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第四十一話 ガーディアンズ・オブ・フォーティファイド・シティ その三

◆「フォーティファイド・シティ・イン・フレイム」 第一幕◆

◆「ガーディアンズ・オブ・フォーティファイド・シティ」その三◆


 作りかけの荒い赤マフラーを風に靡かせ、触手野太刀を握ったシラノは一人丘を進む。

 対するは城塞都市。建物にして七階分に相当する城壁と、その両端に立った物見の塔。街の北門はすっかりと閉ざされ、その両脇の見張り塔は不気味に沈黙する。

 城壁のその上に人影は見えない。全員が、その石の壁の覗き窓――矢眼から覗いているのか。いずれにせよ、敵の姿はない。

 城壁まで四百メートル。まだ、敵の矢の射程には及ばない。僅かに震えそうになる手先を絞り、腹から息を絞り出す。


「……」


 一番槍。単騎がけ。

 前世では創作物の中で数多く聞いた言葉であるが、まさか己がそれをする立場になるとは夢にも思わなかった。

 馬があれば、或いは駆けていれば。少しは内から湧いてくる恐怖が鳴りを顰めたかもしれない。だが生憎と徒歩(かち)であり、おまけに走ってなどはいなかった。

 出方を見るのだ。その為にここにいる。悪戯に敵を刺激する訳にはいかない。どれほどの危機感を持った相手なのか――それを見極めるには、こうしてただ歩み寄るのが一番であった。

 だが、遠い。徒歩ではあまりに遠い。

 それなのに敵が大きく見える、いや、事実として大きいのだ。街はおおよそ一キロ四方のもの。対する己との距離は四百メートル弱。街の中心部よりも城壁に近い位置に、今の己は居る。

 既に両目で捉える視野からは僅かに溢れつつある。それほどに幅広いのだ。幅広く長大で、そして強固である。


「ふゥー……」


 生身で巨大な怪物に挑みかかるとしたら、こんな心地であろうか。

 城塞一つに唯一人で戦いを挑む――何とも馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいほどに絶望的だ。絶望的すぎて、それがどれほどまでに恐ろしいことなのか想像が及ばない領域に足を踏み入れている。

 だが――ここは死地だ。ここが死地だ。

 たとえそれが万の大軍だろうと、業火を漏らす巨竜だろうと、魔技を磨いた魔剣士だろうと変わらない。

 そこにあるのは早く死ぬか、遅く死ぬかだけだ。どんな相手だろうが、()()()()()()()という事実には何の変わりもない。

 ならば、すべきことは変わらない。

 死んだら終わりだ。誰に殺されても終わりだ。相手が邪教徒だろうが邪竜だろうが、相対して殺されたら死ぬ。相手は何でもいい。真理はそこだ。道理はそこだ。

 ――そう思え。

 ならば、こここそが死地――――たとえそれが鬼だろうが仏だろうが、ただ、己という刃一つで立ち向かうだけだ。

 ――今はそれでいい。

 ――そうでなくては戦えない。


「俺は……触手剣豪だ」


 己が何者であるかを刻み込む。吐息を一つ。睨むは城壁。打ち付けるは己。

 いざやこの戦――尋常に、始めるべし。

 三百メートルを割った。もう、矢の射程に入る。そして果たして、風に流された矢が飛来した。

 僅かに先の地面に突き刺さった。警告なのか、挑発なのか。一矢だけで他に飛び来るものは何もない。

 一息吸い、その矢を越えた。死線を跨いだ。ここから先が――――即ち死地である。

 後続は来ない。声も響かない。そのことを確認し、駆け出した。


「イアーッ!」


 両手で突き出した牙めいた対空の平突きが、触手の三段突きが弾ける。極超音速で放たれた剣の弾丸は、しかしその曲刃という形状故か空気抵抗に翻弄され奇妙な円を描きながら、外壁を削るに留まる。

