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第七十七話 セブン・レイバース・オブ・ケンゴウ その四


 魔導灯も灯らぬ地下道を三人は駆け抜ける。

 矢の如く流れる暗闇。シラノは右の赫眼で――少女は、慣れか。恐るべきはバルドゥルすらも、乱れることなく追従していることだ。

 何度か地上に上がり、地下に潜った。場所を特定させぬような備えらしい。

 そして、やがて辿り着いた蔦に覆われた石造りの一軒家の前で、


「ようこそ。解放戦線へ」


 少女がそう告げるに合わせて、シラノとバルドゥルは顔を見合わせた。



 ◇ ◆ ◇



 室内に雑魚寝するのは、これまた年若い子供たちであった。

 杖を抱える者、剣を抱く者、縄を巻きつけた棒を持つ者に、盾を被せた者――……誰もが乾いた目でシラノたちを一瞥し、また作業に戻る。

 異様な光景であった。

 少年らしさというのが、微塵もない。誰もが戦火に倦みきった兵士の如く、虚無的な瞳を抱えている。

 少女の先導を受け階段を登る最中、異様に飲まれるシラノはバルドゥルへと呟いた。


「……あるんスか、あんな風に魔物が徒党を組んで連携するのは」

「僕は出会ったことありませんけど……話には……。それに、邪術使いがいたら……有り得なくは、ないんじゃないでしょうか……」

「……」


 確かに以前シラノが戦った際も――もっと原始的だが――協働をしていたとも、思える。


「でも……魔術の武器を使うことは、どう考えてもありえないですよ……。“貴”を恐れるんです……あんな風に自分の身体を崩壊させながら使うなんて、そんなことは絶対に……」

「……なるほど」

「それにここも……。もう、いったい何が何だか……」


 解放戦線と名乗る、子供だらけのこの場所。

 そして、ゴブリンに襲われながらもゴブリンへの攻撃を禁じる市街。

 明らかに異質であった。バルドゥルもまた混乱の色を隠せていない。


「ここ。入って」


 そう告げて、青髪の少女は廊下を戻っていく。

 呼吸を絞り、静かにドアを開けた。


「――」


 一言で言うならば、それもまた異様な光景と言うのだろう。

 部屋中に安置された砂板と、無数の鏡。

 さながらクライム映画の監視カメラのモニターの如く、それは街中を映し出していた。


「……誰か、街へと辿り着けたんだな」


 三角巾で腕を吊った包帯姿の男が、ゆっくりと振り返る。


「よく来たな……オマエらも冒険者か? 来たのは二人だけか? 他の奴はどこに?」


 何か期待したような眼差しに、隣でバルドゥルが困ったように手を広げた。

 それだけで、紫髪の男は察したらしい。僅かに光を得ていた瞳が、曇る。


「クソ……やっぱりか。……無駄骨だったのか、クソ」 

「……どうしたんスか? 何があったんですか、この街に」

「ああ……さっきアンタらも見たろう? 見ての通りだ。この街は穢小人(スナッフリング)に支配されてる……支配だ。何を言ってるか判らねえしおれの頭もどうにかなっちまいそうだが、魔物に支配されてるんだ」

「……」

「クソ……アンタらも巻き込まれかもしれんが、こうなったら付き合ってもらう。説明する……あいにくと飲み物は付かないが構わないな?」


 テーブルの上の金属瓶を手で跳ね除けながら、男が砂板を広げた。

 疑問点はあれど、是非もないと二人は頷いた。


「――監視?」

「そうだ。ここにあるのと同じものだ。同じというか……ここのものが、その大元に相乗りしてる」

「……魔物が、人の監視を?」

「まさか。“卑”の魔物に“貴”の魔術は使えねえ。……術者がいるんだ。話によれば二人……四ヶ月前に、領主の下に二人の女魔術師が訪れた。それから、街はおかしくなったそうだ」


