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第四十三話 アレクサンド・リターンズ その二

◆「フォーティファイド・シティ・イン・フレイム」 第二幕◆

◆「アレクサンド・リターンズ」その二◆


 不格好に腰を落とした形で、外套を羽織った人影が店内を進む。

 カウンター近くのものは散乱し、床には何枚もの木板が散らかされていた。陶器の破片や酒瓶の破片。ならず者が、略奪に走ったらしい。

 その影は何とか足音を殺そうとするがやはり多少は響き、そして隠密に不慣れな者では己の立てる衣擦れの音には気付けない。

 そして、その真上から――三つの影が飛び降りた。

 まず第一に。

 低い身長というのは、山岳や谷間で暮らす集団に多く見られるという。

 彼らは足場の悪い山地を飛ぶように跳ね、時には掴み、或いは自在に走破していく。小人族(ハーフリング)の中でも山間部に住み着いた彼らの培われた握力と脚力は、こと障害物のある立地においては獣人をも凌駕する最速を叩き出す。

 しかるに、人の作りし市街や砦――人工の密林や山岳は、そこにおいて小人族(ハーフリング)を最強の狩人へと適合させた。


「――」


 ――斥候猟兵(ウォードレイダー)

 森林に対応し、都市に適合した最強の暗殺者。資源に乏しく、牧羊や一部の嗜好品栽培などの生産しか行えぬ小人族(ハーフリング)最大の輸出品であった。

 羽毛めいて着地した彼らはその勢いを殺さずに床を回り跳び、壁で跳ねながら人影の奥を目指した。

 目指すは、人影の背に繋がった触手の――その先。あまりに不格好な囮人形は、歴戦の彼らの目までは誤魔化せなかった。

 両手から突き出すように触手を伸ばし、より一層光の届かぬ廊下に棒立ちになった影。小人族(ハーフリング)の彼らからすれば、頭二つ以上高い標的。

 だが、そこは問題ではない。

 優れた猟犬というのは、まず人間の足を狙う。どんな動物でも、その機動力を奪われたら生殺与奪を握られる。

 まさしく彼らは壁を利用した猟犬めいた疾走で、触手を操る人型の膝裏と足首を左右から狙い――そして残る一人が壁から飛んで首筋へと刃を突き立てた。

 必殺、であった。

 彼らはまた地人族(ニンゲン)窟人族(ドワーフ)ほどでないにしても手先は優れており、地人族(ニンゲン)森人族(エルフ)ほどではないにしろ魔力もある。

 そんな魔力ある乙女の髪を束ねて縫った外套の刺繍は回路であった。その漆黒の外套に付与された刻印魔術は、たとえ魔力を持たぬ猟兵にすら十全に働く。

 それを闇と同一だと看做すことで周囲の宵闇に溶け込み、そして分厚い足の裏の皮膚は行動が起こす音というのを吸収する――神業的な無音の暗殺者であった。

 それは〈銀の竪琴級〉の冒険者でないと姿を拝むこともままならないと言える、脅威の暗殺集団。

 まさに、その絶死の一撃であった。


「イアーッ!」


 だがそんな一人の後頭部へ回る鉄棒が直撃し、彼は昏倒した。

 背後からの攻撃。彼らはすぐ、向き直りつつも短刀を投じる。たった今通り過ぎた偽装人形――であった筈の外套の人影の頭部に突き刺さる。

 彼らの横で、まさに仕留めたばかりの人影が溶けた。二重偽装――本体を敢えて囮として使った、命知らずの欺瞞であった。

 だが、構わぬ。油断なく一人は曲刀を擲ち、もう一人は狩猟弾弓(スリングショット)を撃ち放った。胴と頭部――外套の男に完全に突き立つ。