 やはり、減衰が激しい。

 前世で歩兵が運用していた小銃の高速初速弾を倍以上も凌駕する超高速で撃ち出される刀身の重さは、実に弾丸の五十倍。

 その身に宿した運動力はそれらの比ではないが――しかし長大な刀身は、粘性を持つ空気に力を削がれていく。

 これでは、貫けぬ。

 中から嘲笑う声が聞こえた気がしたが――構わぬ。ならば、近付いて存分に叩き込めばいいだけだ。


「イアーッ!」


 己の周囲に展開した都合十六の触手召喚陣。その半数は直刃を生み出し、残る半数の触手で柄を握る。

 駆ける己を中心に蠢く八本の触手/八本の剣――その全てを、城塞目掛けて平らに構える。二百メートル――いよいよ視界には城壁しか飛び込んでこない。

 そして、()()を携えたということが効いたか――撃ち出されるは無数の矢。無数の火球。空を裂き、死が飛来する。


「イアーッ!」


 四方八方に射出された触手刃――空中で衝突した火球が爆発四散。粉塵へ消し飛ばし、そして遥か先の矢眼で絵札を構えた男を縫い留める。

 そのまま――更に生み出す都合三十二の触手召喚陣。十六の刃を構え、一身に城壁に対して平行に駆け抜ける。

 背後で火球が弾けた。雨めいて降り注ぐ矢を、生じた“甲王(コウオウ)”の大盾で受け逸らす。己の周囲に等距離に保った三本の触手が、大盾を構えて攻撃を凌ぐ。

 城壁は、蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。

 上がる吐息と、こみ上げる頭の痛み――だが構わず叫んだ。


「イアーッ!」


 針めいて鋭い新たな触手刃を、見える矢眼のその空洞に向けて撃ち飛ばす。当たったのか、そうでないのかは分からぬ。映画の戦争めいて辺りで弾ける土や草の悲鳴が、爆音が、炸裂する焼け岩が判断力を奪う。

 ただ一人で地獄の塹壕戦に巻き込まれたかの如き轟音。我が身一身に降り懸かる多量の火線。足を止めたなら、すぐにでも死神に首を捕まれるとすら思える。

 だが、戦はまだ始まったばかりだ。

 この一所を懸命に担う――それしかない。


「イアーッ!」



 ◇ ◆ ◇



 僅かに離れた森の中で、潜む男たちは目を見開いていた。


「しょ、触手使い……!?」

「触手使いだって……!? なんだってそんな奴が……」


 魔剣使いという触れ込みであった剣客が、その身から触手を放って戦いに挑んでいたのである。その驚愕は、常の比ではなかった。

 触手使い――。

 竜の大地(ドラカガルド)の空や地に根差す神々ではなく、何か異なるものと通じる者。魔剣に端を発した“貴”たる魔の理ではなく、さりとて“卑”の理とも呼びきれない得体の知れないものを操る者。

 女を惑わせ、男を狂わせる。少なくとも古くからそう言い伝えられている者たちであった。


「大丈夫なのか、そんな奴に任せて……」


 と眉を顰める者もいれば、


「実は、あいつは城内の奴と呼応しているんじゃ……」


 と疑いの眼差しを向ける者もいた。

 それほどまでに、シラノは奮戦しているのだ。射かけられた矢を斬り落とし、飛びかかる火球を砕き散らす。ただの一人で、城壁の持つ火力と相対して喰い下がっている。

 それは衛士の持つ兵術や魔術の理から外れていた。殆ど、魔剣と呼んでも良いほどの権能である。

 であるが故に、およそ認められるものではなかった。

 魔剣とは唯一絶対の法理――それを触手使いなどという得体のしれない輩がその身に為せる筈がない。いや――或いは()()()()()()()()()

 十分に研鑽を積んだ名だたる剣客や賢者ではなく、若輩の士がそれを行っているというのもまた男たちの疑念となった。


「……っ」


 ざわりと広がった疑心と、そこから発せられた心無い一言にフローは背筋を震わせた。

 俯いて肩を震わせて、それでも言い返さずに大粒の涙を流しながら一目たりとも見逃さんと戦場を見続ける。フードを被り直すその時も、どれだけ指先が震えていようと目だけは背けようとしない。

 頬を熱いものが伝わるのを感じながら、ただじっと眺め続ける。

 視線の先のシラノは鬼気迫る表情で、苦悶に歯を食い縛りながら息を吐こうとした歪な笑みで、ただひたすらに城門から放たれる無数の火線をやり過ごしていた。

 幾度と危うく矢を掠らせようとも、群れを守る狼めいて城壁へ刀という牙を剥くことをやめない。

 足を止めれば、手を休めれば、その瞬間に死という渦に絡めとられてもおかしくない――そんな戦場であった。


「……本当に任せていいのか、あいつに」


 そして誰かがそんな言葉をつぶやいた瞬間、


「あんたら――」


 アンセラが目を剥いて食いかろうとし、


「いやあ、実に見事な単騎駆け! これでは私も立つ瀬がないんだが!」


 果たして、声を上げたのはリュディガーであった。

 全員の目が集まる中、彼は快活に笑い飛ばした。にぃと目を細め、闘志を滾らせて城門を一瞥し――言った。


「さあて、我が戦友(とも)たちよ! いざや各々がたよ! ()くして勇敢な若者が独りで一番槍を務めておりますが――さて、では我々は何をすべきか! 彼の華々しい単騎駆けの添え物となるべきか! 彼がのちに語られるとき、見過ごしただけの無能者になりやしょうか!」


