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第二十六話 魔剣伝説


「魔剣探索……ですか?」

「ああ。……もう誰か、依頼を受けていますか?」

「ええと……」


 話しかけられた受付嬢が、困ったように木札を探す。

 この木札とやらにも刻印が刻まれている。色のついた砂が入った魔法タブレットに挿入すると、応じた依頼の情報が表示されるのだ。

 つくづく、魔法世界というのは凄まじい――何よりその発想力だ。このまま現代まで発展したらどうなるのか――と思っていれば、札を探す受付嬢がふと口を開いた。


「いえ、その、てっきりシラノさんは……また魔物退治でもされるのかと思いまして」

「ああ……いや。今回は、三人で行こうってことになったんで……」


 流石にフローを伴って、ただ湧いてくる魔物を狩り続けるのは何とも味気ないものがある。

 どうせなら何か、せっかく街に出て冒険者をしたのだから――そんな依頼を受けたいのもまた、本心であった。


「うふふ、仲がいいんですね。フローちゃんと」


 そう微笑む受付嬢の目元は、決して疎ましい誰かを語るものではなかった。


「……その、先輩、馴染めてますか?」

「ええ。手が多いって本当に便利で……触手に筆を渡して、字だってすごい勢いで書いてくれますし……疲れを取ってくれるって飲み物もくれますし……。いや、実は今でも触手にはちょっと慣れませんけどね。やっぱり、怖いことは怖いです」

「……すみません」

「でも、フローちゃんはいい子ですよ。まだ顔を隠してしまうこともあるけど……みんなと、楽しく話してくれています」

「それならよかった。……本当に良かった」

「……もっと、周りの方も受け入れてくださるといいんですけど」

「……」


 やはり、か。

 未だに受け入れられているのは一部の人間に限る――という訳だ。

 フロランスが努めて明るくしており、何でもないことではよく騒ぐ為に忘れてしまうが……歴然と“触手使い”に向けられる目はある。

 そのことを、注意しなければならないことを再確認できただけでもマシだろうと瞳を閉じれば、


「あ。フローちゃん、いつもシラノさんの話をしてるんですよ? 『シラノくんならどんな魔剣も魔物も斬れる』とか『いつか伝説の魔剣も斬ってみせるって約束してくれた』とか『竜だって斬り捨てられる』とか『お姫様を助けに行く』とか」

「……それ、話半分に聞いといてくださいね」

「うふふ。……あ、これですね。魔剣の捜索――普通はみんな、見付けたからには自分で使いたいって考えてしまいますし……探すのも一苦労なので、あまり人気はない依頼なんですけど……」