 四ヶ月前、そして女魔術師――シラノは静かに息を殺した。


「逃げようとする者、集まって逆らおうとする者、その身内……翌日には広場で処刑される。それが続いて、誰もが羊みたいにこの支配に従うようになった」

「……」

「……アンタがああされたのだって、そうしなきゃ自分たちが危ないからだ。態度だけでも反逆者と敵対していると示す必要がある……街の奴らを悪く思わないでやってくれ」

「俺は別に……」


 エバーハルトと名乗ったその男は、心底憂鬱そうに息を吐いた。

 数ヶ月前に仲間と冒険に出発し、その途中で立ち寄ったこの街で騒動に巻き込まれたそうだ。


「ええと、それでエバーハルトさん……今の話じゃ、僕らも助けを呼びに行くこともできない……ということになるんですよね。……ここから、その、どうするんですか?」

「ああ……いや……そうだな……」


 頭に包帯を巻いたエバーハルトが言葉を濁すように顎に手を当てた。

 獅子丸の柄頭に手をやったシラノは、ゆっくりと口を開く。


「……この解放戦線は、何を?」

「そりゃあ……戦ってるんだ。アイツらと」

「戦う? ……逆らうと、累が及ぶんじゃないスか?」


 目を細めるシラノを前に、エバーハルトは首を振った。


「……死んでるんだよ。あいつらの親は、もう……」


 にわかに重い空気が漂い始めた中、それでもシラノは一言だけ、


「……代わりに街の人が矛先になることは? 族滅や見せしめは?」

「今のところは、おれたちが原因での処刑はない……。街の奴らと手を組んだり、逃げ出したりするならそれも判らねえが……」

「……逆らうこと自体への咎はないんスね」

「その頭に、手を取り合わずに……が付くがな。街の奴らで一丸になって反抗しようって話は何度か出たらしいが、大体はその中心人物と家族が処刑されてそれで終わりだ。逃げ出すなら、近くの住人ごとでもっとひでえ」

「……」

「……ったく何が狙いなんだか、分かったものじゃねえ。……ここは狂ってやがる」


 呻くように呟くエバーハルトに、バルドゥルが続いた。


「いくら何でも、魔物がこんなことを……。いや、そもそもこんな方法での支配だなんて……聞いたことも……」

「ああ……悪い夢でも見てるみたいだ。宝箱に、呪いでもかけられてたのか?」

「……」


 処刑による――歴然とした直接的な暴力と恐怖による統治。そして常設された監視機構による行動制限。

 それらの複合概念は、この世界には未だに存在し得ぬものらしい。

 つまり――……


(……淫、魔)


 そこからシラノに導き出せる答えは、それしかなかった。

 かつて暮らした故郷――地球からの概念輸入。

 例えば密告制を伴う食料配給管理や、食物による生体汚染。都市部に潜んで行われる破壊活動。カルト宗教による扇動。民兵と処刑による都市部掌握。

 一つ一つはいずれ歴史上何処かで現れたかもしれないが、あたかも“既に名称のついている普遍的な事象”として扱えるのは、シラノと同じ異世界からの来訪者(マレビト)に他ならぬ。


「あの魔物は……あの状態でも、思考能力はあるんスね」

「思考能力というか……ああなる前の技能が使えたり、多少の道具が使えたりするぐらいの頭がある感じだが……」

「なるほど……」


 僅かに思考があるなら――精神があるなら――淫魔の操作を受け付けてしまう可能性も、否定できないだろう。

 胸元で、にわかに焦燥が込み上がってくるのを感じた。


「それにしても……支配して何をしているんでしょうか……? まさか魔物が税を集めるわけ……ないですよね?」

「あぁ……別に生贄を求められもしてないな……。単に『逃げ出させない』『手を組ませない』……その為に監視されてる感じだ。今日みたいに、急に街にきて乱射するときや人を攫ってくこともあるが……」