 そして弾として射出した粘土には刻印と毒草が練り込まれており、着弾と共に牙として標的に喰いつく。生身で受ければ数分と待たずに命を失う植物由来の猛毒であった。

 衝撃に外套が剥がれ、はらりと床に落ちた。偶然雲間から覗いた三日月が通りのドアから照らし出すそこには、


「……お互いに、退く気はねえよな」


 彼らが訓練された暗殺者でなければ、何たることかと声を大にして叫んでいただろう。

 月明かりに照らされたそれは、あまりにも幻想的かつ狂気的な光景であった。

 触手の両足の上で奇妙な胡座めいた形をとったシラノが、両手のひらで曲刃を挟み止めていたのだ。肩から生えた触手が、頭部と肩を水増しする――これは三重の欺瞞であった。

 触手人形の中から、合掌した触手剣豪が登場する。

 硬化させた右手で刃を握り砕き、線香めいて赤く灯った右眼を揺らしてシラノは己の足で床を踏んだ。


「ふゥー……」


 頬を冷や汗が伝う。刃めいた冷気が、二人の小人族(ハーフリング)から発せられている錯覚を受ける。

 奇策は為った。一人は喰らった。

 だが彼らほどの集団を前にすれば、シラノとて無事にはいくまい。それほどに一連の動作は鮮やかであった。

 暗殺の技という――決して手放しには称賛できぬが、それでも研鑽の果てにしか辿りつけぬ領域に至った彼ら。

 おぞましさを伴った、ある種の敬意に近い感情すら抱き始める。だがそれは同時に敵が酷く危険であることを意味している。フローやアンセラ、ジュエルの下に辿り着かせるわけにはいくまい。

 汗を感じながらも腰を落とし、緩やかに手を引き絞る。無手は不得手であるが、鍛錬の成果から最低限の足腰と腕力は培われていた。

 対する斥候猟兵(ウォードレイダー)は一人が狩猟弾弓(スリングショット)を、もう一人が逆手に曲刃を構える。射線を重ねない――手慣れた二人であった。

 睨み合いは一瞬。拳を構えるシラノは吐息と共に床を蹴り、


「イアーッ!」


 召喚した“甲王(コウオウ)”の壁で、敵と己の八方を纏めて囲う。つまり――そこは()()()()()()であった。


「イアーッ!」


 僅かな一瞬の驚愕の隙を突いた。触手を巻き付け引き寄せ――強烈な前蹴りが、斥候猟兵(ウォードレイダー)の顔面に突き刺さる。


「イアーッ!」


 吹き飛ぶ斥候猟兵(ウォードレイダー)を更に引き寄せ、右の拳でもう一撃。


「イアーッ!」


 更に手繰り寄せて角度を調整し、もう一人に射線を重ねて叩き飛ばす。


「イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ!」


 人間砲台ならぬ、人間砲弾。

 全力で叩きつける赫き右腕の膂力は、人間に比べて特に小さい小人族(ハーフリング)の肉体を存分に跳ね飛ばす。

 右の瞳で闇を見渡し、そのまま遮二無二ひたすらに拳をぶつけた。元より相手の土台であるのだ。この奇策を外せば、敗れるのはシラノの方だ。

 油断や慢心はない。残虐や卑劣ではない。彼らは、それほどの敵である。


「はぁ……ふゥー……」


 暗闇の中の混乱と攪拌、衝撃と痛みによる苦悶が効果を為したのだろう。そこに駄目押しで電撃を流し込み、更に全身を縛り上げる。

 “甲王(コウオウ)”を解除し、拳を開けば手は汗に濡れていた。

 暗闇の室内という相手の本領である閉鎖空間での戦い。策を重ねなければ、食い殺されていたのはシラノの方だ。もし尋常なる戦いを挑んでいたなら、それは魔剣に勝るとも劣らない難敵であったろう。

