第一一○話 スケアリー・ヤバイ・モンスターズ その三
◆「ブレイド:カタナ・ヘル」 第二幕◆
◆「スケアリー・ヤバイ・モンスターズ」その三◆
千年古竜。
帝国崩壊からの五百年間で、その存在が衆目に晒されたのは四度。
――“悪竜狩り”アーケロスリック騎士団の悲劇。
――嘆きの谷の一夜墜ち。
――“天空島”ラルフドーン自由統治地区の崩壊。
――凍る砂漠・凍える荒野の大災害。
特に天地創世の魔剣や上位魔剣が再び世に出るおよそ百年前以前では、その存在が意味する言葉は“大絶滅”の一言に尽きた。
それらを用いずに竜を斬ったゴルトワース・ア・モーリーがある地方では神に列されるほど、彼我の差は甚大であったのだ。
古竜とは……。
四肢と翼を持つ知恵ある大蜥蜴の一種であり、また、今や大地となった竜母神の眷属であったと――神話の時代からの生き残りとされている。
翼下に暗夜を齎す広大なる両翼の羽ばたき一つで数十もの街や城を破壊する。
その身が飛翔するに合わせて生まれた気流が雲を作り、落雷を呼び、大雨となり大地を洗う。
魔剣の材料ともなる“貴”の鉱石を体内に蓄えるが故に、息を吸うように本能的に魔術を行使し、上向きの“加圧”として発現される力が巨体の生存と高速飛行を確立する。
鉄をも溶かす炎を伴う電磁砲撃――“竜の吼声”は、再生と硬化の魔術が駆使された城壁すらもバターめいて溶かし、生卵の如く容易く砕き散らす。
その脅威は列挙すれば暇もない。
……一説には“上位の魔剣”という区切りは、これなる竜に『一方的に殺されないこと』により定義されるとも言われているほどであった。
故に――
◇ ◆ ◇
浅く早くなる呼吸。心臓が動転していた。
必死に息を吸おうとしても、肺が破れていては取り込める酸素などない。その酸欠と激痛にシラノの思考と精神は攪拌される。
視線の遥か先で、夜闇を白く切り裂く雷電の充填と共に放たれた竜からの第二射。
相殺は可能だ。可能であろう。
シラノの触手剣術は、竜の破壊咆哮すらも凌駕する。
千年古竜の主たる竜母神――その神がかつて用いたとされる〈竜魔の邪剣〉を砕きし刀が、今更その眷属ごときに遅れを取る筈がない。
だが――。
「……ッ」
霞む視界と震える手で、宙に浮かべた触手刀の切っ先を迫る電磁投射砲へと照準する。
脂汗が頬を伝った。
だが、ただ一つ問題があるとするならば――。
魔術都市をも半壊させる電磁砲撃と、それを破壊する触手抜刀の衝突の余波が街や市民にどれだけの被害を齎すか。
二つ分。
単純な計算でぶつかり合うその都市破壊の熱量が、弱りきった人々にどれほどの刃として襲いかかるかであった。
であるからこそ、
「――展け、〈水鏡の月刃〉」
その流星めいた白銀はまさしく光明だった。
(――――――)
射線に割り込むように翻った銀髪と喪服じみたスカートの裾。
閃光――さながら彼女の手元で光球が膨れ上がるかの如く炸裂し、音や影すらも置き去りにした強烈な銀の煌めきが疾走する。
例うるならば神域の一矢。
其れは魔剣の領域を逸脱し、写剣の領分を超越し、剣鬼の本領を発揮する暴力の奔流。
雷速を超え巨大な銀牙と化した剣閃が、断熱圧縮の赤き熱を纏った岩石へと突き刺さり――――――唸る切っ先。
突き立ち、喰らいかかり、削ぎ取り、砕き壊し、喰い破り――――そして生じる岩石の破片すらも呑み込み貫き射抜く大いなる力の波動。
なんたることか。
その虚無を抱く破壊には破壊音すら響かない。白銀に冴えし大牙を前には、塵芥一つも残らない。
宙に作られる“刀傷”の深淵にして甚大なる空虚は、空間そのものを削りとるが如く電磁砲撃の全てを撃滅し滅殺していた。
――――否。
『……………………』
……後に留まるは暗夜の静寂のみ。
砲撃も、竜の頭も、雲さえ残らず。
