 意味深な笑みを向けられるのにマフラーを引き上げて返す。女のこういうところは本当に好かなかった。

 かと言ってこちらがやり返す訳にも行かず(特に指摘すれば酷い侮辱かつセクハラで士道不覚悟だろう)、ボリボリと頭を掻けば……背後から蚊の鳴くような女性同然の甲高い声がかかった。


「キ、キミたちさぁ……! ぼ、僕をもっと気遣うべきじゃないのか!? こっちは冒険者なんて脳みそまで筋肉と暴力までできてるワケじゃないんだぞ!? おい、聞いてるのか野蛮人たち……! なあ……!」


 弱々しく杖をつきながら、ブラウスとチェックズボンに身を包んで丈長い刺繍外套(コート)を羽織ったひょろひょろの身体を引きずってくる青年。

 金髪碧眼にして眉目秀麗――普段ならば麗しいと讃えられていたであろうその顔は、慣れぬ山道に無様なぐらい歪んでいた。

 今回の難行の、そもそもの依頼者。カレドヴァレイの魔剣の村の村長の子供。

 アンセラが同行することになった原因である。

 名前は――……なんと言ったか。

 侮辱なのか自慢なのか諧謔なのか判らない自己紹介で何やら言われていたが、ほとんど聞き流していたので覚えていなかった。


「キ……キミたち冒険者は気を遣うって言葉は知らないのか!? フン、これだから他に何もできずに暴力を売り物にするしかない野蛮な奴は困るんだ! いいかい? せめて仕事にしているというなら、僕のような依頼人を気遣ってだな――――」

「……あら、ならその暴力を味わってみたい?」

「ひっ……ぼ、暴力反対っ! 反対っ! そっ、そこの剣士クンからもなんとか言ってやってくれ! い、言ってやりなさい!」

「うす。……アンセラ、腹減ったんスか? 干し肉あるぞ?」

「アンタあたしのこと馬鹿にしてない!? あたしのことなんだと思ってるワケ!? 野犬? 野良犬? あんたから貪り食うわよ!?」

「ひっ……ちょっと何してるのさ剣士クン!? 火に油注いでどうするんだよキミさぁ!? ちょっとぉ!? やめてくれないかなぁ!? 心臓に悪いんだけどなぁ!?」


 今にもヒステリックに喚き出しそうな彼の泣き言に、ううむとシラノはマフラーを上げた。

 あまりこういうことを言いたくはないが、「魔剣を持ち逃げされたくない」と同行を決めた彼のせいで行軍が遅れている。まぁ、言葉を選ばずに言えば、お荷物だった。

 刑事ではないが、冒険者とは足で稼ぐものだ。

 “宮守徒(ガーディアン)”の異名を持つ魔剣使い、この世界でも実に有名な狩人賢者マース・ア・シーンの記した冒険の手引にもそう書かれている。

 生粋の冒険者であるアンセラは勿論、セレーネやメアリ、無論のことシラノもまた健脚である。

 『進むも止まるも足がなければ死ぬ』……つまり日々の僅かな鍛錬や努力なくして選択肢はない、後先を論ずるよりも地道に何かしろという獣人の格言にもそれが現れていた。


「……」


 視界の遙かに横たわる霧の満ちたる黒山を見る。

 このままでは、到着は夜半になるだろうか。思わず眉間に皺を寄せれば、顔を覗き込んだアンセラが満足げに笑った。


「へー、その分じゃ今回はちゃんと調べてきてるのね……魔犬モール・ダ・ドゥーについて。……うんうん、難行ってのは情報集めからして自力だからね」

「ああ……確か、影から現れるからその縄張りで影に入ってはいけない……だったか? ……聞き込みぐらいはしたっスから」

「んー、正しくは少し違うわね。“奴ら”は影から影に飛び移る。だから一度でも狙われたら影のできる場所に行っちゃいけない……よ? 影に潜んでるときは“貴”の輝石による浄化も通用しないから注意が必要で――……あっ」