 掌を合わせて一礼し、肺から息を漏らす。

 何故彼らがフローの権能にて眠りにつかなかったかは定かでない。だが、その謎はひとまずはいい。

 アンセラたちも、捜索は為し終えただろうと拳を下ろし――


「ああ……斥候猟兵(そいつら)を物ともしねえなんて、流石は狼の兄さんだねぇ……痺れるねえ。本当に惚れちまう……あんたって奴は、どこの何よりも美しいなぁ……」


 背後から、底冷えがする声を聴いた。

 八歩の向こう。戸の枠に身を預けるように、石で作った槍めいた刀身――〈石花の杭剣(カレドヴールフ)〉をぶら下げた男がいる。

 よれた渋い緑髪と、痩せこけた頬。以前よりも爛々と目を光らせた野良犬の風情の男。


「よぉ……監獄の中からずっと会いたかったぜぇ……? 今日は、剣を持っちゃいないのかい?」


 剣鬼――リウドルフ、であった。



 ◇ ◆ ◇



 シラノの右眼を奪った男。

 邪教徒に与し、そして同時に彼らの命に何の価値も見出さなかった狂った男。

 血風と剣戟のみを愛する異常者。シラノが唯一編み出した秘剣にて葬り、今は投獄されている筈のその男が――回収された筈の魔剣を片手に、そこにいた。

 すぐに月明かりが消える。再び、雨に閉ざされた。

 常人の視力ならば僅かに人の影が判るか判らないかという薄暗がりの中――喜悦をそそり上がらせながら、リウドルフが口を開く。


「……また降ってきやがったか。前にも言ったが、嫌になるねえ」

「……」

「なあ、兄さん……蟹って食ったことあるか? 蟹だよ、あの蟹だ。……港に行ったことがあるか? それとも、川でもいいぜ? なぁ……蟹、食ったことはあるかい?」

「……」


 意図の読めぬ発言であった。

 シラノが黙すれば、つまらなそうにリウドルフは続ける。――いや、それとも楽しんでいるのか。


「蟹ってのは甲羅があるし爪もある……蜘蛛の親戚みたいなもんだ。ハサミがあるし、足がトゲトゲしてて手間がかかる……でも、ちゅーちゅー啜ると美味ぇよなぁ?」

「……何が言いたい」

「いやあ、今……そんな気分だよ。お兄さんの殻を剥がして、ちゅーちゅー啜ってやりてえ……あんたは死ぬ前に、一体どんな顔を見せてくれるんだろうなぁ……」


 ひひひ、と笑いながらリウドルフが身を躍らせた。

 ふらりと店内に入る。まるで、重圧など感じていないかの如き足取りである。

 いや、


「へへへ、なぁ……剣士が剣を手放しちゃ駄目だろう? そうすると……悪い狼さんに襲われて食われちまうぜぇ? ひ、ひ……いやあ、狼はお兄さんの方だったな。会えて嬉しいぜぇ……!」

「……そこで止まれ」

「嫌だねぇ……もっと色っぽく言ってくれよ。そうしたらほら、おれだって気が変わるかもしれないだろう? ……駄目じゃないか。剣士が、武器を置いてきちゃあ……!」


 事実として、リウドルフは何の脅威も感じていないのだ。

 間合いの内に自在に斬撃を発生させる〈石花の杭剣(カレドヴールフ)〉。対するシラノは、完全な無手であった。

 無論、以前と異なり触手の技を使うことはできる――だが、


(打てねえ……触手抜刀は、音が出すぎる……)


 今この場においては、それはまさに致命を意味した。

 争いの音を立てている以上、そんな心配は今更かもしれない。だが、斥候猟兵ウォードレイダーの二人を葬った際には“甲王(コウオウ)”を震わせ防音していた上に、その他の音というのも雨音には掻き消される程度だ。

 触手抜刀はまさに次元が違う。どの技も、等しく音の壁を破る破砕音が響く。


「なぁ、それともおれのことを誘っているのかい? 今度は無手でも倒せるって……甘く見られているのかい?」

「……」

「甘く見られてるよなぁ……軽く見られてるよなぁ……ああ、ぐっしゃぐしゃに這い蹲らせて殺してやりてえなぁ」

「……」

「ひ、ひ、ひひ……逢いたかったぜぇ……。ずっと逢いたかった……あれから十日ほどだが、お前を夢に見なかった日はねえよ……肩の傷をほじくりながら毎日ずーっとお兄さんのことを考えてた」


 背筋に悪寒が走り、鳥肌が立った。

 爛々と輝く狂気の瞳。

 以前も狂っていたが――今はそれ以上だ。完全にネジが外れている。最早一片たりとも、その脳には理性は残っておるまい。

 じりじりと下がる。

 最悪だ。ここにはアンセラもフローもいる。そしてリウドルフなら彼らも手にかける。そんな確信がある。


「夢にまで見たぜぇ……この瞬間をよぉ……!」

「そうか。……なら、もう一度寝かせてやる」


 肩に担ぐように、真後ろ目掛けて剣を伸ばすリウドルフ。シラノに向けられるのは左肩だけで、その刀身は隠されている。

 対するシラノは拳を構えた。無手であった。


「イアーッ!」


 そして召喚発声(シャウト)と共に、六本の触手槍が発現する。

 間合いの利。かつてはそれで勝利した。

 今、この狭い室内では〈石花の杭剣(カレドヴールフ)〉は振るえまい。必然、触手の迎撃にはあの斬撃を用いる他なく――あれは一度きりの打ち切り型。連続して振るうことは不可能だ。