セレーネ・シェフィールドの魔剣は、〈水鏡の月刃〉のその突撃は、馬鹿げた電磁投射砲のみならず――その主たる千年古竜の山脈めいた肉体そのものを食い荒らすかの如く穿ち抜いていた。
「ふむ。千年も生きられたなど、これまで随分と運が良かったようですね。……刀を握ることがなく幸いな一生だったとしか言えませんわ」
なんとでもない、と言いたげに展開した剣を戻しながら眼帯の横のその蒼眼を軽く閉じるセレーネ。
都市をも壊す古き竜を、埃の如く一方的に掃き散らす。
これが魔剣なのだ。
いや――これが、セレーネ・シェフィールドという女なのだ。
「大丈夫かい、シラノくん!?」
口腔から体内に侵入し侵食を始める臓物めいて赤き触手に強烈な吐き気を覚えるが――それが直後、奇妙な快感と疼痛感に変化した。
麻酔液。そして、触手寄生による同化修復。
意識ある内に行われるのは初めてであるが、破壊された肺胞及び肺静脈が新生され、そして瀉血を行われていた。
「ふむ。……あんな巨体がどこに潜んでいたのやら。とはいえ今のが敵の切り札でしょうか……古き竜は再生力に優れるとも聞きますが、この剣なら――」
「セレーネさん……?」
「――」
僅かに目を見開いたセレーネの視線の先――宙に迸る蒼電。
直後、再び暗夜に浮かび上がるは千年古竜。山脈めいたその竜体が、暴風を撒き散らしながら再生していた。
治癒不能の〈水鏡の月刃〉による破壊が通じていない。
異物による寄生によりひとまず形状を整えているという触手治療のような抜け道でなければ癒えることなきその傷が、完全に修復されていた。
「ふむ。……如何なる絡繰りか。ともあれ、死ぬまで殺すだけですわ」
「セレー……ネ……」
「申し訳ありません、シラノ様。しばしお暇を。……私がアレを引きつけます。なに、倒してしまっても構わないでしょう?」
言うなり、セレーネは半ば崩壊してしまっている城壁へと跳躍した。
他に被害を及ばさせずに対処が可能なのは〈水鏡の月刃〉しかいない。竜の砲撃を封じるために、セレーネという札を封じられた形となった。
ごほ、と口腔を満たす鉄錆の匂いに噎せる。
いつかの襲撃とは攻守の入れ替わった砦の防衛戦。今度は次々と攻めたてる敵に対して、シラノたちが対処を迫られる番だった。
電撃戦。
まさにそう呼んで然るべきであるほど、立て続けに襲い来る淫魔の大攻勢。すでに敵の爆裂的な一撃にて城壁は半壊させられた。
それでは、城塞付近に避難をしていた人間に生き残りなどいるはずもなく――
「ゴ、自動人形が動かねえ!? なんでだ!? なんでなんだ!? クソッ、さっきからどうなってやがるんだ!」
「杖が……火球が撃てない!? なんなの!? どうしたのよ!?」
「おい! 死霊が……死霊がどんどん来るぞ! 夜になったせいで力が増してる!? クソッ! 浄化の泉は!? どうなってるんだ!? おい!」
だが、シラノの耳に届いたのは確かに人々の苦渋の声であった。
構えた魔術杖が動作不良を起こし、瓦礫の内から身を起こそうとしていたゴーレムは糸の切れた人形めいて停止する。監視風景を映し出していた遠見の水晶玉は物言わぬ宝石になり、報告のための砂盤は文字を移すことなく零れ落ちる。
あらゆる魔術的な仕掛けが、完全に機能不全を起こしている。
「千年古竜、ね。……そこにいるだけで魔力を垂れ流して術式に割り込んで、強制的に魔力逆流を起こすわ。魔剣以外は使えなくなるわよ」
リープアルテが、黒髪を靡かせてつまらなそうに肩を竦めた。
魔術の強制阻害。恐るべき竜の持つ、人類への絶対殺戮権能。魔術文明に対する傲慢な陵辱。超越種による生への圧制。
しかし――重要なのは、そこではない。そこではないのだ。
何故という内なる疑問に答えるかの如く、
『いと慈悲深きものよ……雄獅子を連れし勇者よ……』
声がした。これまで難題で門を通るたびに己に呼びかけていた石竜の声がした。