「大丈夫です。……俺には魔剣は必要ないんで」

「ええ、既にお持ちですもんね。食べられる魔剣――でしたっけ?」

「……う。はい、いや、うす……その節は……その……」


 忘れたい思い出の一つだ。

 そのあと挑発にまんまと乗せられ、実力行使で黙らせたことまで含めて苦い記憶であった。

 思えばあれから一ヶ月以上。

 明確に移り変わりのある日常というのは、この世界で目覚めてから初めてであり何とも充実したものであった。

 気恥ずかしくなって後頭部を掻いていると、受付嬢が何かに気付いて声を上げた。


「あ、ええとこれ……依頼者の方も同行する、ってありますね。……まぁ、魔剣を持ち逃げされてしまう可能性を思うと珍しくないんですが」

「そうなんですか。……同行か。先輩、人見知りだからな……」

「別の依頼にします?」


 ふむ、と僅かに黙する。

 報酬も高く、依頼人も同行するというなら“探索場所”のアテが外れる可能性も低い。危険度が高い訳でなければ、断る理由はない。

 懸念はフロランスの人見知りと、依頼人からの差別の目であるが――


「……いや。その代わり、一つお願いがあるんですけど――」


 ポツリとシラノは、一つ条件を付け加えた。



 ◇ ◆ ◇



「随分遅かったけど、シラノくん……何かあった?」

「いや、まぁ……その……」

「んー……大丈夫かい? 何か危ないことあったりしたかな? 変なこと言われなかった? お姉ちゃんに甘えてもいいんだよ? ボクはお姉ちゃんだよ?」

「いらねーっス。それより……先輩。これ」

「え?」


 両手を広げて紫色の瞳でぼんやりと上目遣いを寄越してくるフローへ、麻袋を差し出した。


「靴っすよ。……その、普段先輩が履いてるのよりも底が多少強い奴で、中にもちょっといい素材が使ってあって……歩き回るなら、こっちの方がいいんじゃないかって」

「え……えええ!? くれるの!? ボクに!? シラノくんが!?」

「……いらねーなら戻してきます」

「う、ううん!? いるいる! ボクの為に買ってくれたんだね! ありがとうシラノくん! えへへっ……やったぁ、ボクに贈り物かぁ。やったぁ! えへへへ! 大切にするね?」

「……いや、履き潰して馴染ませてくださいよ。靴なんで」

「ええー?」

「えー、じゃなくて」


 どんなにいい靴だろうと、馴染まぬ限り怪我の元だ。

 靴擦れを甘く見てはいけない。摩擦による局地的な火傷なのである。いくら張り直されるたびに肌が強くなると言っても、それが原因で余計な雑菌が入りでもしたら目も当てられないのだ。

 ……と、やはりフローは聞いていない。受け取った革のブーツを持ち上げて眺めてみたり、指で叩いてみたり、並べて揃えてみたり、実に嬉しそうに鑑賞している。

 まぁ、いいか。

 次いでシラノは、別の木箱を取り出した。依頼に前金の条件を付けて、その分で購入したのだ。

 差し出す先は、微笑を浮かべてフローを眺めているセレーネである。


「シェフィールド。これ」

「え。……私に? これは飾り布(リボン)ですか?」

「ああ。上手いとこ合わせると、鳥の絵ができるから……あとは刻印が繋がって、実際に飛ばすこともできるらしい。なんかの連絡手段にも使えるって」

「なるほど……それは便利ですね」

「ああ、魔術って便利だな」


 ちょっとした小物までが利便性の高い道具になるとは、科学が隆盛した現代に生きたシラノとしても唸らざるを得ない。決してここは遅れた文明ではないのだ。

 具体的に言うとトイレにもウォシュレットがある。魔術って凄い。改めてそう思った。

 思っていると、


「はぁぁぁぁぁぁ!? なんだいそれは!? お姉ちゃんと大きな違いじゃないか!? どうしてボクにはそういうものを贈らないのさぁ! ボクだって女の子なんだよ!?」

「先輩のもありますよ。……同じじゃないっすけど」

「もぉー、あるなら先に渡してよぉー。シラノくんはお姉ちゃんに冷たいなぁー。お姉ちゃんだぞぉー? 不敬罪だぞぉー?」

「……いいから靴の大きさを先に確かめてください。駄目なら取り換えてこなきゃいけないんで」


 慣れない、或いはサイズの合わない靴は怪我の元だ。運動部員なら誰でも知っている。というか運動部でなくとも知っている。

 依頼人との待ち合わせ時間もある為、手早く済ませて欲しいが――フローは聞いちゃいなかった。

 椅子から立ち上がったフローは、満面の笑みで今か今かと目を光らせていて両手を後ろで組んでいた。黒い片側だけの三つ編みが、期待を受けてふりふりと揺れている。


「……」


 是非もなし。

 仕方なく、不承不承と木箱を手渡した。

 予算的には先程の二つ――主に靴――のせいで前金をスッカリと使い切っていた。なので、本当に単なる気持ち程度のものである。


「これは……えーっと、髪留めかな?」

「特に魔術的な効果はないけど……その、先輩結構前髪が長いじゃないですか」

「うん? そうだけど……あ、わかった! ボクの顔をしっかりよく見たいってことだね? ふふふ、シラノくんはお姉ちゃんが大好きなんだね? もー、シラノくんってばー。お姉ちゃんが大好きかぁー。自慢のお姉ちゃんかぁー」