「……」


 バルドゥルとエバーハルトが顔を曇らせる。

 現状からでは、あまりにも不透明すぎる敵の動き――……眉を寄せたシラノも、ぼそりと問いかけた。


「……何か、街に穢れが満ちているとかは?」

「魔物が好きに出歩いている以上、〈浄化の塔〉の機能は止まっちゃいるみたいだが……今のところ、穢れが原因で人が魔物になったとは聞いちゃいない」


 住人の魔物化による兵隊化――その線も、潰された。


「……王室への要求なんかはないんスか?」

「しちゃいないだろうな。……少なくともおれが来た数ヶ月前から、この街には何も動きはない」

「何かを……待っているんでしょうか……? 何か術式を組んでるとか、魔剣を作っているとか……」

「……その為にわざわざ大掛かりに街を乗っ取って? ここでしか作れないものなんて、うんざりした空気だけだぞ?」


 そうなのだ。現状では、必然性が薄い。

 シラノやバルドゥル、エバーハルトのような部外者の介入があり得る。勿論、街の人間による決死の救援要請もあるだろう。

 術式作成や魔剣作製はそこまでのリスクを侵さずとて可能だとすれば――この街の現状と、得られるもの。そして払わねばならないコストが釣り合っていないのだ。

 強いて言うなら、


「……この状況そのものが、目的なんスかね」

「この状況? どういうことだ?」

「こんな風に魔物に支配された街……支配されている人々の動きを観察するとか、その状況でこそ生まれるものがあるとか……」

「この状況か……。さっきも言ったが、疑心暗鬼と軋轢ぐらいしか生まれないけどな。まさか……それが敵を倒す矢にでもなるっていうのか?」


 皮肉的にエバーハルトは口角を吊り上げたが、シラノには笑えなかった。

 以前の淫魔――その戦いの最中に聞いた覚えがある。

 苦しみ嘆く人間の精気、或いはその怨念――――それが、淫魔(やつ)らの武器になると。


「……まぁ、何にしてもこのまま置いといていい状況じゃない。こうなったらアンタらにも協力して貰うぞ」

「俺は構わないですけど。……協力?」

「もう一人が帰ってきてから説明するさ。……悪いが、化粧直しの時間だ。包帯を変えねえとな」


 血の滲んだ包帯を摘んで、エバーハルトが肩を竦めた。

 先ほどの青髪の少女が入室する。一旦は、ここでお開きらしい。



 ◇ ◆ ◇



 前を流れる水路は、人の世の喧騒と無関係に渦を作っては木の葉を弄ぶ。

 アーチを作る陸橋の真下、嵌められた水柵には蔦が満ちる。

 ちょうど街の外れに位置するだろうここはまさしく、忘れられた場所とでも言うべきか。

 屋敷のすぐ側の墓場には、もう何年も手入れがされていないように苔むした石碑が並んでいた。


(……この辺りに監視装置はない、か)


