第七十二話 旅のススメ
早春の空は未だ高く、僅かに薄霞の如く雲がかかっている。
かの〈季節と運命の女神たち〉は、〈墓守と冥府の女神〉と〈彩りと安穏の神〉の娘であったか。
確か〈季節と運命の女神たち〉は父に、〈戦と死と門の女神〉と〈葬儀と平和の女神〉は母についていったと聞いていた。
今もなお、地上に四季が満ちるのは彼ら神々の力であるが、〈剣と水面の神〉との戦いを機に肉の身を失い、人々の前から姿を消したとか――……そんな風になっているそうだ。
固有名詞が多くて覚えきれねえな……と反芻するシラノは、
「やーぁ、やーぁ! 本当に倒したんですね、旦那ーぁ! いやー、アタシが見込んだだけはある! んーもう、感激で口づけしちゃいますよーぅ!」
「……いやそういうのいいんで」
キンキンと甲高い声で喚かれて頭が痛くなっていた。生前も転生後も、女性のそういうところは苦手である。
ともあれ、約定に従い〈幻髪の血剣〉を会得したのだ。シラノは義務を履行した。ならばもう半分を果たして貰わねばなるまい。
「いえいえ、そりゃーあ当然ですとも! ちゃんとお安くしておきますから……半額でいいです?」
「……」
「じょ、冗談ですよーぅ……もうやだやだ、旦那ってば怖い顔しちゃって……な、なら三分の一に……」
「……」
「ひっ……じゅ、十、十分の一にしますから……睨まないでくださいよーぅ……もっと美少女カーラちゃんに優しくしてくださいよーぅ……」
「……」
「……び、美少女からのお願いですよ? ね、ねぇ旦那……ほ、ほら……かわいいかわいいカーラちゃんですよ? ね? ね? かわいいでしょ? ね? ね? 手とか握ってあげますよ? ね? ね? かわいいかわいいカーラちゃんですよ? ね?」
「……」
「……ひゃ、百分の……百分の一にしますから! 百分の一! 百分の一でいいです! 旦那に免じて百分の一にしますから!」
「……」
「これ以上は安くなりませんからね!? 絶対安くしませんからね!? 絶対ですからね!? これ以上は口聞いてあげませんからね!?」
「……どーも」
日当一日分。なんとか支払うには十分な額だろう。
単純に考えれば、九十九日分の日当に等しい仕事だった。
……とはいえ、少々気の毒である。
セレーネ直伝の方法であったが――曰くシラノ様が無言で立っているだけで値引きされる――やっていることは恐喝同然ではないか。
剣豪としてそれでいいのか。そう、思わなくもない。
「……ところで、あの村の出身だったんスか? 騎士と立ち会うようにってのは……」
「え? いやーぁ、そこ聞いちゃいますか? ……うーん、他の人には言わないんですけど、旦那だから特別ですよ? カーラちゃんのと・く・べ・つですよ?」
「……」
「なんでそんな排水口に詰まったゴミを見るような目をするんですかぁ!? なんで!? かわいかったでしょう!?」
「……いいから話を先に」
話していると頭が痛くなってきて、眉間に皺が寄ってしまう。グントラムのような実直な人間が恋しかった。
「いやあ、実はね……冒険者ギルドの設置とか管理を行ってるお役人さんが、お金の使い込みをしてしまいましてね? そこでそこで、調査費と討伐費でお金がかかってたってことにしてーぇ……おまけに今まで登録所がない場所に支店を作っちゃって、功罪を塗り替えちゃえ――――的な?」
「……なぁ、もう少し安くなんねえか」
「ダメダメダメダメダメですよーぅ!? ダメです! 旦那が命懸けで戦ってくれたからそれに免じて話したんですよ!?」
「……」
「そんな『今にも斬り捨ててやろうか』みたいな顔をしたってカーラちゃんは商売人として屈しませんよ!? く、屈し――……暴力反対! こんなかわいい子に剣を向けるなんて非人道的ですよーぅ!? 駄目だと思うでしょーぉ!?」
うるさかった。軽く斬りたくなった。
……まぁ、相手がどんな目論見と言ってもシラノは依頼を受けた。そして勝った。確かなのは、それだけだ。
