外典 白野孝介という少年
ちょっとした息抜きです。そろそろ主人公もキャラ立ったと思うので
日暮れは遠く、茹だるように暑い。
夏という時期は絵で見るには泣きそうなほどに美しいのに、いざ過ごしてみると早く終わってくれと言う他ない季節である。
ジャングルジムから薄ぼやけた空を眺め、黒詰めの学生服をキッチリと上まで止めた若狼のような黒髪の少年――――白野孝介は天を仰いだ。
高校二年生、夏。
部活帰りのビニールバッグをジャングルジムの角にひっかけて、公園で空を眺めるというよくわからない日常。
だらんと上半身を垂らしながら隣でスマートフォンのゲームに興じる明るい茶髪の少年――百瀬しのぶがふと声を上げた。
「なー、こーすけー」
「なんだ? ……アイスならやらねえぞ」
「いらねえよ野郎のなんか。……なー、オレらなんで男二人で公園いるわけ?」
「……コンビニ前にたまるなって先生に言われてるからだろ」
ボソっと呟けば、隣の茶髪男――百瀬しのぶが大袈裟に身体を動かした。
「いや言いたいのはそこじゃなくてさ! なんで隣にいるのがお前なの!? 男なの!? なんで野郎二人で放課後公園に!? 運動部ってもっとモテんじゃねえの!?」
「俺が聞きたい。……そこは俺が聞きてえよ」
少なくともモテるかと思ったのは孝介も同じだ。結果、一年居ても何も潤いを得ていない。
高校デビューだと意気込んだはずだが、結果は多少筋肉がついただけだ。青春とトレードオフするにはレートが偏ってると思う。
ピアス穴が塞がらぬようにピン状の透明ピアスを空けている百瀬は、同性からしても賑やかで顔は整っていると思うが――モテない。高校からの付き合いだが、そこは孝介としても不思議だった。
……バカだからだろうか。女子からはバカ瀬と言われている。
「でもお前はいーよなー。こないだ柏から差し入れ貰ってたじゃん? いいじゃん、後輩から差し入れ貰っちゃってさー」
「あいつ、誰に対してもあんなんだろ。……こないだあっちの同級生にクッキー渡してんの見たぞ」
「マジ? 手作り? …………手作りかー。マジかよ、オレら脈無しじゃん」
「無ぇよ。完全に脈止まってるな。死体レベルだ」
言えば、百瀬が肩を落とした。悪い奴ではないが、感情がやたらと体に現れるうるさい男である。
前髪が目にかかるぐらいに俯きながら、ジャングルジムの上、百瀬が呟く。
「なんでモテねーのかな」
「ああ。……モテてえな。年上に」
「へー、お前年上好きなの? ……な、いくつまでイケる?」
「足す十くらいは全然余裕」
「いやそれは楽勝じゃん。いっそプラス二十歳でもいいわオレ。そんぐらい大人でもいいわ。むしろすげーいいわ」
「それは厳しくねえか? 相手も遊びでガキに構ってらんねーだろ」
「そうかな」「そうだろ」と苦笑してアイスをかじる。
溶けかけのそれは、公園の土に落ちては蟻を群がらせている。ジャングルジムの下では、彼らはちょっとしたお祭り騒ぎだ。
持つ手に垂れてこないように傾きを調節していたら、百瀬が明るい声で続けた。
「なあこーすけ。逆にお前、年下は無理なの? 妹ちゃんの友達とか……家に来ねえの?」
「たまに来るけど……中一だぞ? 無理だろ……ロリコン呼ばわりされたくねえ。それにアイツあんま友達連れてこない」
「んじゃ、弟くんの友達とかは? かなり仲いいクラスなんだろ?」
「小四だ。頭やべーだろ手ぇだしたら。腹切って死ぬわ」
流石に人としてどうなの、という話だ。
そう言えば、百瀬がパンと手を叩いて指差してきた。
「そうそうそれそれ! それだよ、こーすけ! それ!」
「どれだよ。……アイス?」
「いやいらねえから! それだよお前、腹切るとか切らねえとか……たまに言うけど――――武士風男子ってイケんじゃね? お前なら素でいけんじゃん? なんか刀とか流行ってんだろ? これワンチャンない?」