 辺りに鏡はなく、橋が遮る形となって領主の居城からも覗かれない。

 一種の隔離場所と呼ぶべきか。

 日陰を作った陸橋のアーチトンネルの向こうには、世と隔絶するような茂みが満ち――蔦に覆われるこの屋敷の周囲の空気は、停滞していた。

 朽ちたるように寂れた風景と、静謐とした石造りの空間。

 こんな状況でもなければ、足を止めて感慨に耽っていただろうか。

 強張る指を開閉するシラノへ、ふとバルドゥルが口を開いた。


「あの……どう思いますか、シラノさん」

「……すみません。俺には、何とも」


 現状では、材料が少なすぎる。元より専門家でない以上、シラノが確信を持って語れるものはない。

 バルドゥルから困惑気味の笑いが返された。


「そう、ですよね……僕もまさか、魔物退治の依頼からこんなことになるなんて……」

「……」

「シラノさんは、どうしてここに? あのあと、周りの人たちは難行があるだろうなんて言ってましたけど……」

「……うす。概ね、そうです」


 頷けば、沈黙が満ちた。

 曖昧な笑みを浮かべたバルドゥルが、頼りなさそうに続けてくる。


「……ええと、これから……僕らはどうなるんでしょうか……?」

「それも、俺には何とも。……ただ、一つ確かなことがあります」

「なんですか?」

「少なくとも、斬らずにやり過ごせることはねえ……きっとそれは確かです」


 無意識に脱ぐ手のひらには、汗が滲んでいた。

 見れば、指先が震えてくる。

 敵はまた――あのように人を操る、煮詰めきった邪悪の化身だ。

 噛み殺すように拳を握るも、辺りの石畳が地獄への舗装路に思えるような心細さが付き纏ってくる。己の周囲の空気が、殺気と陰謀を孕んで粘りついてくるとまですら感じられた。

 だが、これが淫魔の所業であると言うなら――止めねばならない。それだけは、確実だった。


「そう……ですよね。そう……なんだ」

「バルドゥルさん?」


 呟くバルドゥルの瞳に炎が灯る。

 静かに変わる。

 困惑がちであったその目が――――決意を秘めた緑色の眼差しへと、変わった。


「僕も〈銀の竪琴級〉の冒険者です。……こんな風に人々を苦しめる魔物とは、戦わなきゃいけない。亡くなった人の嘆きを嘘にしない為にも……こんな不幸は、必ず止めないと」

「うす。……そうスね。必ず勝って、生きて帰りましょう」

「――」

「……? バルドゥルさん?」

「あ、いえ……少し意外で……」


 伺えば、少し気まずそうにバルドゥルは言った。


「シラノさんは、その、命と引き換えでも何がなんでも倒す――……なんて言うかと思って」

「いや、俺は……」


 そんなまさかと首を振る。

 退くつもりはないが、同じだけ死ぬつもりもなかった。

 死は依然とした恐怖でしかなく、まだ果たしてない約束もあるのだ。

 どう告げたものかと頭を掻き――……弾かれたように、二人は背中合わせになった。

 肌を刺す、殺気。

 明確な敵意の後に現れる小さな影――武器を携えた子供たちに、取り囲まれていた。



 ◇ ◆ ◇



 暗い室内。

 モニターめいて光を浮かび上がらせる鏡を眺め、薄紫髪の少女は息を零してグラスを傾けた。

 視線の先にはたった先ほど行われた襲撃と、そして刃を抜いた一人の剣士――


「年、ダメ。顔、好みじゃない。身体、ちょっとゴツい……んー無理。生理的に無理。はいアウトー」


 たなびく赤いマフラー。

 茶色に近い暗い金髪の下、右眼に縦に走る海賊傷。白刃めいて強い眼差しは、まさに己が刃そのものだと言いたげに歪まない。

 同志であるファミリーウェイからの定期報告に上がっていた触手使いの剣士。冒険者。そして、淫魔として転生(てんしょう)をし損ねた元・現代人。

 天地創世の魔剣使いを釣り出すと言ったきり敗れた彼女を思えば、おそらくは何らかの方法で討ち取ったのだろうが……。

 やはり、半端者にすらなれない成り損ないの一般人――それ以上の感想はない。


「ん、この子は……歳はギリセーフ。顔、かわいい。背、小さくていい。……うん、悪くない悪くない。いいよ、いいねいいね」


 深い藍色の外套を身に纏った華奢な少年。銀髪の下のまだ年若いその顔は、中性的と言っていい。

 予想外の闖入者――気を付けていたつもりではあったが、街そのものの〈浄化の塔〉を遮断した影響だろうか。その歪の影響で、辺りの野山で魔物が湧いて依頼が出たのかもしれない。