 何やら珍妙な勘違いと共に緩んだ笑みを浮かべるフローへ、溜め息で返す。


「……じゃなくて。戦いで髪が目に入ると危ないじゃないっすか。先輩、初太刀はよく見て躱すんスよ」

「うぇぇぇぇぇ!? ボクに戦えって言うのかい!?」

「いや、逃げるときでも大事なんで。……死んでからじゃ遅いんスよ。しっかりしてくださいね」

「うぇぇぇぇぇ……はーい……シラノくんが冷たいよぉ……」


 死んだらどうにもならない。シラノのように運良く転生などという事態に巻き込まれたなら別であるが、基本的に人間は死んだらそれで終わりだ。大事なことである。

 だというのにフローは、肩を落として目に見えて意気消沈していた。

 仕方ない。これも必要経費だ。仕方がないことであると己に言い聞かせ、後頭部を掻きながら言った。


「あと……」

「え?」

「いや、その…………まぁ、似合うんじゃないっスかね。その……一応は……考えて買ったんで……」

「えっ……!? そ、そう? かわいい? お姉ちゃんかわいい? シラノくんの自慢のお姉ちゃんかい? 自慢のお姉ちゃん師匠かい?」

「だから早く靴履いてくださいよ」


 流石にこれ以上甘やかしたところで何の意味もない。

 吐息で応じれば、フローはそれでもニコニコしながら靴を履きにかかっていた。

 柄でもないことをしたな、と眉間に皺を寄せ――振り返った先で、これまた珍妙な表情を浮かべて硬直している女がいた。


「シェフィールド?」

「ええ――いえ、ええと……その、このように男性から何かを贈られるというのは初めてで……その……こんなときどんな顔をすべきなのかまでは学びませんでしたので……その……」


 不思議なことをいう女だというか――なんというか、変なところで不器用な奴であるというか。

 物知りで普段から訳知り顔をしている癖に、おかしな部分で杓子定規なところが出るような人間であったらしい。妙な性格をしている。

 見ていると、こちらまで調子が狂う……と頭を掻いて吐息を漏らす。


「……笑ってりゃいいんじゃないスかね。笑われて、嫌な気になるヤツはいないんで」

「笑う、ですか。……なるほど、今後はそうしましょう」

「……今後も贈れって?」

「ええ。私を女性としてみてくれるなら――……なんて、嘘ですよ。大切に使いますね。ふふ……赤ですか。返り血が目立たなくて、いい色ですわ」

「……」


 もっといい誉め言葉はないのか。そういうところが、本当に独特の感性の持ち主であった。



 ◇ ◆ ◇



 そして一行が歩んでいたのは、またしても山であった。

 ただし、以前の場所よりも緑の比率が高い。単に常緑樹が多いのと、そこかしこで岩に苔がむしているからだ。

 それは、緑に飲まれた古城の跡地にも似ていた。砕けた円柱と、草原の中に落ちたなにがしかの神像の破片。おそらくは神殿。ここは、打ち捨てられた遺跡であった。

 かつては門であったのだろう石造りの構造物はすっかりと大樹に侵食され、石なのか木なのか分からない物体となり果てて鎮座している。

 辺りには力強い木が多い。一体何年を経ればこうなるのだろうという巨樹が生え揃い、その中にぽつりぽつりと人の歴史の名残がある。

 古くは、ここも名のある名所だったのであろうか。

 辺りを見回しながらその壮大な過去に思いを馳せ、そして大自然の生命の偉大さを前に自然と吐息が漏れ出てくる。

 なんとも寒々しいまでに荘厳であり、同時にどこまでも穏やかで懐の広さを感じさせる場所であった。

 ここを見れただけでも、今回の依頼に価値はあった。シラノがそう頷いていたときだ。


「シラノくん、シラノくん! これ凄い履き心地がいいよ? ほらほら!」

「……うす。転ばないでくださいよ」


 上機嫌のフローが、ぴょんぴょんと石に飛び乗っては飛び降りている。

 気持ちはよく分かるし――彼女が楽しそうに旅をしてくれているのは喜ばしいことだが、それでもどうにも堪らなくなる。彼女が心配ということも確かにあるが、それ以上に……。

 うっかりと足を滑らせたフローの腕を捕まえ、言った。


「……先輩、駄目ですよ。ここには昔、人が暮らしてたんです。……その人たちはきっと、ここに転がっているものを踏みつけにされるなんて思ってませんよ。もう生きてはいないけど……俺は、そういうものは踏みにじっちゃいけないと思っています」