「……」

「い、今のは依頼人に向けていったのよ!? 言ったんだからね!? あんたの難行の手助けなんかじゃないわよ!? 自分一人でやるのよ、自分一人で! あたしに頼るんじゃないわよ!?」

「うす」


 こんな面倒見のいいアンセラが独力が必要な難行の監督役を務められるのか、若干疑問はあった。

 とはいえ古の言い伝えとは異なり、冒険者に課される難行とはあくまで依頼を元にした――複数人前提や依頼金が等級に見合わぬなど――ものであり、途中での辞退は認められている。無理して死なれても、誰も得をしないからだ。

 そういう意味では彼女は適役なのだろう。あからさまな無謀ならば、首根っこを引っ掴んででも止めそうだ。

 ……と、金髪の依頼人が岩場の影にしゃがみ込んでいた。

 脱糞だろうか。武田信玄に追い詰められた三河武士の棟梁でないなら、せめてズボンぐらいは脱いでいただきたいものである。


「ねぇ、なにしてるのよ……ええと、ボンモーさん?」

「ボンドーだよ!? 僕はボンドー! アルケル・ア・ボンドー! というかキミたちこそ何をしてるんだい!? あれが見えないのか、あれが!」


 歩けないのにアルケルさん、と名を忘れぬように刻みつつ、彼の指差す先を見る。

 山しか見えない。というか正確には、雲のかかった山だ。……まさか既に限界で幻覚でも見えているのか。だとしたら救急車も呼べないこの世界では大事だ。

 せめて何か助けになるものを用意していなかったかと袖口を漁っていれば、アンセラが「ああ」と漏らした。


「〈群雲竜(ハラ)〉じゃない」

「〈群雲竜(ハラ)〉……?」

「雲に見える小さな竜の集合体よ。小さな……いや竜なのかしら? まぁ、ほとんど目に見えないぐらい小さな竜が集まって、竜の形をした雲……いや雲みたいな竜の形を作るのよ。竜って言っても、“貴”の力を集められないんだけどね」

「なるほどな。……赤潮とかイワシの大群みてえなもんか」


 シラノが頷けば、岩場に隠れるアルケルが泣き出しそうな声を上げた。


「き、キミたちは何を落ち着いてるんだい!? 〈群雲竜(ハラ)〉は雷火を撃つんだぞ!? 雷を放つし、覆った人間の血を吸い尽くして殺すんだぞ!? 血の雨が降るんだぞ!? わかってるのかい!?」

「モンモーさん……〈群雲竜(ハラ)〉相手には隠れてもしょうがないから。音でも光でもなくこっちを確かめてるみたいで……どうせ隠れるなら洞窟や建物の中か、土の中にでも隠れないと」

「ボンドーだよ!? というかそういうことは早く言ってくれないかなぁ!? 穴を掘るのは誰だと思ってるんだい!? というか……いやそうだ! 肉体労働担当ならキミたちがやりなさいよ! 死にたくないだろう?」

「やー、まだ距離ありますから……」


 頬を掻くアンセラと、パニック気味に髪を掻き毟るボンドー。

 それを尻目に、シラノは琥珀色の左目を細める。あの夢以降視力を失った右目は不便だが、左目の視力は決して劣ったものではない。

 僅かに真珠めいて光る雲。その中で奔る蒼電は、ボンドーの言葉通り獲物に襲いかかる牙であろう。 


「電気で確かめてるんスかね、人間を……」

「電気!? 雷の一種かい!? というかそれと人間とどんな関係が――……じゃなくてキミが土を掘れよ! 女性にさせるのかい!? キミが掘るべきだと思わないのかな!?」

「うす。……いや、掘る気も掘らせる気もねえんで」


 そして左手で掴み取りたるは――弓。極紫色の触手弓である。

 同時、生み出ししは三十の触手刀。砂だらけの山道に突き立つたびにボンドーが小さな悲鳴を上げる。

 その内の一つを握り、弓に番えた。

 左目一つ、狙いを定める。


「ちょっ、ちょっとなにしてるんだいキミ!? い、今のなんだ――というかホラ、刺激しない方がいいんじゃないか!? 変に刺激しない方がいいんじゃないかな!? あんなの魔剣でもないとホラ、どうにも――」