刃に布を巻いた〈幻髪の血剣〉を軽く撫でる。この魔剣を寄越せと言われなかったのが、せめてもの幸いだろう。
「……あ。ところで旦那、どうせなら折角ってもんで、その魔剣でアタシに一儲けさせてくれたり――」
「あァ?」
「なななななななななななななんでもないです! えーえー旦那が魔剣をどう扱おうと旦那の自由ですとも、ハイ! ごめんなさいごめんなさい怒らないでくださいーぃ……! 怖いよぉーぉ……」
「……どーも」
ボリ、と頭を掻いた。
調子が狂う。彼女の三下具合を目の当たりにしていたら、自分の新たな面に目覚めそうであった。
ともあれ、この〈幻髪の血剣〉をどうするか。
それは、シラノにとっても命題であった。
◇ ◆ ◇
亡霊の猛追を振り切ること、実にどの程度か。
途中でメアリを抱えながら触手鎧の自動歩法で凌ぎ切ること実に五時間。一直線に森を平らに突っ切ったシラノは、何とか夜中の内に宿への期間を果たしていた。
……ともあれ、皆が皆寝静まっていた――途中で寝惚けたのかエルマリカが布団を間違えていた――為に、夜明けを待ち、
「ふむ、剣の一族……ですか」
「ああ……何か知らねえっスか?」
カーラとの商談を済ませた後、一通りの旅の顛末に並んで宿のバルコニーで魔剣を前に顔を突き合わせる。
仲間内でこの手の話が一番頼りになるのは、やはりセレーネ・シェフィールドしかいない。
実に五日ぶりに顔を合わせたセレーネは、
「詳しくは私も存じませんが……。三界を焼き払い、地上に今なお魔物が出る遠因を作ったとも言われる〈剣と水面の神〉を討った、〈赫血の妖剣〉の担い手の一族ですわね」
「……〈赫血の妖剣〉?」
「ええ。無論ながら秘中の秘であり、詳しき権能は明らかではありませんが……“天地創世の七振り”にして“全ての魔剣に勝ちうる剣”とも呼ばれておりますわ」
「全ての魔剣に……」
今も瞼を閉じれば、身震いするようなあの〈竜魔の邪剣〉の神々しき威圧が思い返される。
あれを前に――或いはあれよりも上位を含め、勝つと謳われる剣。その驚異は推して量るべし……と言ったところだろう。
「かの一族は竜を討たず、魔を討たず、怪を討たず、しかし世に過ぎたる魔剣を討つ――――それ故に抑止の一族、或いは調停者とも呼ばれておりますわ」
「……すげえな」
「ええ。あまり歴史に数はありませんが、かつて帝国無き後に強大な魔剣を振るい暴虐を尽くした支配者――魔剣の王を討ち取ったとも聞いております。とはいえそれも、七つの魔剣が再び世に現れる前の話ではありますが」
「いや、すげえってのは……詳しくないって言うわりにってことなんスけど」
やはり相変わらず、その博識ぶりには目を見張らざるを得ない。
「いえ、まぁ……私の剣の師がガルボルクの出というだけですので」
「……は? 剣の一族が……師、スか?」
「そう珍しくもありませんわ。このご時世、魔物や怪物や魔剣や魔術相手に剣術というのも流行りませんので……師を努められるものといえば、鬼人族を除けば必然的にガルボルクの出身と限られますわ」
「……」
「……あら、私が魔剣使いですので剣術が不得手かと思いましたか? これでも〈水鏡の月刃〉を取り戻す為に手は尽くしたのです。魔術も剣術も、相応には収めておりますわ」
魔術剣士プリティ☆セレーネ。
……すごい。何が凄いかといえば、魔剣や触手の力もなしに〈水鏡の月刃〉を取り戻してしまうことが凄い。
「なら、どこに住んでいるかは……」
「ふむ。それが、詳しくは不明でありまして……“かつて〈不滅の極剣〉が降り立ちし地にて弔いを行う”とも聞いておりますが、やはり抑止の一族たる為か住まいは明らかではありませんわ」
「……その、師匠って人は?」
「ああ。……名を継ぐ資格がなし、とされた落伍者だと。転移の力で何処かの山中に放り出されるそうなので、やはり一族の里は不明だそうです」
「不明か……」
「とはいえあの一族も、相応の腕や素質があれば声をかけに来るとも聞きますので……おそらくそれほど閉じられてはいないかと。……いかがなさいましたか?」