「あ……ええと……」

「その、はしゃぐのも分かりますけど……昔はここにも人が居たってことには、敬意を払わないと。少なくとも俺は、そうしたいです。この人たちにも……生きてた時があったんだから」

「うん……そうだよね。そっか、人が暮らしてたんだもんね。……そうだね」

「うす。……すみませんけど」


 単なる我が儘であるかもしれないが――。

 やはり人の痕跡であるとか、そこに人が生きていたという事実を、暮らしていたという歴史を“存在しないもの”の如く扱うのはシラノには難しいことだった。


「ふふ……シラノ様は、この手の探索に不向きですね」


 そんな様子を眺めたセレーネは、なんとも奥ゆかしく笑った。


「不向き?」

「いえ……ほら、どうしても探索となると――悪く言えば墓荒らしの意味合いが強いものでしょう? なのにそうも敬意を払うと言っていては、探せるものも探せなくなってしまうではありませんか?」

「それは……」

「いえ、まるであなたは……見えもしない死霊相手に敬意を払っている風に思えて」

「いや……まぁ、その辺りはな……。ただやっぱり、結局は今を生きる人の命や生活が大事だとも思うから……どちらかを選ぶと言われたら、それは今の人間だ。そこは断言する」


 ただ――時と場合によるし、できる限りなら無駄に荒らしたくない。壊すにしても必要最低限にとどめたい。

 なんとも矛盾しているようだが、それが本音だった。

 その辺り、なんとなく現代の肌感覚を引きずっていた。現代というか――前世の白野孝介であった際の習慣というか、嗜好というか。人の気持ちを考えようという子供時代にかけられた言葉が、まさかここまで持続するとは。

 とはいっても、アンセラとのダンジョン潜りではトラップも構造も無視して突っ切ったのだ。今更というほかない。


「なるほど。……シラノ様は、人の想いが好きなのですね」

「想い?」

「ええ。そこに暮らしていた何でもない人々の想い、喜んだこと、悲しんだこと、楽しんだこと……どうあれ籠められた想いが好きなのでしょう。好きと申しますか……人の想いや気持ちを大切なことだと思っている」

「……」

「今を生きているかいないかに関わらず――きっと貴方様は籠められた人の想いに共感を覚え、それを尊重したがるのです。誰かに敬意を払うこと……或いは歴史や先人を想うということは、きっとそんな意味もありますわ」

「……」


 ふふ、と分析されるような眼を向けられると――なんとなく居心地が悪くなった。居心地が悪いというか、どんな顔をしていいか分からないというか。

 なんとも言えずに眉間に皺を寄せていれば、セレーネが耳打ちをしてきた。


「もし私を斬ることになっても――たっぷりと、私の想いを愉しんでくださいね?」

「お前……!」

「……ふふ、冗談ですわ。冗談。ええ――冗談ですとも」


 それでも何かの獲物を見るような、妖艶に誘うような蒼い瞳を見ると背筋に悪寒が走る。

 見せてはならない女の前で、自分の一面を見せてしまったかもしれない――今更ながらにそんな思いが湧いてきたのだった。

 ともあれ、嫌な懸念を吐息と共に吹き飛ばす。フローもいるし、依頼人もいる。早々おかしなことをしでかすことがないと言えた。



「それで、ノーメンさん? 魔剣っていうのは……どちらに?」

「ああ、はい……ええと……そ、その……い、言い伝えによると……あちらに……」


 依頼人――ノーメン・ネスキオラと名乗った人物は、一言でいうとあまり社交的な類いの人間ではなかった。

 フロランスも顔負けなぐらい、黒いローブを被って顔や体格を隠している。ここが魔法のある世界でなければ、瞬く間に官憲の御縄になり事情聴取を受ける事は必至であるような怪しさだ。

 ともあれ、依頼人の人柄はあまり関係ない。関係ないというか――害にならないならそれでいい。これでフローやセレーネへと好色な目を向け、あまつさえ手を伸ばす輩であったなら一刀の下に服を斬り捨てて山中に放置していただろう。