「ボンドーさん。岩陰に伏せて、口開けて耳塞いでください」


 言い切り、いざ――放つは一矢。

 一直線に加速する矢へ、螺旋を描き合一する二十九の継矢。

 同時――――弾け飛んだ。

 赤熱せし剣の流星が雲海の竜を消し飛ばす。触手九十段突き。後続した八十九の衛星が更にその身を叩き尽くし、限界を超えた運動力の衝撃波により雲そのものを消滅させる。

 天に空いた青空の穴。

 厄介な怪物だと言うのなら、先んじて討ち取ればよい――単純にして明快、知性的で文化的で理論的な結論であった。


「な、なななななな……なんなんだキミは!? ちょっと配慮とか……もうちょっと雇い主に配慮とかいるんじゃないかなあ!? なんだい今のは!? 心臓止まるかと思ったよ!?」

「……」

「ひっ……そ、そんな目で雇い主を見るなよ! なんなんだよキミはさあ!? ひっ、に、睨まないで……暴力反対っ……! キミの暴力は死ねるんだぞ判らないのか!? 暴力は良くないって親から教わってないのかなキミは!」

「……もう、死んでるんで」

「あっ。その……ええと、すまない。そんなつもりじゃ……でもほらそれは僕もそうだから――……やっぱり暴力は良くないって親から教わってないのかキミさぁ! 依頼人の言葉だよこれは! 耳に刻み込むべきでは!?」


 それだけ涙目で怯えながら、よくもまだ居丈高に振る舞えるなぁ――とボリボリと頭を掻く。

 魔剣の王の生誕地。その村がどれほどのものかは知らないが……やはり権力者の、村長(むらおさ)の子供というのはそのような仕草になるのか。

 チラとアンセラを見れば、


「シラノ……ひょっとしたらアンタの被害者かも……」


 何とも言い難げに指差すその先には人が倒れており、


「腹減ったであります……行き倒れであります……今の音がトドメになったであります……行き倒れであります……腹減ったであります……」


 なんかいた。

 全体的に『黒い』と称するしかない影。

 病的なほどに白い肌と対象的な黒目黒髪に、黒鞘の剣と漆黒の二重外套(インバネスコート)を纏った少年。

 丹精な顔を歪めてうつ伏せのままゾンビめいて手を伸ばす彼は、いつぞや出会った迂闊な酔っ払い――ユーゴ・ア・ヴァルーであった。 



 ◇ ◆ ◇



 ざ、と霧の満ちたる深山を進む。

 亜麻色の髪の男女は共に丈長き刺繍外套(コート)を身に纏い、木の幹に手を付きながら斜面を登る。

 その手には“貴”の輝石。魔物避けの宝石が、淡く青色に暗がりに灯る。

 彼らの顔に浮かぶは――執念と、何よりも怒りであった。


「売らせないわ……私たちの村の誇りを……! あの村長(むらおさ)の馬鹿跡取りなんかに……!」

「ああ……クソ、ふざけやがって……。勝手に村の魔剣を売り払おうだなんて……! 判らせてやらねえと……! 村にいた頃からただ村長(むらおさ)の跡取りってだけの間抜けの馬鹿が……!」


 男女は口々に呪いを吐きながら傾斜へと足を突き立てる。

 その様を眺めれば、かの〈復讐と殺戮の女神(フリアエ)〉もその蒼き唇を満足げに歪めようか。

 彼らを突き動かしたるは憤懣。憤怒。憤激――……その瞳は曇り、爛々と怒りの狂気が宿る。

 そして彼らが振り返るその先に立つ幽鬼めいた影。黒外套に身を包みし偉丈夫。


「こっちには、“黒死風(こくしふう)”がいるんだ……!」


 そう呼ばれたその男の腰に下げられしは鞘。

 無言の中に静かに唸る殺気は、まさしく魔剣の使い手であった。

 


◆「ワンス・アポン・ア・タイム・ホエン・ブレードランナーズ・ラン・ブレード」その二へ続く◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