伺うセレーネの目に、頭を掻きながら返した。
「いや……返しそびれたから、返そうかと」
「返すとは……この魔剣を?」
「うす。持ち主に返さねえと。……それと鎧の欠片っスけど、この分だけは故郷に帰したくて」
どんな生前だったのかはシラノとしても知るところではない。産土の地を遠く離れ、ただ野辺に死すほどの理由があったのかもしれない。
無論その大半は、生前も死後も彼が守り抜いた村に埋めた。彼という男が最も心を払った安らか場所に眠らせた。彼を祀るように言伝をした。
だが、そうとは言えども――……。
やはりせめてその装具の一欠片だけでも、その故郷に帰してやりたかった。
「ふふ、貴方様らしいですわね。人は死ねば躯……勇敢なら魂は死の女神の寵愛を受けられましょうが――……ともあれそのような考え方は好ましいものですわ。……ええ、実に」
「いや……」
奥ゆかしい微笑と共にまじまじと目を向けられると、何とも気恥ずかしくなり――
「イアーッ!」
首目掛けて振り抜かれた〈水鏡の月刃〉の一撃を、咄嗟に触手抜刀で斬り払う。
油断ならない女だった。
気を抜けば殺しに来る。お陰で一年間四六時中、どんなときでも攻撃に備える気構えを作られている。
「ふふ、話していたらつい斬ってしまいたくなりましたわ」
「その理屈はおかしい」
「だって……ええ、本当は毎日毎夜シラノ様に斬りかかりたいのですよ? いえ、この寸暇も惜しいほど。時のある限り永劫に貴方様と切り結びたい……今も語るなどより、貴方を斬り伏せたいのです。……判っていただけませんか?」
「その理屈はおかしい」
ぜったいおかしい。
「シラノお兄ちゃんひどい」
「……」
「シラノお兄ちゃんばっかりズルい」
「……」
「シラノお兄ちゃん嫌い。セレーネのわがまま聞いてくれない」
「……嫌いでもなんでもいーんで」
いきなり義妹モードになるのもぜったいおかしい。しかも多分ここから瞬く間に豹変して斬りかかって来られるあたりが余計におかしい。
天は何故この女に魔剣を授けてしまったのか。
剣の一族は何をしているのだろうか。世の中にとんでもない怪物が解き放たれているでないか。神は寝ているのか。多分寝てる。
「では、当座の目標は……」
「うす。なんかしら剣の一族の目に止まるようにして、せめてこの魔剣を返しにいけるように……」
「なるほど。となれば武道大会や神前剣闘試合か……ふふ、ですがそうなるともう一つシラノ様にも利点がありますわね」
「利点?」
「この魔剣が蔓延る竜の大地において剣の一族に一目置かれれるということは、それはある種の名誉でもありますので。……触手使いのシラノ様がそうなれば」
「……触手使いの復権にも繋がる、か」
「加えるなら、世の情報にも厚いので……淫魔の手がかりも得られるかもしれませんわね」
「そうか……」
そう言われると、拳に力が篭もるものでもあった。
たとえどんな道程を辿ろうと、己が剣名にて触手使いの名誉を取り戻す。フローが肩身を狭めて生きる必要をなくさせる。当たり前の日常へ繋がる橋を作る。呪われた者、などという言葉を消す。
それこそが旅の最終的な目的である。決して忘れてはならぬ己の初心であった。
「私も気にはなりますわね。どれだけ軟弱そうに見えようと、ガルボルクの名を継ぐものは身の内に剣の鬼を飼うそうです。……そして色々な血が混ざったゆえの強靭な身体。ええ、仮にも剣の道を往くなら立ち会いたいものですわ」
「……置いてくか、こいつ」
「あら、酷いことを……。シラノ様も高揚されませんか? その一族の祖は帝国の昔よりもさらに遡るという……それほどに受け継がれた、剣の鬼の血族と聞けば」
「いや……」
戦いが好きか嫌いかと言われれば、恐ろしいとしか返せぬシラノにそちらの高揚はない。
だが、遥か昔からそのような信条の為に剣を磨いている一族というものは興味深かった。まさに殺人刀を活人剣に変える生き様を持つ一族であるのだ。勉強になることも多かろう。