 それは、よく通る銅鑼声であった。

 そして精悍な目が全員を見回せば――また彼らに、火が灯る。


「いいや、おれたちは衛士だ! 街を守るのはおれたちの仕事だ!」

「……ああ、外から来た触手使いに全部やらせてたなんて衛士の名折れだ!」

「あいつはおれの息子ぐらいの歳なんだ……まだまだ若造には負けられねえなあ!」

「立派に街を守ったって言われたら、きっとモテるよな!」

「おうとも! じゃあ、ここで黙って見守って……触手も使わずにモテる触手使いなんて生み出しちゃいけねえよな!」

「そうだそうだ! 仕事もできねえ無駄飯喰らいだなんて呼ばれたかねえ! あいつ一人にいい格好させるかよ!」


 方々から声が上がるのを満足そうに眺めたリュディガーは、片目を閉じて隊長に送った。

 皆の期待を込めた視線を受け取ったレオディゲルは荷が重そうに首を鳴らし、


「……あいつが踏みとどまってるうちに行くぞ。炎狼の嬢ちゃん、準備はいいかね」

「あたしの準備はとっくにできてるわよ。……待たせたのはどっちか判ってんの?」

「……おれに噛みつかないでくれ」


 アンセラに射竦められて、首を縮めた。

 誰もが水源を司る施設に、上水道に繋がる施設へと意気揚々と足を踏み入れていく。

 一人冷静なアンセラは一度フローを振り返り、


(シラノくんっ……! シラノくんっ……! シラノくんっ……!)


 両手を胸の前で握る彼女を前に、何も言えずに敷地へと足を踏み出した。

 アンセラがフローの為にできることは、シラノの為にできることは、ただ速やかに城塞都市の内部へと侵入することだけだった。

 これまで戦った村を狙う魔物や知能の高い竜、或いは蛮人やならず者ではない。

 組織された敵との市街地戦――不安を掻き消すように、アンセラは炎髪を棚引かせて首を振った。



 ◇ ◆ ◇



 邪竜の巨体に突進されたかと思う衝撃であった。

 気付けば頬に触る土と口腔に広がった青臭い草の匂いに、己が吹き飛ばされ、そして無様(ブザマ)に地を転がっていることを認識した。

 至近距離に一発。どうやら、特に魔力に優れたものがいたらしい。

 鼓膜が片方やられたか。認識しながら、叫ぶ。


「イアーッ!」


 宙に作った“甲王(コウオウ)”の盾が迫る火球を受け逸らした。正面から受けてしまうと酷く爆炎が溢れる。上空への視界の一端が阻まれるのは、望ましくない。

 そのまま新たに生み出した盾に背を預けて吐息を吐いた。流石に肺が疲れ果てている。足は灼熱のようになり、融けているとさえ錯覚する。翌日は筋肉痛だろう。生きていればの話だが。