電磁投射砲の一撃で砕き散らされた城壁と一体化していた魔術竜が、その身のほとんどを砕き割られた竜が、最早生首とすらも形容できない様子で更地の赤土の上に転がる竜の首がシラノへと呼びかけていた。
それで察した。
彼はその身の大半を人々の盾にしたのだ。城壁から翼を顕現させ、幼子を腕に抱え、その全身で人々を守り抜いたのだ。
守りきったのだ。……その身を、引き換えにして。
『ああ……すまない……ああ……我が街を守らねばならないというのに……ああ、すまない……翼が離れてしまったのだ……体が……――ああ、なんたることだ。なんたる……ああ、これでは守り切れない……』
「……十分です。あなたは十分なぐらい、守ったんだ」
『ああ……ああ……護らねば……――どうか、どうか、か弱きものたちよ……定命のものよ……その命を、その生を健やかに……どうか…ああ、奪われないでくれ――……守らねば……守らなければ……』
「……ッ、十分なんだ……! あとは……あとは俺が、引き受ける……!」
口元を拭い、真っ直ぐに目を向ける。
だが、彼は……竜は答えなかった。
魔術仕掛けだった彼もまたこの争乱が故に、その機能を閉ざされたのだ。
シラノの言葉を受け取ることもできず、幾星霜もの献身の果てに、これほどまでに民の平穏を願っているというのに、無情にも失意と自責の中で停止したのだ。
いつか、話したことがあった。
街の人々を護るためだけでなく、洗濯物を雨から守るとか、子供に綺麗な朝焼けを見せるとか、そのようなことに自分の石の肉体を使ったのが――本当のその身に刻まれた使命ではないというのに、心地よかったのだと。
そう人々の営みを慈しんだ彼と、話したことがあった。
(――――あァ)
……――許してはならない。こんなことを、許してはならない。これ以上、許してはならない。誰が相手だろうと、何があろうと、許してはならない。
そうだ。
この身はその為にある。
この身はただ、その為にあるのだ。
「いあ」
宙に生み出した召喚陣からの斉射で、街に入り込もうとした死霊の尽くを撃滅する。
超音速の破裂音に人々が身を竦める中、外套を被せた竜の首の傍から立ち上がる。
「シ、シラノくん……もう一度ボクが召喚して、あの竜を止めにかかれば――」
「……いえ。それが敵の狙いかもしれません。今はすぐにエルマリカと合流しましょう。……死霊がこの街を襲っているってことは、浄化の水源に異常があったということ。前も一度ありました。今回の奴の、常套手段なのかもしれません」
リープアルテと難業で赴いたリルケスタックという街でも、行われた。
浄化の源泉への攻撃による都市部の浄化機能の停止。あの時、魔剣売買を持ちかけたという二人組の女――一人は既に斬り捨てたカムダンプとするなら、もう一人が今回の首魁。
その企みは知れぬが、よほど、浄化機能を停止させることに終止しているらしい。
奴らには、天地創世の魔剣を呼び出すよりも他に目的があるのだ。
あれだけの竜を連れて殺戮を行おうとした以上、最早『魔剣によらない虐殺を魔剣と偽装する』という策を取るつもりはないと見ていい。あんな巨体、どれほど遠くからでも目にできる。噂にだってなるだろう。
あの再生する千年古竜が如何なる絡繰りを持つかは不明だが――……。
セレーネが時間を稼いでいるなら、シラノがやることは一つだ。その竜の絡繰り以外全てを頓挫させる。それだけだ。
「……全く。貴方、本当に折れることがないのね。残念よ……それほど鋭く磨かれているのに、ただ動く理由だけがそぐわないなんて」
「……。……街への砲撃を防いだことには礼を言う。お前に絡まれてなければ、喰らっていたかもしれない」
「別に、嬉しくないわ。そんなつもりじゃないもの」