ブンブン、と刀を振るジェスチャーをされる。
ジャングルジムの老骨が軋む。どうやら長くお努めのようで、だからこそこの公園には子供の姿なんてなくて孝介たちが部活帰りの雑談に使うぐらいだ。
とりあえず百瀬の言葉に思案し、
「なんか別のじゃねーの、それ? それに……これ絶対モテねえぞ?」
「えー? ストイックって感じでウケんじゃねえの? そうならオレも真似すっからさ」
お手本がいれば簡単だ、と笑う彼に孝介も苦笑いで返した。
「委員会に入ったとき、俺が先生からなんて言われたかわかるか? ――白野くんが怖くて意見が出せないって相談があった、だってよ」
「ぶはは! そら仕方ねえわ! 悪い、だってやっぱお前怖いもん! ヤンキーっつーか、殺し屋みてえだもんな! いや浪人だっけ? 寄らば斬る、寄らなくても殺すみたいなとこあるもん!」
「……それは浪人じゃなくて辻斬りだろ。俺はそんな危なくねえ」
「はは、先輩殴ってなきゃな! しかも口でもすげーボコボコにしたんだって?」
ニヒヒ、と笑われて孝介は声を詰まらせた。
時々、武勇伝としてからかわれる。百瀬以外も教室でもしょっちゅう口にしてくるので、そのたびに女子からの心象が悪化している気がして本当にやめてくれと思った。身から出た錆だが……誤解もある。
「あれは……殴ってねえ。髪掴んで部屋から追い出しただけだ。下級生にずいぶんな真似をしてたからで……それも図書室で本を投げやがって……」
「それが怖えんだって! やべえだろ! そういうとき殴らねえ奴の方が余計に怖えよ! 髪掴んで外に出すとか、地元の先輩のとこのやべー先生ぐらいしか聞いたことねえわ!」
「いや、ブン殴ったら他の上級生にも目ェつけられんだろ……」
「あー、鴨神センパイみたいに? あの人お前に対してクッソスパルタすぎねえ? 前時代かよ、って感じじゃん。てかあんなに走らせまくってさ……アレ完全に嫌がらせでしょ。お前を倒れさせようとかしてんじゃね?」
「……まあ、そうかなとは思ってる。ただまぁ……先輩だしな」
歳上は敬うべしという儒教的道徳思想のおかげだが、我ながらそれもどうかな……と思うところではある。
ただまぁ、先輩なのだ。
少なくとも一年先の分、自分より競技においても上手なのだ。ひょっとしたら彼の指導にも何らかの意味があるのかもしれない――……と不満こそあれ、己自身を宥める他ない。
「いやー、そこはマジでガツンとやったほうがいいと思うぜ? そのまま黙ってたらぜってー図に乗るし、マジで威張るだけの能無しにちょっと気合い入れてやれよ」
「流石に御免だ。うちの親父じゃあるまいし……」
「ああ、親父さん昔相当やべー人だったんだっけ? 見たことねえからわかんねーな」
「……俺も最近会ってねえよ」
父ならどうしただろう。日本人離れした体格で寡黙ながら目付きも鋭い。昔、不良だったと聞いている。
フィールドワークの関係で海外で過ごすことが多く、あまり家には帰らない。顔を合わせたのも数カ月前で、父の性格もあってかあまり会話は弾まなかった。
……今頃どうしているのだろうか。やはり海を見ているのか、研究室にいるのか。あちらは何時なのだろうかと、思いを馳せる。
なんとも言えずにアイスを齧った。梨味だが、よくわからなくなっている。
「……まあ、あの人が俺以外にそうするなら少し考える。それは流石に、止めねえとな」
「出たよお兄ちゃん思想。自分のことは簡単に我慢する癖にな」
「……わかってるよ。でも直接、手ぇ出された訳じゃねえんだ。そこに手を出すのは、筋が通らねえよ」
「へいへい、武士道武士道」
それから急に無言が続いた。お互いにボーっと作業に向かう。孝介はアイスに。百瀬はスマートフォンに。
そうしてまたソーシャルゲームを弄っていた百瀬が、ふと口を開いた。
「なー、こーすけー」
「なんだ?」