 辺り一面を畑にして耕す気か。そうとまで思えるほど、城塞からは炎弾と強弓が降り注いでくる。

 近くの地面はすっかりと剥き出しになって、大蛇が地を擦ったかの如くあちらまで続いていた。

 上がる粉塵も厄介だ。このまま留まり続ければ、煙に視界が閉ざされる。そうなれば、受けきれずに致命傷を受けるかもしれない。


「ここが死地、か……」


 荒い息で天を仰ぐ。冬だが、青い。昼を過ぎて、まだ夕には早い。

 青い空の下でたった今殺されかかっている――そう考えると奇妙な笑いが零れてきた。戦闘の高揚だろう。普段なら、もう少し苦々しい気持ちの筈だ。

 だが、だからこそまだやれる筈だ。

 シラノに課せられた使命は三つ。

 ――外に、城塞を揺るがす脅威がいると思わせること。

 ――可能な限り敵を疲弊させ、その出方を探ること。

 ――そして何よりも生存し、情報を伝え、シラノという脅威の影を街の外に置き続けること。内に目を向けさせぬこと。


「……判ってる。問題は、ねえ」


 独りごち、頷いた。

 盾の上、頭上を飛びぬけた火球が丘の斜面に当たって弾けた。やはり狙いというのはそう鋭くはない。ただ、これだけの数を撃ち続けられたら当たるだけだ。

 シラノの頭痛のように、魔術にも持続力が――つまりは魔力にも限りがあるとは聞いた。そして矢にだって限りはある。

 ならば使い尽くさせる他ない。街の中に武器を向けるという発想が出ないように――或いは出ても実行できないように消耗させる。それが必要だ。

 乗り込むかとも考えたが、まだ早い。

 およそ五キロ強の城壁はたった一人では打ち崩せない。その半ばで恐怖に狂った邪教徒に街を攻撃されては、シラノと、衛士の彼らがやっていることが台無しになってしまう。


「ッ痛……!」


 丁度背中を預けた盾に火球が激突した。内臓を突きあげられるような衝撃に、肺から吐息が零れた。

 あまり休んではいられない。何より、元より休む為にこの場に来たわけではない。

 そして――思い切り吸った息を、一息に吐きだした。


「イアーッ!」


 途端、シラノの向こう数メートル――その地面が弾け飛ぶ。土が上に飛び散りながら、そのまま左右へと走っていく。

 片手で地を押し、飛び出した。そのまま、たった今できたばかりの溝に飛び込む。空中で触手を生んで勢いを殺し、無事に地面へと降り立った。

 今は己の前後を囲むのは土の壁。

 正しくは、掘ったのだ。地面を。それが完全な溝となって視界の向こうまで走っている。

 いわゆる塹壕であった。

 超高速で土中に生み出した触手――そして触手から生み出す触手。その力で地面を押し退け、同時に圧し、或いは均し、シラノは己の背丈よりも深い塹壕を作り上げた。


「こういうのは、詳しくねえけど……ああ、やるしかないなら退くべきじゃないよな」


 一定の高さを持つ相手に塹壕が有効なのか。生憎と知識になかった。

 だが、地面より更に深き段差と己の前後に(そび)える土壁は、“甲王(コウオウ)”を生み出して城塞側の壁に身体を預けていれば大事には至らないだろうと言う確信を生む。

 損害があり得るとしたら、よほど奇麗な放物線を描いてほぼ垂直に落下してきた場合のみ。

 そしてそんなものは、迎撃すればいい。それだけの話だ。


「人は石垣、人は城――か。……触手なら、俺一人でも城塞が造れる」


 その身に感じた恐怖と、そして恐怖を忘れさせる為の高揚からだろうか。己がやけに多弁になっていると感じた。

 だが、これでよかった。死地で(うずくま)って死ぬのだけは御免だ。ここには、死ぬ為に来たのではない。


「イアーッ!」


 “甲王コウオウ”の盾を触手で構え、宙の触手を踏み台に、塹壕から身を乗り出した。

 そして己の周囲には六十四の召喚陣――都合三十二の触腕と、握った直刃。極紫色の切っ先を全て別に稼働させ、狙うは矢眼。灰色の石の城壁に作られた覗き窓。

 これは所謂――()()()()である。


「イアーッ!」


 そして放った。三十二の内――九が城壁に弾かれ、十が空中で火球にぶつかり爆裂し、十一が窓から内に入り、一が守兵の腕を、一が守兵の肩を貫いた。

 塹壕に飛び戻り、意識を集中する。

 幻肢めいた触手から伝わる触覚――大気の揺らぎを感じ、伝わる振動を感じる。激しい頭痛の中、精緻に状況を把握する。

 十三の牙。己の腕が、肌が、無数に飛び散り全てがまだ己の一部であるという奇妙な感覚。おぞましい気配。

 混ざり合い、撹拌し、氾濫し、侵食してこようとする()()()()()感覚器。

 触手が深黒く、色を失った。

 疼く頭痛が却って気付けになるほどの情報量に眩暈を感じつつ――瞳を閉じて食い縛るは歯。

 怒号を飛ばす集団。恐怖に身を屈める男の息遣い。我先に駆け逃げる足音。斧を引きずりながら近寄る擦過音。手当たり次第に投げつけられる剣。砕けた弩弓。油壺。松明。盾。怒声。呼吸音。嘲笑。詠唱――――。