「では、ひとまずの旅の目標は……」
「剣の一族の里……スかね。上手く会えりゃあいいっスけど」
「ふふ、そこは冒険者らしく『会う』と言った方がいいですわ。それに叙勲式の街の近くには“興業と娯楽の街”クレムニアもありますので……」
「興業と……娯楽………」
そう言われると、思い出すのは彼女たちだ。
この世界に恋をし、この世界に恋をさせると歌う少女たち。誰よりも眩しい星の如き――
「イアーッ!」
迫る切っ先を払った。
セレーネが、残念そうに肩を竦めていた。危ない。うっかり回想もできない。
「……どういうつもりなんスか」
「シラノ様こそどんなおつもりですか? まったく……この私を前に警戒を解かれるなどと……一仕事終えられて、危機意識が不足しておられませんか? そんな腑抜けた具合では、斬る価値も損なわれてしまうでしょう?」
「……………………」
「人生は一度しかないのですよ? たった一度のシラノ様と私の結末が、こんなつまらない形になってしまったらどうするのというのですか? シラノ様はそれでも良いとおっしゃるのですか?」
「…………………………………………いあ」
縛り上げて放置する。
やっぱり剣鬼に気を許してはならない。アルモリアの言う通りだった。
◇ ◆ ◇
「うわぁぁぁぁぁぁあ――――ん!? シラノくんが怪我してない……怪我してないよぉぉぉぉぉぉぉ――――――――!」
「……怪我ねえんだから泣かないでくださいよ」
飛びつこうとするフローの肩を押し止める。涙や何かもろもろで、飛びつかれたら新調した服が危ない。
ちなみにフローから贈られたマフラーはあの火を受けても無事だ。
強度的にもおそらくその程度では損なわれないだろうが、露出した頭部と同じく“帯域”の魔方陣と極薄の“甲王”にて保護した。万が一焦げ跡でもついていれば、その二十倍は頭目を叩きのめしていただろう。
「なにさぁ!? 無事を喜んで何が悪いのさぁ!? 冷たくない!? シラノくん本当に冷たくない!?」
「……いや」
「ボクは師匠なんだよ!? 先輩なんだよ!? お姉ちゃんなんだよ!? シラノくんの無事を喜んで何がいけないのさぁ!? うぇぇぇぇ……それなのになんでそんなに冷たいのさぁ……!」
目の前で盛大に涙を拭われると、何も言い返せなくなり頭を掻くしかない。
死んでないからいい、で済ませてはいけないのだろうか。いけないのだろう。それで良しとする人なら、今頃シラノもその名誉の為に戦おうとはしておるまい。
……とはいえ、やはり涙というのは堪えるので、
「……先輩」
「うぇぇぇぇぇぇぇ……なんだよぉぉぉ……どうせボクなんてうるさくて邪魔な先輩なんだ……シラノくんの心配することも許して貰えないんだ……。うぇぇぇぇぇぇ……酷いよぉぉぉぉぉ……」
「その、これ」
「え?」
「……いや、その、アレをその……アレをこう、縁起物って喜んでたんで」
懐から鯨竜の根付けを摘まみ渡す。
物で釣る――というのも何か変な話とはなってしまうが。
まぁ、こう、旅の土産みたいなのも多分必要なんじゃないだろうか。多分。きっと。渡しても別に変な話じゃないんじゃないだろうか。無事だから渡せるんだし。お金浮いたんだし。
いやまあ。いや別に深い意味はねえけど。いやこう、特に意味はねえけど。
「ぁ……ありがとう、シラノくん」
「……うす」
「でも、こんなのじゃ騙されないんだよ!? シラノくんはもっと他に言うこととかあるんじゃないかな!? ボクに他に何か言うことあるんじゃないかな!?」
うわ面倒くせえ。
口に出さなかったが顔に出ていたらしい。というか声にも堕してしまったらしい。雨上がりに不良から傘を差しだされて液体窒素を浴びせられた野良犬のような顔をさせてしまった。
フードを被って完全に自宅でも外でもいつでもできる引きこもりモードになってしまわれた。こうなったら、もうどうしようもねえ。というか機嫌取りというのは柄でもねえ。
だがしかしあまりにも無礼では? 師匠に対する辛辣な言葉、切腹案件では?