 見たところ、剣士ではなく魔術士。それもアンセラのような前衛特化ではなく、冒険者にすら向かない研究職。それがシラノから見た、ノーメンという男の印象であった。


「それで……あの辺りに……」

「あの辺り……」


 言葉に従って目をやれば――あったというか。いや、あったというレベルではない。気が付かないとしたら閃光の魔法で目を潰されているとしか思えない。

 刺さっているのだ。台座に。堂々と。

 これは魔剣探索も何もない。犬も歩けば棒に当たるというか、全速力で棒にぶつかりにいくというか、囲んで棒で叩かれるというか。これを探索などと呼んだら、駅でコンタクトレンズを落とした人に怒られそうである。

 ともあれ……その石の台座に剣が刺さっていた。


「〈茨木の異剣(クリヴァイヴァル)〉……間違いない。こ、これですよ……!」

「……間違ってたらどうなってたんスかね」


 何か別の魔剣でも手に入れたのだろうか。それはそれで面白い話だが。

 ともあれ――いかにもな剣だ。いかにもな魔剣だ。いかにも、()()()()()()()()()()――と言わんばかりに突き刺さっている。

 なんというか、あまりに典型的であった。

 シラノがまだ旅に出て間もない頃であったなら、これで自分も選ばれしものだと小躍りをしていたかもしれないが――少なくとも多少は冒険者としての日々を過ごしたのだ。なんというか、怪しいことこの上ないとしか言いようがなかった。


「……どこかになんか、毒液とか出てくる仕掛けはありませんか?」

「ええ? い、いえ……そのようなものはないというか……その……」

「なるほど。……じゃあ、引き抜いたら矢が飛んでくる仕掛けは? あと、周りが崩落したり……」

「え、ええと……そのようなものも……その……」

「……そうか。柄に毒針が仕込んであって――」


 それなら判る、と頷いたシラノの肩を叩く手があった。

 セレーネだ。とても痛々しげなものを見るように首を振って、幼い子供に言い聞かせるようにゆっくりと語りだした。


「シラノ様……この剣は、抜くだけでいい――そう書いてあります」

「な……いや、嘘だろ……? 何か致死級の罠とか、抜いたら呪われるとか…………って、書いてある?」

「ええ。……そこの解説に」


 指差した先の石碑には文字が刻まれていて――フローと一緒に眉を顰めながら見やってみたが、解読不能だ。長い年月の雨風で掠れてしまっているし、そもそも万全の状態でも読める気がしない。まったく未知の言語である。

 というのに、


「ええと……〈この剣を引き抜きしもの、この剣を手にする。これなる剣の銘は茨木の異剣(クリヴァイヴァル)。この剣を打ったのは――〉」

「待て……待て、シェフィールド……! お前、まさか……!」

「ええ。……あれ、申しませんでしたか? こう見えても、書物を好んでいると。古いのも新しいのも、一通り読み漁りましたわ」

「な……」


 ふふ、と微笑み風に靡いた銀髪を押さえるセレーネがやけに知的に見える。知的に見えるというか、知的だった。

 文武両道。何たることだろう。どうしようもなく剣狂いで、どうしようもなく剣に身を捧げている剣鬼がまさか教養深い淑女であったとは。

 なんというか、裏切られた気分であった。具体的に言うと、同じような成績だと思っていた奴が国語のテストだけやたらとできてて「日本語だからわかるだろ」と言われたのも同然であった。

 セレーネ・シェフィールドが知的。なんたることだろう。神は寝ているのか。


「ふむ……あとは使い手や由来だけのようですね。つまり、引き抜けばいい――と。本当にそれだけのようです」

「……」

「どうします? ……抜いてみますか?」


 言われるまでもない。シラノは決断的に踏み出していた。

 岩に刺さった魔法の剣。それを引き抜くのは、男のロマンともいうべきものであった。


「イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ!」

「……」

「イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ!」

「……」

「イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ! イアーッ!」

「……」

「イィィィィィアァァァァァァ――――――――――――ッ!」

「……」


 結論から言おう。

 ……ビクともしなかった。


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