 目を見開き、


「イアーッ!」


 放つは触手抜刀。多重斬撃の触手抜刀――“唯能(ユイノウ)(オロシ)”。

 同時に複数、十三の地点で城壁が弾け飛んだ。縦に切り裂かれて屋根を飛ばした。強烈な爆音と、飛び散る石片を感じた。

 トロイの木馬めいて触手を城塞に打ち込み、そして人間を避ける形で斬撃を爆裂させたのだ。これこそは――名付けて白神一刀流・戦ノ技“白爪離刃(ハクソウリジン)”。

 僅かに塹壕から身を乗り出せば、矢雨に陰りが出ていた。成功したのだ。シラノという存在は、城壁への脅威となった。

 ややおいて城壁が修復されるが――構わぬ。これで、奴らにも安全地帯はなくなった。そう知らしめた。


「ふゥー……」


 片手で額を握りつつ、塹壕の中で乱れた息を整える。

 吐息が抜ける喉が渇いて熱い。

 地の溝に隠れどこから来るか分からぬ敵。そして、万が一巻き込まれれば命はない触手の飛刃。

 撃ち込むはずだ。よりもっと、撃ち込むはずだ。無駄弾を使い続ける筈だ。恐怖に駆られる筈だ。

 つまりはここに本懐は成った。――あとは、攻め続けるべし。


「イアーッ!」


 脂汗を拭い、すぐさまに駆け出した。

 止まるまで動くのだ。それしかない。そう決めるしかなかった。



 ◇ ◆ ◇



 フローから見たそれは、少なくとも引き止めるという言葉以上の奮戦であった。

 魔剣でも用いぬ限り、城壁を崩すなど人の身には過ぎた所業だ。大きく外れた力だ。

 だが、たった今目の前でそれが為されている。為しているのだ。一人で。

 降り注ぐ矢雨から身を隠して、堀から躍り出たシラノが剣による砲撃を行う。多段突きで射手された刀身が覗き窓からその城壁内へと穿ちかかって、そしてまた斬撃が走る。

 壊せる。壊せるのだ。城塞都市の城壁を、壊せるのだ。


「シラノくん……!」


 少なくとも、負けぬと思えた。

 あれほどの大きさの城壁を斬れるのだ。決して有利とは言えない。だが、まるで及ばぬというほどではない。

 つまり、逃げられるのだ。何とかして逃げる時間を作ることは可能なのだ。

 危険になったら、逃げればいい。あとはどうなろうと構わない。フローだって、人に触手の技を使うことを躊躇わなければいいのだ。

 彩色を変えて周囲に溶け込ませた触手の繭の中、祈るように見詰めたフロランスは、


「ひっ」


 口から悲鳴を漏らした。

 城壁の上から、次々に人影が身を投げたのだ。十や二十という数には見えない。そんな規模ではない。

 その誰もが次々に、七階の高さから飛び降りては捨てられた操り人形めいて地面に打ち付けられる。

 どう見ても投身自殺にしか思えなかった。

 だが違う。違うのだ。

 その人影が――完全に影が人型になったような自殺者たちが立ち上がる。

 ()()()()()()()()()()()()()

 これは――


「そんな……」


 ――魔物、であった。



 ◇ ◆ ◇



「ごほっ……げほっ」


 頭上で弾けた至近弾に、上がる土煙に思わずむせた。そしてそのまま、吐瀉しそうになる。

 身体を伝う汗すらも感じられないほどの灼熱の運動量。だが、腹の内は冷えていた。背筋は震えていた。吐き気を伴う寒気が、頭痛と共に押し寄せる。

 気を抜けば壁に背を預けたまま蹲ってしまうかもしれない。そんな悪寒と不快感だった。

 とうに触手を呼び出す限界というのを過ぎているのかもしれない。これだけ汗を掻いているというのに、指先は冷たく固くなっていた。

 耳鳴りが酷い。頭痛に、景色が遠のいていく。


(……いいや、まだだ。まだ、終わってねえ……!)


 止まりそうになる足を殴りつけ、拳を壁に打ち付けた。掴んだ土で頬を擦り、無理矢理に自分の触覚を励起させる。

 少なくとも日が没するまで。それまでは、戦い続ける必要がある。闇に紛れて姿を消さなければ、敵に恐怖という材料を与えられない。

 空気が弾ける音がする。炸裂する火球の音が。空を裂く矢の風切り音が。降り注ぐ死の予兆が。

 変わっていない。ここは死地だ。何も変わってはいない。今更、痛苦を知らせるな。

 お前は死んでいるのだ。――だから死ね。震えるな。喚くな。

 死ね。ここで死ね。死を思い出せ。死の静寂を思い出せ。

 止まるな。誰も許してない。自分は許してない。肉体なら、精神に従え。精神なら、魂に従え。ここは死地だ。()()()()()()()()()()――――。


「イアーッ……!」


 口元を拭い、触手を生み出した。

 塹壕の中で横一列へと連ならせた百二十八の触手召喚陣。六十四が刃を為し、六十四がその持ち手を為す。

 ぐわ、と目眩がした。

 最早、分からぬ。自分がどこにいるのか。どれが自分の腕なのか。全てが己の肉体とすら感じられ、そしてまた全てが自分と異なっているとも思った。

 境界が混ざる。震える大気に、揺れる脳に、己と外界との境界が溶けていく。

 身体はどこだ。腕は、どこだ。どこに自分がいる。どこにも自分がいる。どれも、自分だ。揺さぶられる。強烈な頭痛に、自分という輪郭が揺さぶられる。

 構わず、蹴った。躍り出た。


「――――」


 叫び、放つは六十四の刃。切っ先が向いたのは城壁の矢眼。その小窓が、小さな穴が、遥か先にある石造りの窓が、すぐ手元にすら感じられる。

 これは一枚の絵だ。その絵を、好きに破りつける。絵の上で指を這わせ、爪を立てて破いている。

 世界が溶解している。世界は攪拌されて混ざり合っている。全てに違いはない。区別がない。ここがあそこで、あそこはここだ。何もかもが陽炎の向こうで踊っているのだ。

 ひとつにしてすべてであり、すべてにしてひとつだ。現実の中で夢を見ている。夢の中で現実をみている。夢の中でゆめをみている。

 ただ叫んだ。にひゃくごじゅうろくの召喚陣。ひゃくにじゅうはちの刃。放った。紫色の流星だった。

 ぐしゃりと、城壁が揺らぐ。

 縦に引き裂いた。縦に、たてにひきさいた。治ろうとするところを引き裂いた。

 ごひゃくじゅうに。だが、たりない。掴むための触手が足りない。よびだしきれない。ここが、限界なのか。


「――――」


 門がそれ以上開かない。いいや、ひらくのだ。夢の海がたりない。波だ。波としてあふれだせばいい。

 己の脳髄が、夢が、海として溢れている。門のむこうにある。ここだというのに、向こうにある。向こうにしかない。なら、それをひきだして放てばいい。

 ずわ、とおのれの肌が溶けた気がした。

 現実を溶かして夢に変えるのだ。現実は、夢の中の泡だ。ゆめが煮立ってその泡が現実になっている。ならばそれを更に煮詰めれば、現実を煮溶かせば夢に戻る。そして、夢をまた溶かして戻せばいい。

