にんげんかんさつ ① (ふぇありぃず)
男女ふたりの妖精がいた。
背中からは透明で美しい羽が生えており、身体の大きさは一般成人男性や女性にくらべて、半分ほどしかない。男の子のほうは夏空を彷彿させる青を基調にした羽と、衣装をしている。女の子のほうは夕陽を思わせる赤と黄色の中間色だ。どちらも妖精と呼ぶにふさわしい容姿をしている。
もし人間たちがふたりを眼に映すことができたのなら、とても可愛がられるだろう。具体的には、携帯端末の映像撮影機能で、ぱっしゃぱっしゃと撮られまくったり。動画撮影の機能でしゃわぁーっと追いかけられたり。
そんなふたりなのだが、いまは故郷の島から水晶玉で外界を覗いている。水晶玉は特別製で、本来ならば安易に行き来することなどできない人間たちの住む世界を見ることができる。映す対象は『こんなのが見たい!』と水晶玉に願いかければ、勝手にそのとおりのものを選び取るというすぐれものだ。
「しあわせが見たい!」
「しあわせと言えば結婚式だろうな」
「たしかに、しあわせ、って言ったらそうよねえ。なんでかしら?」
「いや、しらねえよ」
女の子の妖精が口走り、男の子の妖精が合いの手をいれる。
女の子の妖精は、両手をあげて叫んでみたり、かと思えば手を顎に乗せて深く考えるように唸ったり、どことも知れず瞳をさまよわせたりと、すごくせわしない。
男の子の妖精は、勝手知ったる様子でぼんやりと彼女を眺めていた。いつもどおり、という感覚ではない。いたって普通の呼吸をしているやつにわざわざ意識を向けることなんてしないだろう? みたいなものだ。
「ああ、しあわせそう! かわいそうに!」
「そだな。すんげえしあわせそう。かわいそうだな」
「次は? わあ、こっちもしあわせそう! かわいそう!」
「ん。そうだな。しあわせそうだ。かわいそうだ」
ふたりして同じ感想を口にした。
「かなしくなるのにどうして結婚なんてするのかしらね!」
「不思議だよな。どう転んでもかなしくなるのに、人間って結婚するんだよな」
「うん! 不思議!」
「ああ、不思議だ」
ふたりはこのしあわせに疑問をもった。なぜなら、結婚をするともれなくかなしみも一緒についてくるから。人間はかなしくなりたくないように見えるのに。にもかかわらず、かなしみが待ち構えている結婚というしあわせをつかもうとする。
「理解できないな。どうせわかれるのにな」
「ね。死からは逃れられないのに。離婚? ってのはじごうじとくだと思うけれど」
「人間はおかしいな」
「うん、おっかしいわね!」
女の子の妖精が水晶玉から目をそらしたのをふと感じ取って、男の子の妖精も視線を追った。彼女はおれを見ていた。自然とおれも……彼女を見つめる。
「ねえ…………、結婚……しない?」
「しない」
男の子の妖精は真顔で即答した。
一分の隙などなく、問答無用。なさけも容赦もなく、一刀両断。
「ああん、なんでよぉ! わたしたちは死んだりしないじゃないのぉ!」
「理由、言ってんじゃん。おまえとはいま以上にも未満にもならない」
そう。
『人間』と『妖精』では事情がまったく異なるのだ。女の子の妖精も、男の子の妖精もそれは熟知している。
だからこそ、女の子のほうは男の子に永遠のしあわせを迫った。
そして、当然ながら男の子としては……要望を蹴った。
ふたりは正しい。だが、自分の正しいが相手の正しいになるとは限らないのだ。そこは人間も妖精も同じだ。
自分たちと似ているが、どこか違う種族から学べることは多い。そして楽しい。ふたりしていつもの調子のまま、水晶玉を使った人間観察をつづけるのだった。