 詳細は不明。だが、たかが魔物狩りに呼び出される程度ならば等級はそう高くない。

 ともあれ、これなら問題ないだろう。というよりは都合がいい――と言おうか。

 レイパイプは機嫌良さげに鼻歌を漏らした。


「ん、んっんー。ん、ようこそ千年王国へ……と。そろそろ仕上げだから、ねぇ」


 酷薄な笑みで一瞥したその先の鏡には、闇。

 蠢く、闇。

 醜悪に黒く動く闇がある。

 否、蠢くそれらは全て――穢小人(スナッフリング)であった。

 縛り上げられた裸の少女へと、哄笑と共に刃物を投じている。既に何人もがその遊戯の的となり、息絶えていた。

 伏撃猟兵(ヒドゥンレイダー)――大本が残虐ならば、魔改転生にてその性質を引き継ぐのか。とても魔物とは思えぬほど情緒豊かに、凄惨な殺戮行為を行っている。

 ガリ、と砂板に文字を刻む。

 理の力――“貴”の気を扱えぬ淫魔でも、既に魔力が組み込まれている刻印魔術ならまた別だ。

 これまでの研究の成果は、無事蓄積されていた。


「ん、品種改良も……大詰めだねえ」


 ニィ、とレイパイプは瞳を歪める。

 たとえ触手使いがいようとも、たとえ冒険者がいようとも彼女の計画には何の問題もない。

 そう――問題は、一つとてないのだ。



 ◇ ◆ ◇



 殺気とは、違和感である。

 文字にならない音。絵に映せない陰り。香りと呼べない匂い――そんな言葉にできぬ切り捨てられてしまう微細なものを、人は統合して感じる。

 それを、気配と呼ぶ。

 