 深淵(ならく)を覗いている。深淵(ならく)が見詰めてくる。深淵(ならく)の深黒い火の瞳が、触覚めいて拡がって――

 

 ――途端。

 ぞわりと、肌が粟立った。

 鬼火を灯した獣人めいた魔物が、穢れの人型が押し寄せてくる。その漆黒に、現実を塗り潰さんばかりの漆黒の一滴に我を取り戻す。

 黒い波だ。黒い死だ。死だ。死がやってくる。


「……っ、イアーッ!」


 咄嗟に放てたのは四つの触手刃。空を裂くそれが魔物の上体を消し飛ばし、そして地を抉って土煙を巻き上げた。

 たった四つ。

 押し寄せる波を救世主のように割り、そして掻き消すように抉り飛ばしたが直ぐに後列が満ちる。魔物の歩兵だ。魔物を、歩兵として運用しているのだ。

 城壁から撃ち出される矢に、火球に、次々に魔物が呑まれる。だが、一体たりとも足を止めることはない。そして射手も気に駆けない。

 塹壕という障害に隠れたシラノを潰すために放った数多の歩兵――死を恐れぬ死の軍団。それであった。

 揺れる目眩の中、唇を噛み締めて両足で土を踏み締める。正気を取り戻さねば、待ち受けているのはただ死だけだ。


「ふゥー……」


 触手は一時的に打ち止めなのか。出せても少数。それに、制御も覚束ないと思えた。触手抜刀すら放てぬ。

 舌を打ち、塹壕へと転がり込む。そして転げざまに抜き払ったのは〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉。

 片腕の指先までの刀身を持つ〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉では壁と壁が狭い塹壕とは相性が悪い。だが、これしかない。


「イアーッ!」


 今の己にできうる精々。“甲王(コウオウ)(ツルギ)”で塹壕の半ばに天井を作り、擬似的なトンネルを作った。そして、逆の入り口を塞ぐ。

 一方通行の行き止まり。日を翳らせたそこに入る。ヒヤリと、湿っている気がする。

 息が乱れ、小刻みに早くなる。

 それを殺す。なんとか呼吸を整えた。丘の上から、次々に塹壕へと魔物がその身を踊らせてくる。仲間を踏み付け、下敷きにし、そして這いずり、手を伸ばす醜悪な宴。

 ここが地獄か。そうとすら思えた。狭い堀に無数の黒き魔物が押し込まれ、駆け込んでくる。


「……」


 左右も壁。背後も壁。頭上も壁。逃げ場はない。だが――それがいい。

 つまり、襲い来る全てを殺す。それしか切り抜ける方法はないのだ。

 呼吸を絞り、切っ先を正面に向けた。ここからは剣術には頼れぬ。ただ、己の死線の経験を信じるしかない。


「イアーッ!」


 まずは、地面から柵めいた杭を。槍衾を張った。そして壁と壁を繋ぐように斜めに触手の支柱を張った。それをいくつも張った。出鱈目に鉛筆を走らせたように、空間に無秩序に支柱を張り巡らせる。

 触手は今、水を溜めているようなものだった。

 貯水塔が空になった。そこを満たそうとする水を、片端から使っているのと同じである。使う限りは回復しない。

 最後に触手槍を生み出し、頭痛を追い出そうと首を振った。

 逆手の〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉を土に刺し、両手の頼りに槍へと力を込めた。


「――」


 そして眼前。駆け込んできた一体が柵に激突する。暴れる。壕室が揺れる。

 だが、魔物は勢いを削がれた。無様に首を晒した。

 すかさずその喉笛を貫き、槍を引き抜く。相手には知性がない。罠を罠とも気付けず、シラノという生者の獲物目掛けて真っ直ぐに飛び込んでくる。

 そこを殺すしかない。土に還すだけだ。あとはそれを繰り返す。殺して、殺して、殺して、殺して――――動くものがいなくなるまで殺し切るだけだ。

 ただ、努めてそれのみを考える。他を考えれば、きっと恐怖に呑まれよう。

 完全に囲まれた。背後は壁だ。壕室は炎弾がぶつかっては揺れ、逆側からも纏わりつく魔物に軋ませられている。

 正面には地獄の亡者めいて押し寄せる魔物の軍勢。腕を伸ばし牙を剥き、袋小路に飛び込んだシラノを捕食せんと詰め寄ってくる。


「すゥー……」


 来い、と念じた。

 どんなことでもいい。己を振るい立たせろ――――そう呼びかけた。

 なんでもいい。どんなことでもいい。絶望に囚われるな。そして、死から目を逸らすな。己を手放すな。

 何でもいい。とにかく考え続けろ。諦めたその時こそが、足を止めたときこそが終わりを意味する。

 正気のまま、死を想え――。


(ああ、歴史的に……この程度、別におかしな話でもねえ……!)