「こないださ、従兄弟の姉ちゃん死んだっつったじゃん?」
「……」
無言で返すと、静かに百瀬が言った。
「あの人もさ、友達とこういう話してたのかな?」
「……そりゃ、まあ」
「だよなぁ。……オレらはさ、何年後かもこういう話できるようになりてえよな」
「ああ。……そうだな」
あのときの百瀬の落ち込みようを思い出して、孝介は吐息を漏らす。
しばらく学校にも来なかった。アプリで連絡をしても言葉少なく、かと思えば急に夜中に電話がかかってくる。彼の憔悴は見ていられなかった。
だからこそ、だろうか。
「まぁ、大学行って別れたっきり合わず仕舞いってのも多いらしいけどな」
「そういうこと言うのやめねー!? いい話が台無しじゃねえかよ!?」
湿っぽくなりそうな空気を打ち切って笑う。どうせ明日も顔を合わせるのに、妙な空気は引きずりたくなかった。
◇ ◆ ◇
時計の針の音以外、静かな夜だ。
テレビはつけない。居間で本のページをめくっていると、玄関から鍵の開く音がした。
「ただいまー。二人はー?」
「部屋。……味噌汁温めていいか?」
本を閉じて立ち上がる。
保育園に務める孝介の母は、ずっと帰りが遅かった。
特に代わり映えもしない魚の塩焼きと、ほうれん草のおひたしと、味噌汁。
綺麗にそれらを平らげた母は、両手を合わせてからふと口を開いた。
「孝介、あんた部活どうなの? 大会とか出れそう?」
「……そこそこはいけるけど、やっぱ中学からずっとやってる奴相手だとキツい。ここらの中学、陸上強いとこばっかだったみてーだし」
「そっか。……なんかゴメンね、今まで家の手伝いやらせちゃって」
海洋生物学者の父と、保育士の母。
二人が出会った経緯は特に知らないが、どちらも家を空けがちだった。そのことを言われているのだろう。
ぼりと、頭を掻く。ここが冬で野外なら、マフラーを引き上げていたかも知れない。
「……いいんだよ、母さん。それに親父からも頼まれてるしな。家を空けてる間は――――お前が柱だ。お前に頼むって」
「あの人らしいわ。他にはどうせ何も言わなかったでしょ?」
「親父、あんまりうるさいのは好きじゃないしな」
海の生き物や生物資源に関わる研究をしているとしか知らない。家族だが、口下手な父についての情報を孝介は得ていなかった。
ただ、意義はあって人の役に立つ仕事なのだろう。すぐに結果が出るものではないが、人様のためになることと言っていた気がした。研究するという過程や姿勢が大切なのかもしれない。
「あーもー、でも思うわよ。他所様の家の子を見てると……うちの子は随分真っ直ぐに育ってくれたって。やっぱ共働きのお母さんってね、皆その辺を気にするのよ。当たり前だなんだって世間で言われてても、自分の家の子となるとね」
「……そんなもんか」
「そんなもんなのよ。いやあ、そのせいで色々と面倒臭いことも多いけど……わかるわよ、同じ親として」
しみじみと、僅かに疲れ皺の浮かぶ母が漏らした。
「あんたも親になればわかるわ。その時、世の中どうなってるかわからないけど」
「……気が早えよ」
「そんなこと言っててもあっという間にあんた大きくなったからね。……いやー、孫の顔見るの楽しみだわ。やっぱ懐くのかしら。どうだろ可愛がれるかな?」
「だから気が早えよ」
彼女もまだできてねえ。
そのことを母親に言うのも気恥ずかしくて、食べ終わった食器をまとめる。
横から、消していたテレビが点いて賑やかな声が流れてきた。それもすぐに変わり、どこそこで事故があり、その被害者に群衆が救助を行わなかったとか……そんな暗い話になった。
「孝介」
「ん?」
「これからはさ、あんたも好きに生きなさいよね」
後ろでは、若年の少女の飛び降り自殺の話題が流れている。
眉間に皺を寄せる。なんだか今日は、こんな雰囲気になることが多い。
「遺言みたいなことはやめてくれ。縁起でもねえ。……死に目に会えなきゃ親父絶対気にするだろ」