「……シラノさん」

「……うす」


 背中合わせのまま、親指で獅子丸の鯉口を切る。

 子供たちの誰もが虚無的な視線であったが、そこにはどことない――だが否定しようのない敵意が含まれていた。

 ……先程までのやり取りは、全て欺瞞なのか。エバーハルトが、敵の首魁なのか。

 肺から震える息を絞り出し、奥歯を噛んだ。

 突きつけられるように杖が構えられる。小さな影――子供。少年少女。峰で叩き折っても、大人と違って無事では済むまい。


「きみたち、一体何を……!」


 後ろで無手を構えるバルドゥルが叫んだ。

 だが、少年たちの目は緩まない。虚の如き乾いた目のまま、シラノたちを照準している。

 己の心臓の拍動を計った。……まだ、落ち着けている。まだ、落ち着いていられる。


「武器を下ろしてください! これ以上は、怪我だけじゃ済まされない!」


 もう一度、バルドゥルが呼びかける。

 しかし、言葉も通じぬ異民族の如く――或いは会話を放棄した獣の如く、その瞳は揺るがない。

 柄を握り直す。呼吸を絞る。

 正直な話、事態を把握しかねている不安がある。孤立無援で敵地の中であることへの恐怖も強い。

 だが――――いや、つまり、ここは死地だ。

 ここは、死地なのだ。


「抜いたら納められねえ。……俺たちも、あの魔物と戦おうとしてる。退いてくれ……斬りたくねえ」


 かつて暮らした世の、弟妹を思い出す。

 その身体目掛けて刃を振るうことは生半可な気持ちではできず――故にこそ、加減の保証はできなかった。

 目線で訴えかける。それが、通じるのか。

 杖や盾を構えたまま少年たちは止まり――そして、海を裂くかの如く、その輪が切れた。


「あれ? 今さ、魔物とか言ったー?」


 不釣り合いなほど、明るい声。

 軍服を仕立て直したかの如きブレザー。爛々と灯った黄緑色の瞳を、片方だけ紫銀髪に隠した少女。

 エルマリカよりも年下だろうか。長髪を腰まで伸ばした少女が一人、人垣を分けて現れた。

 ……いや、一人ではない。

 彼女とは対照的に左眼の方を前髪で隠した、瓜二つの少女。その手を引いて、輪の前に現れていた。


「あー、エバーハルトさんじゃないの? 何? お兄さんたち敵? 味方?」

「……」


 不遜そうに猫めいて炯々と左眼を輝かせた少女と、能面の如く整った顔を崩さない右眼を出した少女。

 ほかとは毛色が違う。子供たちのまとめ役なのか。

 年若いが、相応の修羅場を潜った緊張感がその華奢な体から漂う。

 その内でも頭目なのは、落ち着き払った右眼の少女の方だろうか。

 と思ったら――


「あうっ!?」


 コケた。

 連れられている一人が、コケた。思いっきり行った。派手に行った。顔面から行った。

 あれはきっと痛い。事実、涙目になっていた。


「もー、イリスお姉ちゃんはドジだなぁ……」

「ごめん、イネスちゃん……」


 左目の少女――イネス――妹。

 右眼の少女――イリス――姉。

 双子と思しきその少女たちは、どうやら妹が主導権を握っているらしい。


「俺たちは敵じゃない。……手当て道具もある」

「へぇ……ありがとおにーさん。優しいんだねー。置いてどっか行ってくれると嬉しいな〜?」

「……」

「敵じゃない……か。そうそう、でもこれだけは言っておかなきゃだけど……復讐するのはあたしたちの役目だから、出番なんてないからね?」


 唐突に、その目が刃めいて圧力を増した。

 見れば、他の子どもたちも同じだ。

 仇討ち――――それが彼らを、戦いに赴かせる理由なのか。


「っ、役目って……僕たちは冒険者だ! そういうのは、僕たちの仕事だ!」

「てー、今来たばっかの人にそんなこと言われてもさー……。あ、今来たばっかりだよね? そうだよね?」

「そういう話じゃ……! 君たちみたいな子供に……!」


 バルドゥルが顔色を変えるのに合わせて、子供たちもまた剣呑さを増した。

 話が通じるのか、通じないのか。

 抜きかけた獅子丸の鞘を掴み、逡巡するシラノを前に――


「うわ、キミたち何してるのさ!? さっき言ったろう!? この二人は大丈夫だって!」


 ひょろりと背の高い、白衣めいた外套姿の男が現れた。

 それで、空気が霧散する。構えられていた武器が、下りた。


「あー、えっと、ごめんごめん。えっと……ああ、そう! ボクはボドウィン! その、しがない魔術士をしてて――ってそうじゃなくて、ああ、ボクが戻ったら話をするってエバーハルトから聞いてるかい? ごめん、さっそく説明した方がいいよね? この街の具合じゃ不安だよね?」

「……ええと、うす」

「この子たちも休ませたいし……そう、ひとまずはお開きにしよう! 武器なんて重いものは置こう! ボクだってこんな重い荷物は置きたい! 本当は冒険者なんかじゃなくて研究職を――じゃない違った! 話をしよう! 話を! ね? そうだろう? 会話は大事だろう!?」

「……うす、まぁ」


 早口で情けなく捲くし立てる緑髪の男に、若干肩の力が抜けた。

 バルドゥルとて、ひとまずは飲み込んでくれたらしい。構えを解いていた。


「そう――ひとまず自己紹介と一緒に、大切なこれからについて話そう! そうだろう……こう、巻き込まれた君たちもきっと不安だと思うし――ボクもなんでこんなところにきちゃったのか……エバーハルトが冒険になんて連れてくるから……本当昔から……」

「あの……」

「あ、そうだった……ごめんごめん! いや……これがボクの悪い癖で――じゃなくて、そう、説明だろう? ごめん、大丈夫! こう見えても説明はそう苦手じゃないから――うん、まぁ、あんまり苦手じゃないから……いや大丈夫! ちゃんとするよ!」


 ドンと胸を叩き――()せ、涙目になりながら暫く咳き込んだボドウィンが改めて胸を張る。


「そう――華麗なる討ち入り計画をね!」


 妙になよなよとした色白の男は、そう、意気揚々と頷いた。

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