 同じ地名の名がついた古代ギリシアの戦。炎門の戦い。一度はスパルタの王が指揮を執ったペルシャとの戦い。二度目はガリア人との戦い。そのどちらでも、少なくとも十倍。多くは三十倍以上の敵と戦った。

 三国志の張遼や楽進らは、合肥にて実に十数倍の孫権軍を打ち破った。

 歴史に名高きかのユリウス・カエサルは二十倍以上のガリアの大軍を逆に包囲した。

 鳥居強右衛門の名の光る長篠の戦いでは、城の守兵は三十倍以上の武田軍の猛攻に耐えた。

 彼らは誰も英傑であるが、シラノのように異能の力を持たぬ人間だ。そんな彼らが、守ったのだ。戦ったのだ。異能を持たず、死地に飛び込んだのだ。

 ならば、何故退けるか。

 無論、彼らの域に達せられるとは思えないが――――なんでもいい。思考を止めるな。こじつけでいい。無理矢理でいい。不適切でいい。とにかく考え続けろ。死に呑まれるな。

 これは武器の問題ではない。能力の問題ではない。これはただ己の一分(いちぶん)の問題である。

 そして街の平穏の問題であり、それを守ろうとしている男たちの問題であり、その為に何ができるかの問題だ。


「……来い」


 押し寄せる黒い魔物の波が、洪水めいて襲い掛かる。胸を貫かれ止められる黒き人狼めいた人型。その喉を貫き塵に戻す。

 飛びかかってきたものが、支柱に当たって墜ちた。胸を晒したそこを貫き穿つ。

 穿たれた化生が塵に消えるまでの僅かな時間に、その躯を踏み台に転がり込んできた魔物がいた。やはり支柱に阻まれるそこを、槍で突き刺した。

 支柱を掻い潜った魔物を逆手の〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉の刃で貫いた。

 それをただひたすらに繰り返す。ただただひたすらに繰り返す。天井に押し寄せた魔物が、背後の壁の向こうに群がった魔物が、降り注ぐ火球が壁を揺らすが構わず貫いた。

 最早、思考は溶けた。一心に槍を繰り出し、剣を突き出す。ひたすらに殺し続ける。

 斬る。斬るのだ。己の腕は、その為にある。己は、その為にいる。

 爪が掠める。斬った。腕を掴まれた。殴りつける。灯る鬼火を抉った。柄で殴る。斬った。

 躱し、斬る。押し止め、刺す。殴り、蹴る。

 踏ん張る力を失えば支柱を握り、剣を繰り出して敵を倒した。触手は精神に従う。赫き右腕は動く。疲労や限界などと言う言葉を無視して動く。

 己であって己でない腕。実体を持ちながら実体の理を離れた腕。フローから与えられたその腕は、最早シラノの精神と不可分のものとなっていた。


 殺せと命じた。右腕が跳ねる。胸を貫く。

 肩を掴まれる。爪が食い込んだ。その指を噛み千切る。怯むその目に手刀を捩じ込んだ。

 ひん剥かれた牙。槍を噛ませる。右手の剣。柄尻で殴る。動かなくなるまで、殴る。

 死体を蹴る。盾にする。横薙ぎの腕を掻い潜り、胸を刺す。

 蹴った。槍で押す。貫く。そのまま重しに、剣で首を跳ねる。

 首を押さえつけ、刃を突き立てる。足りねば、牙を立てた。喉笛を喰い千切る。剣を握るまま、殴る。斬る。

 斬る。斬る。斬る――――ひたすらに斬る。ただ殺す。ただ斬る。

 繰り返した。

 それを、繰り返した。

 どこまでも繰り返した。


「はぁー……はぁー……」


 限りないと思えた敵も、やがて尽きる。だが、それより先にシラノの限界が来たのか。

 敵を貫き留めた槍の柵は、鋼鉄ほどの強度を誇った槍衾は既に折れていた。支柱も歪み、残すところはあと一本。

 繰り出した槍も半ばから曲がり、それでも支柱に引っ掛けて敵を刺し殺す道具とした。だが、魔物数体に両手で抑えられてしまえばもう後もないだろう。

 いよいよここまでか――最早瞼を持ち上げる気力すら湧いてこない中、だが右手は〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉の柄を手放さなかった。

 ああ、と吐息を漏らす。


「ここが、死地だ……! 俺が、触手剣豪だ……!」


 残る支柱へと逆に飛び込んだ。いや、飛び込むというにはあまりにも遅かったのかもしれない。

 だが、辿り着いた。左手で、自分目掛けて退き剥かれた魔物の口腔へ〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉を突き立てる。