ううむ、と首を捻り――
「シ、シラノさん」
「エルマリカ」
「そ、そのね……えっとね? えっと、その、手、手をその……てててててて、手を……」
「手?」
メアリに何か耳打ちされたエルマリカが、何かを必死に訴えかけようとしてくる。
生理的に無理――とかなんとか言われてから、彼女からこうして話しかけられるのは久しぶりだ。きっとそれぐらい生理的に無理だったんだろうが、また昔のように話せると思えば感慨深い。
これでようやくちゃんと話ができるか、と身を屈めれば、
「て、ててててててててて、てってってってっ……手、手を……!」
「手を……? どうしたんスか?」
「手っ、わたっ、わたしの手を握っ――――無理よやっぱり駄目生理的に無理よ絶対無理はしたないわこんなの生理的に無理よ耐えられないわ!? てっ、て、て、手っ、シラノさんは手を洗った方がいいと思うの!」
「手を」
「そ、そうよ! て、手を洗った方がいいと思うわ! 洗った方がいいわ! シラノ様は手を洗うべきよ!」
それきり、メアリの後ろまで走り去ってしまう。
すたん、と隣で音がした。髪一つ乱すことなく、優雅な笑いを浮かべたセレーネが降り立っていた。
「ふふ、引力と共に折り砕く触手の拘束……中々にその妙技を味わいましたわ。となればここは、私が新たに作り出した技をシラノ様に見せるべきかと――」
「なあ」
「ふむ? いかがいたしましたか?」
「腹ァ斬るから介錯してくれ」
生理的に無理。
手を洗え。
お前ってなんか手とか汗ばんでないつもりだろうけどこっちからはマジで汗ばんでて汚そうに見えるから手を洗った方がいいと思うしそれで洗ってるとか見えないし何かマジで生理的に無理。
そんな手汗だらけの手で贈り物されて女の子が喜ぶわけないでしょ気持ち悪いなぁ生理的に無理よだからフローさんも喜ぶよりも追及にいったんだわ恥ずかしくないの死んだらここが死地でしょ。
だいたい触手剣豪って名前自体が何かぬらぬらてかてかしてそうで不潔っぽくて気持ち悪いのよ本当に全身が触手って女の子にいやらしい気持ちの表れなんじゃないの気持ち悪い目とか手とか向けないでくださらないこの下賤の民。
そういうことか。
そういうことなのか。
やはりここはもう腹を斬るしかないだろう。恥ずかしくて生きていけない。
「うぇぇぇぇぇ……シラノくんが面倒臭いって……面倒臭いって……ボクのこと面倒くさいって……」
「メ、メアリさん聞いてる!? わたしやっぱりこういうことってもっと大人になってからしかるべき手続きを踏んでお互いのことを思いやってすべきだと思うのいえ駄目よそれはそれは確かに興味があるけどシラノさんに自分から言うなんて駄目よはしたないわ――」
「……早く介錯してくれ。斬りてえんだろ」
三者三様――ついでに言えば、言葉に従っていいかもっといい場があるのではないかと思案するセレーネまでを眺めたメアリは、
「……あたしがいなくなってこの先大丈夫でやがりますか、これ」
半眼を強めて、はぁと息を吐いた。
◇ ◆ ◇
世に見事と謳われしものが三つあり。
一つは、ポエニィエヨルドの氷の壁画。
一つは、石工の街の竜の城壁。
そして一つは、我らが学び舎。中津原の白亜の塔――
ティグワース王立魔術学院の寸言
◇ ◆ ◇