 殺到する触手に追従する形で疾走を開始したシラノは拳を握り、


「……ッ」

「惜しいねえ……もう半歩踏み込んでくれたら首を落とせたってのに」


 踏みとどまったその顎先を赤い血が伝い、マフラーに滴り落ちた。

 細胞の警鐘に合わせて背後に跳び、改めてリウドルフを睨む。

 見れば、触手も全てがその穂先を殺されていた。果たして、リウドルフは生み出せる斬撃を執念と狂気で増加させたというのか。

 否、


「お前……それは……」

「気付くかい? いい目をしてるねえ……そうさ、今打てるのは一本だけだ。ただし、()()()()()()()()()()()()とは言われてねぇ……合わせて一本分なら、それは一本と同じだろう?」

「……」

「そして……今度は二本だなあ」


 ――()()()()()()()()()

 斬撃としての総量はあくまでもその長大な刀身の一撃分だが、合計して一本の形になるように分割した刀身での斬撃を放った。

 舞い散る花弁めいた無数の斬撃。それが、リウドルフが編み出した新たな必殺剣であった。


「あんたにこの斬撃を砕かれたろう? それでおれは考えてね……どうせ砕かれるんなら、()()()()()()()()()()()()()()――って。どうだい……あんたに見せたかったぜ、狼の兄さん」

「……」

「つれないねぇ……そのお高くとまったところが本当にそそるぜ。ああ、あんたってのはきっと他の誰にもそうで――だからみんな思うのさ。あんたを振り向かせたいって。特別な顔が見てえって」


 狂った瞳の中に、理性の光が鋭く灯る。

 だが、それもまた掻き消えた。或いは初めから幻だったのか。いずれにせよ、この剣修羅はシラノとの決着を望んでいた。

 ゆっくりと息を腹から絞り、


「イアーッ!」


 応えてやる義理などない。

 生じた“甲王(コウオウ)(ツルギ)”の平たい刃を、その触手の持ち手を握り投げつける。射程内全てで生じる無数の斬撃は脅威であるが、所詮は剣に過ぎない。重量物の投擲を前にはどんな剣であろうと力負けを免れないのだ。

 だが、甲高い音が響き、


「おいおい……舐めないでくれよ。これでも一端の剣士なんだ。飛び道具を見切るなんて造作もねえ」


 ――()()()()()

 宙で数多の刃に側面を叩かれた触手の平刃が店の扉を突き破った。軌道を見切り、僅かな力だけでその矛先を変えたのだ。

 剣鬼は魔剣使いではない。剣術が意味をなさぬという万物の法理を司る魔剣であろうとも、それよりも先に剣の技が来るからこその剣鬼であるのだ。


「……はは。なぁ、これで三本目だぜ? そんなにおれに――」

「イアーッ!」


 しかし構わず二投目。またしても逸らされるが、織り込み済みである。


「イアーッ!」


 投じたのは武器なのではない。触手なのだ。

 “甲王”から生じる触手の蔦が、リウドルフ目掛けて殺到する。斬り落とされるその端から新たに触手を生じ、そして一撃目で飛ばされた“甲王(コウオウ)”からもまた触手を伸ばす。

 いくら斬撃を多数放てようとも、その総量は剣の数本分である。十メートル級の触手を十本伸ばせるシラノの総容量を比べれば、いずれ競り勝つのは自明の理。

 最早、構うことはなかった。リウドルフの独りよがりの戦いに付き合う意味などない。

 通路を触手で塞ぎ上げ、アンセラたちを連れて一目散に離脱した。



 ◇ ◆ ◇



 ばしゃばしゃと、冷たい石畳に水が跳ねる。

 城塞都市の南の区画。その路地裏を、一行は必死に逃げ惑う。


「ねえ、そんなに不味い奴だったの!」


 ジュエルを抱き上げたアンセラが叫ぶ。どこかで闇に紛れなければならないが、そうも言っていられない。まずは逃げ切らないことには話にならぬのだ。

 触手と共にフローを肩担ぎにするシラノは走りながら首肯した。既に装具は解除し、代わりに襤褸(ぼろ)布同然になった外套を身に纏う。背中には、アンセラたちが袋に詰めた交信道具を抱えている。