 室内には数体。そして、この防塁の外に取りついた幾体かの魔物――丁度よかった。

 床を蹴り、腕一本で掴む支柱。そして、叫んだ。


「イアーッ!」


 ――外法ノ一“白神空手・武雷掌(ミカヅチ)”。

 電撃を放つ触手の特性を増幅器に、その全面から電撃を放つ。赫き右腕に籠められている魔力を、更に増加した電撃として触れた魔物目掛けて放ち尽くす。

 空気が弾け、オゾン臭がする。魔物が焦げる匂いがする。だが、最後の一滴まで絞り切った。

 その身に込められた力を使い切った“甲王(コウオウ)”の盾が掻き消えた。そして見上げたそこに居たのは――外套に身を包んだ数名の邪教徒であった。


「お、お前は……お前はなんなんだ……!」


 既に死したと思っていたのか。恐慌状態に見開かれた彼らの瞳――好都合だ。


「俺は……! 俺は、触手剣豪だ――――ッ!」


 握った〈金管の豪剣群(ブルトリングス)〉。生み出した触手で男たちの足を掬い、塹壕へと引き落とす。そして縦一文字。剣の腹で、その頭を叩きのめした。

 剣を握り肩息を吐く。改めて気付けば、周囲は既に薄暗がりとなっていた。日暮れまでは、持ちこたえたらしい。

 既に倒れ伏したい気持ちで満杯になりながら――それでも、僅かに回復した力の源泉から新たなる触手を呼び出した。


「白神一刀流……外法ノ三“射節・白鬼(イブキ)”」


 大きく反った一本の触手。そして、その間に張られたのは極細の触手――つまりこれは触手弓であった。

 触手百人張りの弦に番えるのは大きな直剣。幾多に触手を重ね合わせて複合させた、十五キロを超える刀身である。

 それを、虚空から呼び出した触手に支えさせ、そしてまた数多の触手で引き絞る。

 跳んだ。塹壕から身を躍らせ、そして睨むは強固なる城壁――その物見の塔。


「イィィィィィィィィィイアァァァァァ――――――――――ッ!」


 放った矢は膨大な慣性力と共に城壁へと叩きつけられ――その瞬間、放つは無数の触手抜刀。

 着弾と共に矢の先端は更に段階加速し、そして城壁を貫いた矢から更に触手抜刀を放ち続ける。回復した源泉を、全てそこに使いまわす。

 耳をつんざく轟音が響き渡り――


「ハ、ハ……」


 眼前には粉塵を吹き上げて半壊する城壁。壁の一片の半ばから上は吹き飛ばされ、その向こうの街の姿を晒している。これほどの破壊は想定していなかったのか、再生速度も遅い。

 城壁の破壊は為った。こう暗ければ、市民を人間の盾に貼り付けるという策略も効果を得ない。実行には移さないであろう。

 あとは、闇に紛れて転がりながら逃げるだけだ。これでシラノという壁の外の恐怖に、しばらく相手は怯えることとなる。

 問題は、この疲弊した足で森まで逃げ切れるかというところであったが――


「シラノくん……!」

「シラノ!」


 黒色へと変貌させた触手の隠れ蓑から、フローとアンセラが飛び出した。闇に紛れて、ここまで近付いてきていたのだ。

 その顔を見た途端に緊張が薄れ、思わず膝から崩れ落ちそうになる。両腕を支えられた。フローは何とか爪先立ちになって、身長をできるだけ合わせようとしている。


「先輩、アンセラ……なんで……?」

「あたしだけ一旦引き返してきたのよ。この時期、夜の森にフローさんとあんたを残していけるわけないでしょ! 山狩りされるかもしれないし!」

「そう、スか……」

「まさか本当にたった一人で日没まで戦い抜けるとか思わなかったけど……まぁ、よくやったわ。すごい馬鹿だけど今だけは褒めておくから。あんたのおかげで全員無事よ。あんたが、皆を助けたの」


 それでいよいよ身体から力が抜けた。アンセラにこうされるのは、二度目である。

 意識が抜けた体では、引きずるのも辛いかと思いつつもどうにもならない。アンセラは潜む為か人狼化していないし、おまけに隣にいるのはリアムではなくフローである。

 何とか気合を入れようとするも、今度こそ精神も肉体も限界だった。言うことを聞きそうにない。


「大丈夫だよシラノくん! ボクがいっぱい縛って……じゃなかった。ちゃんと触手で運んであげるからね!」

「いや、それはちょっと……」

「シラノくんの言うことは聞いてあげないからね! 流石にボクも怒ってるんだよ! あんなに危なくなる前に逃げないなんて!」

「せんぱ――――もごごっ、もごごっ!?」


 触手剣豪ならぬ触手ミノムシに変えられた。完全にそんな趣味はないのに全身を縛り上げられている。虐待だと思う。

 そして、巻き付いた触手から血管に何かを打ち込まれた。興奮剤とか、栄養剤だろうか。


「……さっさと逃げるわよ。思ったより、街の中は厄介なことになってる……!」


 アンセラの気がかりな一言を聞きながら、意識が闇に遠のいていく。

 包まれるフローの触手は、暖かかった。

◆「フォーティファイド・シティ・イン・フレイム」 第一幕◆

◆「ガーディアンズ・オブ・フォーティファイド・シティ」 終わり◆


◆第二幕「アレクサンド・リターンズ」 その一へ続く◆

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