「ははは、しばらく仕事とかしてらんなさそうだね! 大変だわ!」
「本当だよ……」
皿を纏めて立ち上がる。
両手が埋まっているから、髪の毛を掻くことはできないが……
「……それに、俺は十分好きに生きてるよ。幸せなんだ」
言うだけ言って台所に向かった。気恥ずかしさからか、歩調は若干荒くなっていた。
暗い廊下でスクワットを終わらせて部屋に向かう。
朝の寝起きのシャワーは高校からの習慣だが、家計の負担になってはいまいか……と思うと心苦しい。そんなことを考えながら、部屋へ向かっているときだった。
「あ」
洗面所から部屋へ戻る途中だったのか――妹の、結月。
日本人形のように腰まで流した黒髪は、縮毛矯正の賜物だ。かねてから望んでいた彼女は、中学への進学を機に念願を叶えた。
孝介と違って中高一貫の女子校で、それなりに知名度もある。だからか渋っていた母もご褒美代わりに認めていた。
「兄さん、どう? そろそろ彼女できた?」
「……できてねえよ。うるせえな」
「へぇ? まだできてないんですね。へぇ……」
小学校中学年ぐらいまでは懐いていたのに、今やすっかりと一人前という顔をしてニヤけた流し目を送ってくる。
孝介が五年生のときか。一年生の彼女にちょっかいを出す六年生相手に喧嘩になったのは覚えていないのだろうなと、そう思うような態度である。
家族の孝介から見ても美形の妹は、女子校でさえなければモテるだろう。高校デビューというのも、彼女が勧めてきたことだった。
そんな結月が、ふと思いついたような少女の顔で、
「あ、じゃあ。……友梨ちゃんって判る? ピアノやってる綺麗めの子だけど……前に連れてきたことあったと思うんですけど」
「……ショパンガチ勢?」
「うんうん、その子です兄さん。その子です。あの子、彼氏と別れちゃったんだよね。どう、紹介してあげようか? あの子いい子だし、兄さんのこと良さそうって言ってたんだけど? どう?」
彼氏。
中学一年生が彼氏。それももう別れた。
女子の早熟さには流石の孝介も目を瞬かせるしかないが、
「いや……お前と同い年だろ? すげー子供じゃねえか。無理だろ」
言った瞬間、孝介は衝撃を受けていた。
脛に。結構容赦なく。蹴りがすっと飛んできていた。
うずくまりそうになる孝介を前に、
「ばーーか! ばかおにぃ! ばかばかばか! おにぃのばーーーーーか! ばかおにぃ! 死んじゃえ! ばーーーーーーーか! ほんっとムカつく!」
目を釣り上げた結月が踵を返し、バタンと扉が閉まる。その後、何やら――多分枕だろう――を投げつける音と叩く音が響く。
バイオレンスだ。妹が、バイオレンスに育っていた。
「……え、何。……反抗期?」
取り残された孝介は、ドアで揺れる木彫りのネームプレートを見た。カラフルなひらがなで書かれたそれが虚しく揺れている。
ううむと頭を掻き、足をさすりながら部屋を目指す。
こうなってはしばらく口も聞いて貰えないだろう。理由は判らないが中学に上がった妹はしばしばこうなる。何故だがまるで判らねえと首を捻り、翌日に備えて眠りにつく。
……事実、翌朝も妹とは会話がなかった。
観測史上最高温度を記録する、夏の暑い日であった。
◇ ◆ ◇
暑い日だった。
観測史上最高の高温で、照り返すアスファルトには陽炎が漂っていた。
顔面を轢き潰された孝介の身体は、後続車に更に潰される。
三度。
人形めいて手足を投げ出した彼には、命と呼べるものはもう残っていなかった。
◇ ◆ ◇
黒き群れに囲まれた草原の中、流血の如き赤きマフラーが踊る。
触手野太刀を握るシラノ・ア・ロー。数多の戦いにより刀傷に潰された瞳も、剣を持つ今このときは光が灯る。
踏み込み、分かつ――――ただそれだけを繰り返す。
横から現れた黒き人型、“魔物”の胴に咄嗟に刃を突き立て、切り離した。