もうお前に構っている暇はないとシラノが視線に意思を込めるも、その意図が伝わっていないのか無視したのか……事態の静観を決め込んだようなリープアルテは、火を孕む黒き薪の如き魔剣を腰に収めて腕を組む。
そんな彼女の目線の先には、竜の砲撃を撃墜してそのまま竜をも刳り穿つセレーネ。
それもある種、千日手だ。
突如として夜になったこの闇夜に蒼き光が走ると同時に、竜はまた新生している。
「急ぎましょう、先輩。セレーネがあの程度の相手に遅れを取るとは思えねえっスけど、相手がまだ何か仕掛けて来るかもしれねえ」
「う、うん……えっと……リープアルテさんは……?」
伺うようなフローの視線に構わず、聞かせるつもりなのか或いはそんな考えはないのか、腕を組んだリープアルテが独り言めいて言葉を零した。
「獣人に、そこまで魔力に優れたものなんていたかしら」
「獣人? 魔力と、なんの関係が……?」
「鈍いのね。それとも、専門ではないのかしら。……魔術による再現でしょう? アレは」
「再現……? 魔術による……」
セレーネの魔剣の〈再生阻害〉が通じぬ理由――――それはただ単純にして、明快だった。
都度、再現により実体を得ている。
それらは全て元を同一にしても複製品めいた別個体となり、蘇生や再生とは似て非なるものである以上、不死殺しの効果も薄い。
術者を倒さぬ限り、或いは魔力切れで術者が倒れぬ限りはこの鼬ごっこは続くのだ――――単純に考えるなら一切の消耗が起こらぬ魔剣使いのセレーネが上回るだろうが……。
「術者を潰さねえ限り、出続ける……」
そして魔力切れという弱点など、運用者は当然加味しているであろう。
これが一度きりの敵の切り札であるならばその考慮は必要ない――だが、シラノの直感は否だと断じる。淫魔は悪辣にして周到な敵だ。攻勢に転じた以上、その策略は枯野に放たれた火の如く矢継ぎ早に襲い来る。
当然、敵は魔力切れに備えている。バックアップの用意も、あるだろう。
(……敵の目的が判らねえ以上、時間をかけるのは得策とはいえねえ。術者を黙らせる)
為すべきことは速やかに為す。それしかない。
「ふゥー……」
精神を統一し、己の周囲に召喚陣を浮かべる。
白神一刀流――八ノ太刀“帯域”。条件で作動する罠の召喚陣を転じて、索敵へと用いる。
距離を設定――陣の先に存在する人の気配に召喚陣から電撃が漏れた。だが、あの晩に伏撃猟兵を蹴散らしたようにはいかない。
森などに逃げ込んだ、避難民もいるだろう。
初めから全てが敵である状況でない限り、シラノの砲撃は本領の発揮をし得ないのだ。
「ふゥー……」
万に一つも誤射は許されぬ。一体何たる困難か。
触手の触覚を最大限に発揮するため、シラノは目を閉じた。
「……」
それを見守っていたフロランスは唇を強く結ぶと、静かに隣の少女へと目線を向けた。
「あのね? あの、リープアルテさん……あなたにも何か事情があると思うんだけど……きっと伝えたくないことなんだろうけど……それでも……それでもボクたちに、協力して貰えないかな……?」
「――」
「ひょっとしたら魔術にも覚えがある人……なんだよね? それにあんな魔剣も持ってるし……だったら……」
おずおずと伺うような目を向けるフローへ、リープアルテは目を閉じる。
そして――濃密な剣気が叩きつけられた。
砲撃のための集中を行っていたシラノでさえも、反射的に柄を握り斬りかかろうとするほどの殺気。だがそれでも、僅かに体を強張らせながらも……フロランスは、その視線は逸らされなかった。
リープアルテが、嘆息する。
「……殺されかけた傍から、よくもそんなことが言えるわね。その胆力は見上げたものだけれど……それは無理ね。それはきっと、私ではない。私がそんな何者かである筈がない――――」
「……」
「そこのシチもそうよ。判るでしょう? こんな答えであっていい筈がないのよ。これが答えであっていい筈がない……こんな私が答えではいけないの。こんなことで私の炎が消える訳がない。だから、これだけは違うと判る」