 息が弾む。内心を苦渋が伝う。

 闇の中、街角には松明の明かりが次々と灯っていく。明確に捕捉されていた。ここから先は、スパイ狩りである。

 光源を避けるように薄暗がりへと逃げ込み、肺から息を漏らした。そのまま隠れ家に向かう訳にもいかないだろう。このままでは、一網打尽にされる。

 最悪の状況だ――。

 壁に背を預けながら眉間に皺を寄せ、呼吸を整えつつも何とか言った。


「……あいつは、セレーネよりも狂ってる。それで二度と会いたくない……それに」

「それに?」

「捕まった筈だ。武器だって回収されてる筈なんだ。つまり――」


 収監された無法者が天下の往来を出歩き、押収された得物がその手に戻っている。

 それが意味することなど、一つしかない。


「……ああ。とっくにこの街は完全におれたちの手の中――ってことさ」


 路地の出口を塞ぎながら、楽しげな声が上がる。

 通路の左右に満ちた松明を持った外套の集団。率いるのは言うまでもない――肩に剣を担いだリウドルフであった。


「不思議に思っただろう? 外に助けを求められる交信屋を放っておくなんて――おかしいと思ったろう? ああ、そいつは正解さ……()()()()()()()()()()。それが一番大事なんだ」

「……」

「街一個ってのは面倒でね。誰がどこで何をしているかもわからねえ……反抗的な奴らが誰かも判らなきゃ、どうやって潰していくかもわからねえ。ただ、そこに小石を一つ置いたらどうだ? 支配された街の中で上手く暮らせない奴らは、その小石の影に群がるのさ」

「……」

「そこを纏めて斬り捨てる――どうだい? 冴えてるだろう?」


 にぃ、と野良犬めいた風貌の男が口を三日月に歪ませた。

 その剣気に当てられたのだろう。ジュエルとフローは顔を青ざめさせ、アンセラですらも苦々しく歯噛みする。

 一本道の路地裏。敵に前後を押さえられた。完全に追い詰められている。

 だからこそ――皆を庇うようにシラノは一歩踏み出し、決断的に言い放った。


「そんな作戦が判るぐらい……何を目的に動かされているか判るぐらい、お前は相応の地位にいるんだな」

「ほう?」

「知っていることを洗いざらい喋って貰う。……追い詰めたのは俺たちの方だ」


 そして、〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉を抜き放った。

 家の中ならばいざ知らず、通りとあっては野太刀自顕流を使えぬ道理はない。

 確かに最悪の状況である。悪いところに目を向ければ、いくらでも自己嫌悪に浸れよう。心は彼女たちだけでも逃がそうと、必死に恐慌の中で頭を働かせようと叫び続ける。

 それは確かだ。それはそれだ。

 だが――


「罠に嵌められたとは、思わないのかい?」

「……こういう時は、釣り上げたって言うんだ」


 いずれにせよここが死地だ。こここそが死地だ。

 ならば、余計なことは考える必要はない。彼女たちに近付く脅威を、ただ斬り捨てるしかない。シラノ・ア・ローにはそれしか能がない。

 対するリウドルフが、判っていると言いたげに頬を歪めた。シラノのそれは強がりだと。()()()()()()()()()()のだと。

 だが、構うものか。

 どのみち切り抜けねばならぬのだ。今すべきは後悔ではない。フローを、アンセラを、ジュエルを生かして返す為に戦うことだ。

 そして、奥歯を噛み締めたその時――


「……なるほど。確かにその言葉は道理だ」


 通路の真逆――右の出口のその先から、重い足音と重低音の声が響く。


「ああ。敢えて罠を作ると言うのは立派な作戦だ。だが……ならばこそ、それを見張る人間がいる事にも気付くべきだったな」


 暗闇よりもなお暗いと思えるほどの漆黒の影。

 陰気を煮詰めて闇で包んだと言わぬばかりの仏頂面で――一房だけ混じった金髪を靡かせるその男。


「助太刀しよう」


 アレクサンドが、そこに居た。

◆「フォーティファイド・シティ・イン・フレイム」 第二幕◆

◆「アレクサンド・リターンズ」その三へ続く◆

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