手元には柄のみ。
前方から来る、両手を広げた魔物。
奥歯を噛み締め、跳んだ。柄尻で顔面を殴りつける。青い鬼火めいて灯っているその目玉を突き潰す。押し倒す。
みしりと、軋む音。そのままその首に肘を噛ませて、頭を掴んでねじ折った。
直後、背中。熱い感触がした。
爪の一閃、服ごと裂かれていた。
呻くより先に地を転がる。新たな刃を精製して、剣を片手に周囲を睨む。
「……」
雑兵に突撃した大将首の如く、或いは敵陣に特攻した武将の如く魔物に囲まれている。
そして――……離れた木の上、二人の商人が抱き合って顔を強張らせている。姉弟。
草むらに横倒しになった積み荷の内に、穢れを帯びた武具があったらしい。それが、この魔物を生んだのだ。さぞかし人の血を吸ったのであろう。
「……」
森の木々の如く、幽鬼めいて両手をだらりと垂らした魔物たち。
数が多い。
既に瘴気は濃く、傷を負いすぎればシラノもまた魔物の穢れに蝕まれるであろう。
十重二十重か。馬鹿らしい数の相手に、シラノの両腕は鉛の如き重さを伝えてくる。
引き裂かれれば、死ぬ。噛みつかれれば、死ぬ。あの日のように――――死ぬ。
「……」
白野孝介は虫けらのように死んだ。
触手使いのシラノ・ア・ローもまた、死んだ。
人は死ぬ。容易く死ぬ。生きたくても死ぬ。逃げたくても死ぬ。残りたくても死ぬ。ただ死ぬ。
鋭い爪が、尖った牙が急所に喰い込めば……それにて物言わぬ骸となろう。
怯えそうになる心を封じ――――唱えた。
故に死ね。今死ね。ここで死ね。ここが死地だ。お前は死人だ。死線の上だ。どこまでも死ね――――死んで一振りの劔になれ。
「イアーッ!」
超音速の嘶き。迫る魔物を二つに分かつ。
歯を食い縛り、敵を討つ。敵を断つ。
ただ一陣の刃風として、流血を厭わぬシラノは一つの斬撃と化した。
無数の死。死が積み重なる。
屍が、死が、穢れが魔物を生み、その魔物がまた人を死なせる。
故に断つ。
ただ断つ。断たねばならぬ。
掠める爪を躱し、迫る腕を落とし、吹き出る瘴気を消し飛ばし、シラノはただ剣を握る。
「……ッ」
肺腑から灼熱の吐息が漏れる。肉袋のように足が重く、囲む敵に景色は見えない。
ここで死ぬか。
ここが最後か。
上がる息と眩む視界。戦場はここ。死に場所はここ。そうなるのだと、同族を求める魔物の群れが蒼き鬼火で取り囲む。
休めと誘っている。
止まれと誘っている。
死ぬのだと誘っている。
気が遠くなる斬撃の果て、その果てとて終わりは見えない。無数の死。その論理しか、ここにはない。
故に、
「俺は……俺ァ――――」
奥歯を噛み締め精一杯に息を吸う。意気を吐く。
怯えた姉弟に声はかけられない。そんな余裕などない。だが、守らねばならないのだ。
痛みは取り戻せない。怒りは報われない。ならば嘆きは、許してはならない。
額から垂れる血は拭えない。頬を掠めた傷は塞げない。血塗れの死狼の如く――――それでもシラノは吠えるしかない。
白野孝介は死んだ。
触手使いのシラノも死んだ。
全てを失ったその上で――――未だ死地にあるならば、ならば残るは、ただ一つ。
「俺は、触手剣豪だ―――――!」
いざ振るうは野太刀。
白野孝介は失われた。
ここにあるは、剣名のみ――――――。
◆登場人物◆
名前:白野 結月
学年:中学一年生/13歳
誕生日:5/5
部活:英語部
兄と違って読書は苦手。読書感想文は兄に頼んでいた。これからも頼むつもりだったろう。
自由研究はぬいぐるみづくり。とても下手くそだが、キモかわいい奇妙なクリーチャーとしてウケはいい。
放課後は英語の絵本を翻訳し、児童館で読み聞かせなども行っている。読書は苦手だが、いつか面白い英語の本の翻訳もしてみたいなと思って入部した。
好きなもの:鯛、カレイの煮付け、スマホ、兄
嫌いなもの:イカやタコ、里芋、兄(子供扱いしてくるから)