一拍ののち、リープアルテは静かに言った。
「消してはいけないの。自分の中の炎を……怒りを。そうしてしまった途端、私は本当に何者でもなくなってしまう。この呪いの炎を薄れさせることだけはあってはならない」
彼女がどんな経験をしたのか、フロランスには分からない。
或いは触手使いとしての――……触手使いとして育てられてしまったフロランスならば、その想いも理解できたのかもしれない。
だが、
「えっと……ゴメンね」
今、フローにわかるのは一つだけだった。
「シラノくんは、笑うんだ。……街の人たちが何気なく楽しそうに話してるのを見るとね、嬉しそうに……本当に嬉しそうに……少しだけ、笑うんだ」
「……」
「あなたのことはわからないけど……どんな人なのかはボクにもわからないけど……でも……」
それは違うんだと――その先を言えずに、コートの裾を握りしめた。
そうするとリープアルテは何かを悟ったような、或いは諦めたかのように微笑んで……小さく頭を振ってから口を開いた。
「これほどの規模の魔術……千年古竜ともなると、既にある魔力を乱すわ。飛ぶために流す魔力が大気を染めて塗り潰す。魔剣でもないものは乱されてしまう。そこまではさっき話したでしょう?」
空を飛ぶ鷲のゴーレムが、火を放つ魔術杖が、遠見の水晶玉が、連絡用の魔術砂板が使用不能になるのをフロランスも見た。
あれでは魔術による転移も使用できない。この街から人々が脱することは不可能になっている。
魔術都市というその高らかな称号は最早、棺桶と同じ意味の言葉でしかない。そうさせる存在が千年古竜なのだと。
「竜を再現するための術者の周囲となると、なおも色濃い。術式に割り込むだけでなく、あらゆる魔術道具に対して恒常的に魔力逆流を起こして物理的に破壊する……なら逆にそれを使えばいいんじゃないかしら? シラミ潰しよりは早いと思うけど」
「そっか! じゃあ、魔術の道具を一緒に縛り付けて使えばその場所が……! あの、リープアルテさん。ありが――」
言いかけたフローの唇を、リープアルテの人差し指が抑えた。
「駄目よ。……その言葉だけは、駄目。それを言われたら最後、貴女を殺さなくちゃいけなくなる。だから駄目よ。私に貴女を斬らせないで。これは気紛れ……ただの気紛れなの。貴女に免じて手を貸すのはただこれだけよ」
「えっと、リープアルテさん……?」
「……街を出るわ。そろそろ追手が来るかもしれないし……それにこういう雰囲気、好きではないの」
黒髪を靡かせて、踵を返したリープアルテが目を細めた。
何か眩しいものを見るように――自分では届き得ぬ手の先の太陽を、拝むように。
「それじゃあね、かつて呪いがあった筈の貴女。そしてもう呪いを失ってしまった貴女。……これから会うこともないでしょうけど、せめて世界が終わっても覚えていてあげるわ」
「リープアルテさん……」
「アルテでいいわ。……この呼び方を許すのは、貴女で四人目。そう多くはないから、大切にしてくださる? それじゃあ、ね」
「え、えっと……! ボクは……ボクはフロランス・ア・ヴィオロン! ありが――……じゃなくて、すっごく助かりました! アルテさん!」
「……だから、師弟共々人の言うことを聞かないのかしら? まあいいわ……三度目の出会いは、ないと思うけど 」
そうして、彼女はその場をあとにした。
残されたのは――
「ケリをつけましょう、先輩。やつらが何を企んでるのかは知れねえが……潰さねえと、街の人が持たねえ」
「う、うん……!」
依然として戦時下さながらの状態に、シラノは深く拳を握った。
◇ ◆ ◇
◆「ブレイド:カタナ・ヘル」 第二幕◆
◆「スケアリー・ヤバイ・モンスターズ」その四へ続く◆




